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カチャカチャと食器が触れ合う音が耳に届く。それに混じって人の楽しげな話し声も聞こえた。賑やかだなあ、なんて思っていると、リナリーの声で意識を引き戻された。

「なまえ、聞きたい事があるの」
「ふぁい?」

目の前に置かれたオムハヤシから顔を上げる。なに、と聞き返すと口の中に物を入れたまま喋らないの、と怒られた。リナリーは怒った顔も可愛いんだなあ。でもリナリーの目の前のベトナム料理・フォーから立ち上る湯気が邪魔くさい。ちら、とリナリーの横を見れば神田は相変わらず蕎麦食べてるし、ラビはたらこスパゲティーをもぐもぐしてる。え、みんなメン類?
固まったわたしを見てリナリーは段々怪訝な顔つきになってきた。リナリーをこれ以上待たせて怒らせると怖いので急いでオムハヤシを飲み込む。口の中が空っぽになったそこそこになに、ともう一度聞くと、リナリーははあ、と溜息を一回ついてわたしの目を見据えた。


「単刀直入に聞くわ。なまえ、アレンくんと別れたの?」

本当に単刀直入。わたしがそう口走ったのかそうでないのかは思い出せないけれど、何かあったのなんて聞いたらはぐらかすでしょ、とリナリーは箸を置いて言った。確かにそうかもしれない、多分そうだろうから否定も出来ずにわたしはただ視線をリナリーから逸らした。横の神田もラビもそれぞれ箸とフォークを置いてこっちを見ている。逃げ場は無いのかもしれない、そう思った。けれど、口にするのはやはりこわくて。思い知るのはこわくて。そうしてやっぱり逃げようとするんだ。

「…皆してどうしたのさ!ていうか皆メン類てどゆこと?」

わたし一人空気読めてない感じじゃないの、と言いかけて、止めた。何時もふにゃりと笑顔を見せるラビの顔が本当に、真剣で、あの神田までわたしの言葉を待っていて。ごめん、と呟いてわたしもスプーンをカチャ、とテーブルに置く。

「…なんかこんな時になんだけど、神田が此処に居るのが凄く意外というか、なんというか」
「うるせぇよ」
「なまえ、そんな事無いわ。一番最初に気がついたのは神田なのよ?」
「そんな馬鹿な」
「ちょ、おまえな」
「本当よ。アレンくんとなまえの様子が変だって一番最初に気がついて私たちに言ってきたの。神田は何て言うか、…動物的勘は鋭いわよね」
「リナリー何気にめちゃ酷いさ…」
「つまりね、なまえ。神田もこんな仏頂面してるけど、本当は凄く心配してるのよ?」

ちらり、と神田に視線を動かすと、チッと舌打ちを残して神田の髪がこちらに向いた。

「……ごめんね、ありがとう神田」

またもう一つ、舌打ちが聞こえた。そっぽを向いて見えない神田の顔を想像して、少し笑みが零れる。そして、リナリーがわたしの瞳を見つめて静かに言った。

「……じゃあ、本当にアレンくんと別れたのね?」

リナリーの言葉がじわじわとこころに入って行くのを感じて少し息を吐いた。例えば転んだ後のあの瞬間のような感覚。唇を開けば、空気の冷たさに震えるのを感じた。

「…うん、二週間前、別れ、」
「………うん」

すう、と息を吸い込んで吐き出す空気と共にそれを口にする。

「別れようって、言われ、た」

分かっていても言葉にしたら、嗚呼ほんとうに、ほんとうに別れたのだという事実が避けられない波のように襲って来る。フォーの湯気ではなく、目の前がぼやけてリナリーの顔がよく見えない。涙の雫を落とさないように、唇を噛み締めてリナリー達に見えないように下を向いた。それきり皆黙りこくってしまって、私達の場所だけ賑やかな食堂と切り離されているみたいに静かだった。駄目。わたしがこんなにくよくよしていたら、皆に心配をかけてしまう。これ以上、皆を困らせては、駄目。わたしは、わたしらしくいなくちゃ。たとえ隣に、そうアレンがいなくても、わたしはわたしでしかないんだから。団服の袖を乱暴に目に押し当てて、顔を上げた。スプーンを握りしめて、笑う。

「ほら皆、ご飯食べよ!それに神田顔超変だよ」

うるせぇよ、と言って神田はゆっくりと箸を取った。少し躊躇いながらも、またズルズルと蕎麦を食べはじめる。
リナリーの方を向いて、食べよ、と言うとリナリーも渋々箸を取った。もうフォーから湯気は立ち上る事は無く、眉を下げたリナリーの顔がはっきり見えた。リナリーが何か言おうとして唇を開いたのを微笑むことで制して、そしてまた視線を逸らした。自分の目の前のオムハヤシに視線を移す。一つ息を吐いて大きく一口頬張った。冷たい。冷えて少しざらついたオムハヤシの味に、少しまた視界がぼやけた。


10/01/31
10/11/21加筆修正

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