15
ラビと一緒に食堂に帰って来た日から一週間後。あの日から初めて任務に出る彼女は、私達が想像していたよりもずっといつも通りで、本当のことを言えば拍子抜けしてしまった。だけど、だけど、それが逆に私を不安にさせていた、という事も事実だった。
「やだなぁリナリー、いつも通り任務に行くだけじゃない」
ちょっと久しぶりだからってわざわざ見送りなんてしてくれなくてもいいのに、と彼女は笑った。ほら、また触れたら壊れてしまいそうな顔して笑うのね、なまえ。もっとかなしい、かなしいって顔をしてくれていたら、どんなにかもっと安心できるだろうに。そんな事は、なまえ本人には到底言えないけれど。出発を前に身なりを少し整えるなまえを黙って見つめる。その時、はたと気がついた何時もとの違いに、私はそっと声を発した。
「…なまえ、いつもしてるやつ、付けて行かないの?」
いつもなら彼女の腰のベルト部分で揺れていたものが、今日は無い。提げているのは幾つかのポケットだけだ。なまえの団服は元々(なまえの要望で)パンツスタイルで装飾も殆ど無く、シンプルな中であれが一際映えていたのに。彼女の瞳を見つめると、彼女はああ、と微かに声を漏らして、瞼を伏せた。ゆらりと、視線は靴の爪先で揺れている。
「…ん、あ、あれはもうやめたの。右手ほら、あんまりまだ上手く動かないというか、上手く結べなくて、ね?」
そう言ってリストバンドを付けた右手を左手で握って少し揺らした。その左手が微かに震えていたことに、私はその時気が付かなかった。そう、とだけ呟くように返事をして、イノセンスをチェックするなまえを黙って見つめた。どんな風に声を掛けたら良いのか、私には到底見当もつかなくて、自分の幼さと非力さに、ただ唇を噛み締めることしかすることができなくて。
全ての準備を終え、ファインダーに声をかけるなまえ。その横顔に、思い付いたことをそっと口にする。ただ、彼女の安全を願う言葉しか、私には見つけられなかった。
「…エクソシストはなまえ一人なんだから、気をつけてね」
「リナリーは、心配しすぎなの!あたし一人でもこなせる任務だから、一人で行くんだもの、ね?」
「…分かったわ。ごちゃごちゃ言ってごめんね、なまえ」
「いーの。有難うね、リナリー」
「……いってらっしゃい」
「いってきます。直ぐに帰って来るから、リナリー。」
そう言ってまた笑って、彼女は私に背を向けた。
…ねえ、なまえ。
もし私があの時、やっぱり私も一緒に付いていくわと言っていたなら、
もし私があの時、無理して笑わないでと言っていたなら、
もし私があの時、貴女が握り締めた左手の理由を知っていたなら、
未来は、変わっていたの?
こんな事を言っても仕方ない事なんて分かってる。だけど、だけどね、なまえ。願わずにはいられない。
貴女は私の、たったひとつのセカイだから
10/02/11
11/05/30加筆修正