夕方になって、窓から入る光が紅く色づき始めたころ。昨日買ってきたジャンプを読み直しつつおやつボックスに伸ばした手は、何も掴めずに帰ってきた。ジャンプから視線を外しておやつボックスをちらりと見れば、空っぽの竹の籠があるばかり。ジャンプの回りに散らばった袋や包み紙たちをがさがさと漁っても、中身の入ったものはひとつも見つけることはできなかった。事務机の引き出しをひとつずつ開けていっても、煎餅の袋ばかりが顔を出して、お目当てのものなど塵ほども入っていなかった。ガタンと音を立てて引き出しは元の場所におさまった。苛々も相まって引き出しを閉める手も乱雑になる。あー、クソ、糖分が欲しい。


「あーめんどくせ、あ、そーいえばあいつ今日まだ来てねーな」


あいつにメールのひとつぐらい送れば、ぶつくさ文句を言いながらも買ってくるだろ。って、俺携帯持ってないんだった。まあ電話番号を知っていればここの医院の電話からかけることは出来るが、知らないのだから意味がない。もし携帯を俺が持ってても、あいつのメールアドレスや電話番号なんて知らなかっただろうが。まあとにかく、自分の足で動かなければこの果てしない糖への欲望は満たされないのだ。重たい腰を糖への思いを糧にゆっくりと持ち上げる。さて、ちょっくらコンビニでも行ってくっか。机の上のカラフルなお菓子の包み紙たちに埋もれていたうすいサイフを救出し、白衣のポケットに突っ込んで、診察室の戸に向かって歩く。歩くたびにぺたぺたと音がするこの健康サンダルにも、ここ数日で大分慣れてきた気がする。がらりと味のある、というよりぶっちゃけボロい戸を開けた。さて、こっから1番近いのはどこだったっけな。


「やっぱフォミマだろーな………ってゥオアッ!」
「……………」
「ちょおま、なんでこんなとこいんだよ!」
「…べつに、毎日来てたじゃん」


戸を開けたその先には、ここ数日毎日この医院を訪れていた女が、いた。どうしてすぐ気づかなかったかと言うと、こいつがこの廊下にぺたりと座り込んでいたからだ。膝の上に両手を乗せて、いわゆる体育座りで地べたに座り込んだ彼女は、座ったままこちらを見上げて言葉を発した。こちらに背中を向けているから、逆さまの顔がこちらを見つめる。へらりと笑った顔は、いつもの彼女を見ていた自分からしてみればぎこちないとすぐに分かるほどおかしかった。いつもの彼女も、こころから笑ってはいないのではと感じるときが、ないわけでは無かったが。


「そういう意味じゃねーよ。なんでここで座ってんのってことだよ」
「んー、べつに、今日はそういう気分だっただけだし」
「………あ、そ。まあいーからとりあえず立てよホラ銀サンおやつ買いに行きたいから」
「わたしを乗り越えていけばいいじゃん」
「お前みてーなちんちくりんに乗る趣味はねーよAカップ」
「の、乗るって…!なんでそういう発想しか出来ないの!?ばかじゃないの!?」
「はいはいじゃー立てよ、っと」
「わ、」


顔を夕日の色にして怒るちんちくりんの二の腕を取って無理矢理立ち上がらせると、相当驚いたらしいちんちくりんはわあ、と声を上げてよろけた。ぼすんと自分の胸に収まったちんちくりんは、ばたばたとその黒い頭を見せながら暴れるが、俺の視線は違う場所に吸い寄せられていた。


「……お前、これどーした」
「……………」
「膝だよ、ひざ。擦りむけてんじゃねーか」
「…………こ、ころんだ」
「…は?」
「こ、ここに来るときに、坂道でころんだの!」
「……その割に制服は汚れてねーけど」
「………………」
「まァいい、とりあえず中入れ」


治療が先だ。話は、それからだ。重い腰を持ち上げた糖分のことなど、恥ずかしいぐらいに綺麗に、頭の中から消えていたことに気づくのは、もうすこし、後の話だ。

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