ガン、と屋上へ繋がるドアを開けると同時に、わたしは雲雀さん、と声を張り上げた。張り上げたとはいっても普通のひとに比べたらそうでもない音量なのだろうけれど、わたしは使える全ての酸素を使って屋上にいるであろうひとの名前を呼んだ。返事なんて返してもらえないだろうけれど、わたしは続けて何度か彼の名前を呼んで、屋上をぐるりと駆け回った。


「ひばりさ、」
「……うるさいきこえてるよ」
「雲雀さん、聞いてくださ、」


案の定というべきか、彼は屋上の中でちょっとばかり陰になっているところに寝そべっていた。彼は午前中の中休みでもここにいるようだ。彼は一体授業なるものはどうしているのかいつも疑問である。まあそれは今は置いておくとして、意気込んで言葉を発したはいいものの、わたしは屋上まで駆け上がってきた息切れがピークに達して、最後まで言葉を言い切ることは出来なかった。ぜえぜえと肩で息をしていると、寝そべったままの雲雀さんは心底あきれたといった表情でわたしを横目で見た。でもそんな表情も、今のわたしにとってはなんてことはない。今わたしは、とってもうれしくて興奮覚めやらぬといった気持ちでいっぱいなのだ。もう丸1日経とうとしているのに。気持ちを少し落ち着けるために、わたしは雲雀さんの傍らに両膝をついた。両手で自分の膝をすこし握る。わたしはすう、と深く息を吸い込んで、寝転がる雲雀さんに向かって報告をした。


「あの、ですね、雲雀さん!」
「…だから、なに」
「昨日、わたし、お弁当ひとりじゃなかったんです!」
「……………それは、誰かと一緒に食べたとかそういうこと?」
「はい!」


わたしは力を込めて返事をしたのだが、雲雀さんのほうはふうん、とあまり気のない返事である。まあ、雲雀さんには別にリアクションとか、そういうものを求めているわけではないので別にいいのだけれど。話を聞いてくれていたらそれでいいのだ。


「あの、ですね、ほら、き昨日、雨が降りましたよね?」
「……………」
「なのでわたし、教室の、その、自分の席で、お弁当、食べてたんです」
「……………」
「そうしたら!……わたしの席の、斜めうしろと、その前で食べてたおんなのこが、はっ話しかけて、きてくれて!」
「……………」
「お弁当かわいいねって声をかけてきて、自分で作ったことを言ったら、料理のはなしでなんというかその、盛り上がって!」
「……………」
「わたし……一緒に話しながらお弁当を食べるなんてわたし、久しぶりすぎて!」
「……ふうん、…それよりもきみ、身を乗り出しすぎなんだけど」


はっと我にかえると自分がめいいっぱい身を乗り出していたことに気づいて、わたしは慌てて姿勢を元に戻した。だめだ、わたし。こんな些細なことで嬉しくなって雲雀さんに報告するなんて、しかも身を乗り出して、だめだ。わたし、もっと落ち着いて、冷静にならなくちゃ。でも嬉しいものは嬉しいんだけれど。わたしはすう、と深呼吸をして気持ちを落ち着けつつ、すみませんと雲雀さんに謝った。


「あの、その、ごめんなさい」
「べつに」
「………………」


わたしが黙ったまま雲雀さんに頭を下げると、雲雀さんは閉じていた瞼を片目だけ開いて溜息にも似た息を吐き出した。


「なんで、黙るの」
「あ、えと、…ごめんなさい」
「なんで謝るの」
「あ、えと、…ごめ、あ、」


わたしがまごまごしているのを見て、雲雀さんはまた再び、さっきよりも大きく、溜息をついた。口を開けばまたぼろを出してしまいそうで、わたしは口をつぐむ。あ、でもそういえば、さっきなんで黙るのって言われたんだっけ。もうどうしたらいいんだろう。ああ、もう。こんなときに、何を話したらいいのか、経験値の少ないわたしは思い付かない。ああ、どうしたら、


「………なん「あっあの!」
「……………」
「あ、ごめんなさ、先、どうぞ」
「べつにいいよ、なに」
「………あの、」
「……………」
「…あの、わたし、本当に、」
「……………」
「ほんとうに、雲雀さんに、感謝しているんです」


あの日に出会ってから、わたしは毎日のように屋上に足を運んだ。最初は何故だか分からなくて、ただ雲雀さんという存在に惹かれているのだとそう思っていた。それはもちろん間違いなどではなくて、今でもわたしは雲雀さんに惹かれている。そのことは、これから先雲雀さんに言うつもりはないけれど。雲雀さんに惹かれている、それだけではないのだと自分の中で決定的になったのは、わたしが雲雀さんの前で泣いてしまったときだ。雲雀さんは、わたしの拙い言葉を、それこそかみさまみたいに、掌で掬い上げてくれた。ぶっきらぼうにも見えたその掌は、やわらかいやさしさで溢れているとそう思った。自分が救われたからそう思えるのかもしれない。けれど、一見つめたいように見える彼の言葉には、気のせいなんかじゃなく、確かなやさしさがあるとそうわたしは思うのだ。それに気づいて、わたしは雲雀さんに惹かれると同時に憧れた。わたしもそうありたいと思った。少ない言葉でも、例え冷たく見えたとしても、拙くても。自分の伝えたいことを誰かに伝えられる、そんな風にありたいと思った。だから、昨日、隣の席のおんなのこと話せて、友達だなんて思うのはまだわたしには早いかもしれないけれど、一緒に笑うことができて、自分の言葉を伝えられたこと、それが何よりも嬉しかった。他の誰よりも雲雀さんに、伝えたかった。感謝のきもちを。


「わたしが何に対して言っているのか、きっと、雲雀さんは意味がわからない、と思います。雲雀さんは、多分そういうひと、だろうから」
「……………」
「それでも、いいんです。わたしが………わたしが勝手に、思っているだけ、だから」
「……………」
「ありがとうございます」


わたしがぺこ、と頭を下げると、雲雀さんはまた閉じていた瞼をそっと持ち上げた。ん、と両手を伸ばして伸びをした雲雀さんは、欠伸をひとつしながらゆっくりと起き上がる。そして唇を開いたと思えば、案の定わたしの言ったことは無視して、脈絡なく彼は言葉を発した。


「お弁当、一緒に食べたんだ」
「…あ、はい、同じクラスの笹川さんと黒川さんと」
「ふうん、ササガワ……」
「あ、でも、まだ友達だなんて恐れ多いというか何というか」


わたしが聞かれてもいないのにぶんぶんと手を振って否定をしたとき、雲雀さんは何か思いあたる節があるようですこしばかり遠い目をした。笹川さんと、なにか雲雀さんは関わりがあるのだろうか。ものすごく接点のなさそうな二人だけれど……。まあそこは雲雀さん、顔は広いからそんなこともあるか。わたしはひとりで納得して、また言葉を紡ぐ。


「今はまだ、その、あれですけど、夢のおかず交換目指して、がんばります、わたし!」
「………なにそれ」
「え、ひ雲雀さん、おかず交換………知らないんですか」
「しらない」
「お弁当一緒に食べてる友達同士で、おかずを交換するんです」
「………ふうん」
「わたし、昔から夢なんです、おかず交換」
「…ふうん、じゃあ、ハンバーグをきみから貰った僕は、きみの友達ってことかい?」
「え」


違うとも言えずにわたしは、えっと、と口ごもる。雲雀さんと友達なんてそれこそ恐れ多いが、何よりわたしは一方的に雲雀さんにハンバーグをあげただけで、雲雀さんとおかず交換をしたわけではない。雲雀さんはおかず交換がなんたるかをすこし勘違いしたらしい。どう説明したらいいんだろう。でも友達だと思ってくれているのなら嬉しいし、どうしよう。


「まあきみとトモダチになる気なんてないけど」


がっくし、と自分の肩が落ちる音がした。ああ、やっぱり、そうだよね。それがあたりまえだ。わたしはふるふるとちいさく自分の頭を振った。そのとき。


「恋人にならなってもいいかな」


え今なんて。


声とメランコリー

12/01/28
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