04

マフィアなんて、わたしみたいな平均ぐらいの人間からして信じられない、それこそ目ん玉が飛び出すぐらいの高級な食事を毎日しているのかと勝手に思っていたけれど、どうやらそうではないらしい。ここのボス然り、ここの幹部然り、だ。

現にわたしの目の前では、ここの幹部(しかも右腕)二人揃ってズルズルとジャンクな食べ物を飲み込んでいる。朝からカップ麺なんて、ジャンクフード生活のわたしでもやりたくないのに。二人の目の前でわたしは簡単にサラダを作って食べているのだけれど、二人に薦めても首を横に振るばかりだ。とりあえず目の前のカップ麺を食べ終わりたいらしい。特に右の……銀色の髪の毛のほうは、相当カップ麺を気に入ったらしく鼻歌まで歌いながらスープを啜っている。獄寺さん、すっごく嬉しそうだ。嬉しそうなのはとてもいいことなのだけれど、身体のほうがとてもとても心配になってしまうところなのは致し方ない。タバコも吸うし、獄寺さんはファミリーの中で1番老後が心配だ。血圧も高そうだし。うん。


「……なんだよ」
「へ?」
「じろじろ人のこと見て、俺の顔に何かついてっか?」
「え、あ、なんにもついてないですよ、ちょっと将来を案じていただけです」
「なんだあ、それ」


ふっと笑った獄寺さんはまたカップ麺のスープをひとくち。隣の武はと言えば、いつも通りにこにこと笑いながらこれうまいのなーなんて呟いている。確かにカップ焼きそばはおいしいとおもうけど、朝から2カップも食べるなんて胃に過剰労働を強いていると思うのはわたしだけなのかしら。こちらに漂って来る芳しいソースの匂いは確かに、これがお昼どきなのであれば、とても魅力的なのだが、うう、今のわたしには見ているだけで胃がもたれそう。わたしは、ぐるぐるする胃を右手でさすさすと撫でながら、サラダの最後のトマトを口にほうりこんだ。


「…なまえ、どした?お腹痛いのか?」
「ん、何でもないです、現代の若者は鍛えられてるのね……うぷ」
「だ、大丈夫か?」
「だ、だいじょぶ、うん、武、気にしなくていいよ」


わたしはグラスに注いだ水に手を伸ばしてごくりとひとくち飲み込んだ。尚も心配そうに顔を傾ける武に、水を飲みながらぐっと親指を立てる。だいじょうぶよ。わたしのサインに少しだけ笑った武は、残りの焼きそばをずるずると一気に吸い込んだ。まだ食べられるのね。わたしが力無くくすりと笑うとそのとき、なあ、とこれまたグラスの水を傾けていた獄寺さんが唐突に声を発した。


「なあ、お前さ、」
「……………」
「………おい」
「……え、お前って、わたしですか?」
「他に誰がいんだよ」
「隣にいるじゃないですか、武とか」
「ほら」
「え?」
「前から思ってたんだが、お前さ、こいつのことだけは名前で呼んでるだろ」
「……そうでしたっけ」
「あー、確かにそうかもなー」
「敬語で話したりもしねえし」
「そう……です、かね」
「なんでだ?」


一瞬、ほんの一瞬、獄寺さんの眼光がぎらりと光るのが見えた。それが、どういう意味を持つ光なのか、獄寺さんと親しくないわたしにはよく分からないけれど、わたしには獄寺さんは少しだけ苦しそうに見えた。訴えかけるような瞳に見えた。けれど、わたしはそれが何を示すのかどう考えても分からなかった。わたしのその例えも合っているかなんて分からない。いつも鋭い光を放つ獄寺さんの瞳を、わたしはじい、と見つめ返す。


「なんで、って言われても……」
「まあ、なんとなくだろ?な?」
「……なまえお前、」
「獄寺もそんなこえーカオすんなって!そんなカオだからなまえも無意識に敬語使うんじゃね?」
「山本うるせえ」
「なまえも、こいつ別に目つき悪いけど噛み付いてきたりしねえから、敬語じゃなくても大丈夫だぜ、な?」


同い年なわけだしなー、と武はいつもの笑顔で笑った。獄寺さんは少しだけ眉間に皺を寄せたあと、フンと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。その様子が何だか子供らしく見えて可笑しくて笑みが零れる。あんなに鋭い光を見せるひとだけれど、やっぱり獄寺さんって可愛いところがあるなあ。憎めない感じというか。わたしの中に少しだけ、獄寺さんのあの表情が引っかかって離れないけれど、もっと仲良くなれたらそれも解けていくのかな。わたしは、ふわりとこころの中が温かくなるのを感じた。


「あっ、やべ、時間!」


はっ、と壁に架かった時計と腕時計に交互に視線を走らせた獄寺さんは、そう叫んでがたりと椅子から立ち上がった。そういえばそうだ。わたしも壁の時計を見上げて息を飲む。もうこんな時間だ。あんまりのんびりとご飯を食べるものだから、おかしいなあと思っていたけれど、やっぱり仕事があったらしい。隣の武も獄寺さんに倣って慌てて立ち上がるところを見ると、彼ら二人は今日は一緒の任務だったりするのかしら。ばたばたと片付けをし始めた彼らを制して片付けをやる旨を申し出ると、サンキュ、と短く言い残して二人はスーツを羽織りつつドアの向こうに消えていった。風のように去っていった二人の背中を思い出しながら、テーブルの上を片付ける。ほんとうに、忙しいんだなあ。そういえばボスは、今日も仕事だろうか。隠し切れていなかった疲れた表情を瞼の裏に思い浮かべると、わたしの胸の奥のほうがずきりと痛む。少しでも、休める時間があったらいいな。獄寺さんも、武も。わたしはそう思いながら、目の前の空のパックと割り箸を手早くまとめた。



-




まあまあきちんと分別されたゴミ袋を両手に、わたしはよいしょ、とドアを開けて廊下に出た。ここの廊下をずっと進んでいくと右手に問題のキッチンがあり、さらにその奥にゴミを一時的に保管する場所がある。ああ、重い。わたしはもう一度ゴミ袋を持ち直して、綺麗に掃除されている廊下をずんずんと進み始めた。はあ。やっぱり、出無精はよくないな。ゴミは溜まっていく一方だし、何より持って行くのが大変つらい。カップ麺の容器を捨てようとしたらもう既にゴミ袋はパンパンで、朝からこんな汗をかかねばならない羽目になってしまった。これからは、こまめに捨てるようにしよう。うん。重い重いゴミ袋をもう一度持ち直し、わたしはえっちらおっちらと廊下を進んだ。


久しぶりに外の廊下に出たけれど、相変わらずここは綺麗に掃除されていると思う。きっとジャンニーニやスパナがわたしには想像もつかないような装置を開発しているからこうなっているのだろうけれど、こんなすごい装置を開発できるなら、キッチンもシュパッと直せないものなのかしら。素人考えだし、第一キッチンを使ってもいないわたしは口に出しては言えないけど。問題のキッチンからは明るい光が漏れていて、今頑張って直しているのかななんて思いながら廊下を進んでいくと、キッチンまであと数メートルという時になって、ジャンニーニやスパナのものではない、可愛い女の子の声がキッチンからわたしに届いた。


「やっと直ったんだね、よかった」


そして、


「ご飯が食べられないっていうのは問題だからね、よかったほんとに」


それほど低くない、男の人の声も。


廊下をずんずんと突き進んでいたわたしの足は、その声を聞いてぴたりと動きを止めてしまった。声だけを聞いても分かる、二人が誰なのかということ。わたしの心臓は、いつの間にかわたしの頭の言うことを聞かずにばくばくと音を鳴らし続ける。わたしの心臓の音に紛れて、楽しげな会話がわたしの鼓膜をゆらりと揺らした。ああ、ボスと、笹川さんの声だ。わたしは息を詰めたまま、小走りでキッチンの出口の横を通り過ぎる。視界の端っこに、きらきらと花のように笑う笹川さんの笑顔が映って、わたしの心臓はまたぎゅう、と苦しくなった。ああ、あんな風に、きらきらと笑えたら。そしてきっと、ボスもまた眩しいくらいの笑顔を彼女に向けているのだろう。わたしには見えないその笑顔を思って、わたしはきゅ、と唇を噛み締めた。両手に抱えたゴミ袋は厭に重たくて、切なくて、哀しくて、苦しい。わたしは、キッチンを通り過ぎて止まった足をふらりと動かしてゴミ置場のドアの前に立った。重たい袋を地面に置いて、音がしないようにそっとドアを開けて中に入る。ゴミ袋を放り投げるようにどさりと置いて、しゃがみこんだそこは、暗くてもう何も見えなかった。


11/10/24
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