扉を開けてわたしの口から出た、うわあという声が含んでいたのは、果たして落胆か歓喜か。わたしの気持ちの9割方は前者だと信じているけれど、ここで間違いなく、と言えなくなっているわたしは、以前のわたしからしたら相当してやられているのだと思う。こんな男に。こんなダメ男に。こんなマダオに。さいあくだ。


「はあー」
「ちょっとォ、あからさまな溜息つくんじゃないよー銀サンの赤子のようなハートが傷ついちゃったよー?ボロボロだよー?」
「そんなの元からじゃん?あんたのぼろ雑巾ハートをわたしのせいにしてもらっても困るんですけど。このひと絶対自分の罪を他人になすりつけてくるよね今に自分の天パはわたしのせいだとか言い出すよねうわ最低」
「え、天パって罪悪なの」


チュッパチャプス事件の翌朝、再び医院を訪れたわたしを待っていたのはおじいちゃん先生ではなく昨日と同じく白髪のオッサンだった。わたしは革靴をぺたぺたと鳴らしながら診察室に足を踏み入れる。ああ、ようやく合点がいった。平日の朝なのに、患者さんがひとりも待合室にいないわけ。皆、知ってたんだなあ。


「ねえ、オッサンいつまでオッサンなの」
「は?オメーそれは人類がまだ説き明かせていない謎だぞオイ軽々しく聞くんじゃねーよ」
「まあわたしは頭が全部白髪になったらおじいちゃんになると認識してるけどね」
「ちょ、なまえちゃんコレ銀髪ゥウウウ!断じて白髪じゃないからァアアア!ジャンプだと白いけどそれは白黒だから甘んじて白を受け入れているだけで実際はだな「五月蝿い長い」
「そんな蔑んだような目でみないでくださいお願いします」


死んだ魚みたいな目をしたオッサンに言われたくないよ、と思ったけれど、それを言うとわたしが聞きたかったことからどんどん話がずれていきそうなのでやめておくことにする。わたしが言いたかったのは、いつまでオッサンがおじいちゃんの代わりをする予定なのかってことだ。


「あー、一応月末までってことにはなってるな」
「月末って………あと10日もあんじゃんうわまじさいあく」
「それって愛情の裏返しだよね?可愛さあまって憎さ百倍ってやつだよね?」
「お前に可愛さなんてゾウリムシほどもないけどな」
「なにその名前もグロい虫」
「いや虫じゃないから、プランクトンだから。毛もじゃのね」
「お前天パなめてるとなァ、アレだぞ!………アレだよ、ウン」
「ないんかい」


とりあえずこの毛もじゃは、これから10日はここに居座るらしい。さいあくだと罵るわたしの声とは裏腹に、ゆるむ口元をわたしは制服のセーターの袖口で隠した。ふうん、結構いるんじゃん。いつもの常連のおじいちゃんおばあちゃん達は、きっととっくにこのことを知ってたんだなあ。いつもなら賑わうこの時間に来ても、人っ子ひとり居なかったのも納得だ。口を開けば下ネタだし、天パだし、こいつに人生相談とか世間話する気になんて全くならないもんね。天パうつりそうだし。納得。

「オイ天パをインフルエンザみたいに言うんじゃないよオオオ」
「だっておんなじじゃん、病的だよその天パ」
「上等だオイ、お前こっち来いお前に伝染して俺はサラッサラになるから休み明けに違う銀サンになって帰ってくるから」
「帰ってこなくていいよそのまま逝っちゃいなよ」
「お前こそ早く学校いけよ、ガチ遅刻だぞオイ」
「別に学校行く気ないし」
「じゃあなんで制服着てんだよ、お前アレか、コスプレフェチか」
「別に、わたし高校生なんだからコスプレじゃないでしょ。それに私服ってめんどいから制服着てるだけだし」
「お前終わってんな」
「毛よりは終わってないつもりだけど」
「ちょおま、今銀サンのこと毛って言った!?ねえ言ったよね!?」
「あー言ってない言ってない脇毛とか言ってない」
「ちょっとォオオオ」


涙目になった医者にふっと笑うと、もうお前学校行けと投げやりに医者は言った。投げやりに言いつつポイフルの箱を投げてきた。なんだ、そんなに学校にわたしを行かせたいのか。やけに軽いポイフルの箱をキャッチして開いたものの、中には色とりどりのゼリービーンズなどかけらも入っていなかった。ちくしょうゴミか。

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