わたしが右足を思い切り蹴り上げると、ぐあ、だなんて声を上げてセクハラ医師はしゃがみ込んだ。どうやらクリーンヒットしたらしい。ふるふると震えながら、ちょ、銀サンの皆のジョイスティックがオシャカになったんだけどオオオオとか叫んでいる。ほんと脳みそもオシャカになればいいのに。というか、銀サンのってのはともかく『皆の』ってどういうことだ。


「ほら、銀サンのジョイスティックで、皆ジョイフルになれる的なアレだよアレ」
「お前は除菌もできるジョイくんに除菌されろ」
「ちょっと君ー、先生に対してなんて口の聞き方してんだコノヤロー先生のガラスのハートが粉々になっちゃったよ?」
「あんたの……息子も粉々になればよかったのに」
「そこまた恥じらうのね」


残念ながら粉々にはならなかったらしい自身を押さえながら、セクハラ医師はまた先生用の椅子に這い上がった。少し乱れた白衣をぱんぱんと手ではたいて、ずり落ちそうになった黒縁メガネを指で押し上げる。わたしは、乱れたシャツを直す目の前の医者をじろりと睨みつけた。ぴょんぴょんとはねた白髪に、黒縁メガネ。その奥で死んだ魚みたいな目がふたつ、のぞいている。ホストみたいな黒いシャツにこれまた黒いスラックスを履いて、その上に白衣とは、なんとも患者をばかにした服装である。着るひとが着たらとても格好良く見えるのだろうけれど、死んだ魚みたいな目をした白髪男が着ていたって、色気もくそもない。むしろ格好わるい。この白髪男は、おじいちゃんが休みのときに時折臨時でこの医院にいるのだが、わたしは今日運悪くこの男が来る日に当たってしまったらしい。今日こそ、今こそ、ほんとうにひとりぽっちの今こそ、おじいちゃんに会いたかったのに。話を、聞いてほしかったのに。すがる思いで医院を訪れたらいたのはこの男だ。もう帰りたい。


「え、なに、そんなに銀サンのこと見つめちゃってどうしたー?格好良すぎて銀サンに惚れちゃったかー?」
「あんた、鏡をしっかり見た方がいいよ。そしたらその天パにも気づけるだろうし」
「いやコレ寝癖だから、断じて天パじゃないからお父さんそんなの認めないから」
「じゃ天パ先生さよなら」
「待てよ」


丸椅子から立ち上がったわたしの腕を、天パ先生はぱしりと掴んだ。振り返って天パ先生を見下ろすと、眼鏡の奥の、するどい瞳が、すっとわたしの心臓を掴む。わたしの胸の奥のほうで、ぐらりと心臓が揺れる音がした。その音は、目の前でわたしを見つめる彼に聞こえただろうか。彼は、ニット帽に半分隠れたわたしの目を見つめたまま、静かな声を部屋に響かせた。


「まだ診察、してねーだろ」


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -