14

あれほど賑やかだった食堂はしん、と静まり返っていて、僕の立てる靴音も食堂中に響くのが分かった。食堂中の人という人の丸い目が僕に向かって静かに瞬きだけを繰り返しているのを肌で感じながら厨房に向かう。雑巾をください、それだけ静かに言えば、僕を見つめて固まっていたジェリーさんは目が覚めたかのように息を飲みああ、と呟いて一瞬奥に引っ込んだ。出て来たジェリーさんから雑巾を貰い、お礼を言ってさっきまでお昼を食べていた場所に戻る。静寂は、途切れない。瞬きがからだに刺さるのは瞼を閉じて見ないふりをする。床に残る茶色の模様の側にしゃがみ込んで、雑巾を広げた。じわ、と白い雑巾が茶色に染まっていくのをぼんやりと見ていた時、しゃがんだ僕の上から抑えられた声が響いた。

「アレンくん」
「…………」
「ねえアレンくん、…追いかけないの?なまえを」

茶色に染まった雑巾を手に立ち上がり、自分の傍らに立ったリナリーと神田の脇を擦り抜けて流し場へと歩く。雑巾を元の状態になるまで丁寧に洗い、また茶色の模様の所まで戻った。また雑巾を模様の上で広げる。聞こえなかった訳ではない。ただ声が、何一つ出て来なかった。

「…アレンく「おいテメェ、何呑気に床なんて拭いてんだよ」
「……………」
「テメェがすべき事は他にあんだろ」
「……………」
「聞いてんのかよ、モヤシ!」

神田が僕の襟元を掴んで僕を立ち上がらせた。ゆらりと彼の鋭い目元に焦点を合わせれば、ギラギラとした強い光が漆黒の瞳から発せられていて、ずぐりと心臓が音を立てる。それにも僕は、蓋をして、聞こえないふりをして、目を逸らすことしか、出来ないのだけれど。

「何か言えよ」
「……………ぃです」
「あ?」
「……もういいです」
「…は?」
「もう、いいです」
「…テメェもう一回言ってみろよ、あ?もういいだと?……テメェがなまえに何してやったっていうんだよ、言えよ!!」
「止めて神田!!」

リナリーが僕の襟元に掛かった神田の両手を引きはがした。そのはずみで僕は2、3歩その場でよろける。瞳に捉えたリナリーは、哀しいと、そう訴えかけるような、でも強い光を湛えていて。

「…アレンくん、どうし「もういいです」
「…もう、嫌なんです」
「…アレンくん」



「あの人の、……なまえの泣いている顔を見るのは、もう嫌なんです」


僕の側に落ちている茶色の雑巾を拾い上げる。二人に背を向けて流し場へ歩みを進めても、何の声もあがらなかった。静かな食堂に響いたのは僕の靴音と、誰かの、小さな舌打ち。



10/02/09
11/05/30加筆修正
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