つくづく思う。雲雀さんってほんとうにびっくり人間だ。わたしの理解の範疇を越えたところに、スタンダードに存在している。いま思ったのだが、雲雀さんほどスタンダードという横文字が似合わないひとはいないんじゃないだろうか。ほんとうに、雲雀さんは『何でもアリ』である。今この瞬間だってそうだ。わたしは、ぽかんとだらしなく開いた口を塞ぐことができない。いま、雲雀さんは何て言ったんだ。


「だから、トモダチになる気はないけど、恋人にはなってもいいって言ったよ」
「……………」


ポカーンである。わたしの驚きを皆さんに納得していただけただろうか。え、べつにそこまで変な告白じゃないじゃないかって?そういうことじゃなくて、そこの話じゃなくて、もっと根本的なところだ。わたし、雲雀さんと初めて会ったのは、というか、この学校にいる以上その存在はもちろん入学時から知ってはいたけれど、まともに顔を合わせて話をしたのなんて、たった2週間ちょい前のはなしだ。それなのに雲雀さんは、……こっ恋人にならなってもいいと言っている。……こころの中なのにどもってしまった。とにかく、ここは、お友達から始まる感じじゃないんですか雲雀さん!


「あっ、の、ひ雲雀さん」
「なに」
「それは、どういう……?」
「……かなり明瞭に言ったつもりだけど、理解できなかったのかい?」
「あ、えと、は、はい」
「はあ。きみの頭はただのお飾りかい?じゃあ、きみの頭でも解るように言おうか。僕はきみのことがすきだよ」
「ぐはあ!」


わたしは胸の奥のほうがずぐりと鳴って、思わず制服の胸元を握りしめた。そんな改めて言われると、ほんとうにどうしたらいいのかが分からない。はあって。溜息をつきたいのはこっちです雲雀さん!


「あ、あの、雲雀さん、」
「なに」
「ひとつ、…お尋ね、したい、ことが」
「……………」
「わたしと、…雲雀さんは、先々週の火曜日に、初めて話しました、よね」
「そうだね」
「あの、その、2週間ちょっと、前ですよね」
「そうだね」
「………は、早くないですか?」
「……………」
「……………」
「……そうだね。でもひとをすきになるのに、時間なんて関係ないよ、…って言いたいところだけど、今回は真っ当な理由で反論しようか」
「…へ」
「きみが『時間』を問題にしているのなら、それは僕はクリアしているよ。僕は、君を1年以上前から知ってる」


何だって。わたしは突然の告白に耳を疑う。驚きのあまり、瞼がぱちぱちと瞬きを繰り返すのを感じた。まさか、ありえない。そんなはずはない。わたしは、この並盛中においてトップクラスの地味さを誇っていると自負している。顔もふつう、授業態度も取り立てて目立つあれもなく、成績だってべつに真ん中よりちょっと上ぐらいだ。運動神経も普通だから、体育大会で注目を浴びることもないし、かといってびりになるほど悪くもないから、ほんとうに目立たないのだ。加えてあまりひとと話さないから、さらに知名度は下がるはず。むしろ0じゃないだろうか?そんなわたしが、面と向かって話したことがないひとに、雲雀さんに、知られていたなんて、ありえない。


「雲雀さん、多分それ、ひと違いです」
「なに馬鹿なこと言ってるの。間違いなくきみだ。むしろ毎日のように屋上にひとりでご飯を食べにくるなんて、きみしかありえないでしょ」
「………え、雲雀さん、わたしを知ってるって、この屋上にいるのを知ってたんですか?」
「そうだね」
「えええ!」
「すこし考えたら分かるでしょ?大体、今までほぼずっと屋上で昼食を食べてきたのに、最近になって初めて僕と顔を合わせるとか、不自然に思わなかったのかい?」


………確かに。考えてみればそうかもしれない。ということは、わたしが事あるごとに屋上に来ていろいろしていたことを、雲雀さんは見ていた、ということなのか。なんということだ。


「あの、じじゃあ、わたしが入学してから今まで屋上に来てぶつくさ呟いてたのも、」
「うん」
「誰もいなくなったと思って屋上から叫んでたのも、」
「うん」
「その、………ぐすぐす泣いてたのも、」
「うん、全部聞こえてたよ」
「ああああ」
「海のバカヤローとか叫んでたよね」


海なんてここにはないのにね、と雲雀さんは思い出すような目をして、そして吹き出した。吹き出したというより、鼻で笑ったという表現のほうが正しいが。ああ、恥ずかしい。穴があったらもっと深く掘ってうずもれたい。恥ずかしい。というか、雲雀さんはずっとわたしの恥行を見て見ぬふりをしていたのか。それもなんか更に恥ずかしい。声をかけてくれればよかったのに。


「べつにきみが勝手にぶつぶつ言ってるだけだから、僕には関係ない。だからわざわざ声をかける必要なんてないでしょ?」
「それは!………そう、ですね」
「それに叫んでるきみを見てたら、ああ小動物も必死にこの世界で生き残ろうとしてるんだと思えて、面白かったよ」
「しょ、小動物って……」
「違わないでしょ」
「え、あ、………はい、雲雀さんに比べたら、そう、ですね」
「べつに肩を落とす必要はないよ。確かに小動物はよわいけれど、よわいだけが小動物じゃない」
「……雲雀さん」
「それは僕も、勿論きみも、しっていることだろう?」


わたしが顔を上げると、ふっと雲雀さんは口角を上げて笑った。見たことのなかった、雲雀さんが笑う顔。それは想像していたより遥かに滑らかに、わたしの中に染み込んでいった。あたたかく、やさしい。じわりじわりと、こころの中が満たされていくのを感じた。わたしも雲雀さんに、慣れていないのでぎこちなくだけれど、笑顔を返す。並盛中に入ってから、初めてわらえたような気が、する。


「雲雀さん、」
「なんだい」
「ありがとうございます」
「……………」
「ともだちもいいけれど、わたしは、」


「雲雀さんの恋人でいたい、です」



よわい 魔法

12/01/30
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