冬の屋上はさむい。たとえどんなにサボりたい欲望があったとしても、さむいという理由で屋上はサボる場所の候補からはずれてしまうのが普通の心理である。だがわたしは、サボりではないのだが、この冬にお昼ご飯を食べる場所を屋上にすることに決めた。突然現れた、黒い髪の毛と瞳をした男の子が理由で。


「……………」
「……………」


つい先日、わたしがひとり屋上でお弁当を食べていたときに不意に現れたのは、並盛中学において知らぬものはいない、雲雀恭弥そのひとだった。有名人とはいっても、あまり良い意味での有名人ではないが。風紀委員長を務めているにも関わらず、このあたりの不良たちをまとめる番長でもあるという、変わった肩書きの持ち主だ。実際にわたしは見たわけではないけれど、ものすごく喧嘩がつよい、らしい。なんでも、トンファーを身体に仕込んでいるんだかなんとか。こわい。デンジャラス。


「……………」
「……………」


そんなデンジャラスな雲雀さんの出没スポット(だったらしい)に、なぜわたしが足を踏み入れ、お弁当を食べているのかというと、彼は話し掛けないでオーラを全面に出してくれているから、わたしも気楽に黙ったままでいられるからだ。現にわたしが屋上に来てから、雲雀さんは既にそこにいたけれど、まだひとことも会話などしていない。したところで上手く話せる自信など毛頭ないので、ありがたいのだが。でも、彼がいるということ、ただそれだけで、なぜかこころが落ち着くようなそんな気がした。最初は殴られるんじゃないかと(それこそ身体に仕込んでいるらしいトンファーで)びくびくしていたのだが、彼が放つ雰囲気に、なぜかわたしは惹かれて毎日屋上に足を運んだ。そのうちにだんだんと、彼はとりあえずうるさくしなければ殴ってはこないらしいことが分かってきて、ますますわたしは屋上にいる時間が長くなった。といっても、お昼休みと放課後ぐらいだけれど。それにしても、雲雀さんはわたしがここに来るたびに必ずいるけれど、彼はいつもこんな風にひとりでいるのだろうか。わたしはあまり噂に詳しくないので、おぼろげにしかこの雲雀恭弥という人間を聞かないが、群れることがだいきらいらしいというのは聞いたことがある。それはつまり、ひとりがすき、ということなのだろうか。人間がきらいなわけでは、ないのかしら。ううむ。わたしは、食べ終わったお弁当を元通りに直して、体育座りをした自分の横にそっと置いた。


「……雲雀さんって、その、すごいですね」
「………なんのことだい?」
「あ、な、何て言うか、………ひとりでいるのに、その、……飄々としているというか、自信に、満ちているというか、」
「……………」
「あ、……はい、それが、すごいなあ、って、思って……」
「……………」


わたしが体育座りをすこし直して、両腕できゅう、と膝を抱えこむと、隣………というほど近くはないけれど、に腕枕をして寝転がる雲雀さんは、閉じていた瞼をちらりと持ち上げて、またすぐに両目をふせた。


「きみもひとりでここに居たじゃないか」
「あ、それは………仕方なくというか、そうしかできないというか……その」
「……………」


わたしがはっきりしない返答を返すと、雲雀さんはうっすらと両目を開けてこちらに視線を移した。瞼のすきまから覗いたくろい瞳に、すいこまれそうになる。どきりと心臓が音をたててゆれるのが分かった。半ば無意識に、わたしは唇を開いて雲雀さんに話し掛けていた。


「あ、あの、わたし、皆と……クラスの子と、普通に、あの、しゃべれなく、て、えっと、」
「……喋れてるじゃない、いま」
「いや、あの、こんな感じじゃなくて、普通に…」
「普通ってなに?きみはいまちゃんと僕と会話ができているじゃない」
「あ、えっと、だから、こんな喋り方じゃなくて、……もっと、流暢にというか、……その、」
「まあ確かに、流暢な話し方ではないね」
「だから、……あの、もっと、」
「だから、なに?べつに皆が皆流暢でなくたっていいでしょ」
「ででも、」
「何が問題なの?きみは、きみの言いたいことは、きちんと僕に伝えられているじゃない」


面倒くさいとでも言いたげな表情を浮かべて、雲雀さんは寝転がっていた身体を起こした。片方だけ立てた膝に、学ランから覗いた白いワイシャツとそれから伸びる白い腕が乗っている。それから雲雀さんの顔に視線を移すと、切れ長の、鋭い、でも綺麗な瞳が、真っすぐ前を向いているのが見えた。


「うまく言葉がでてこなくて、もどかしい。もっと流暢にひとと話したい。ともだちがほしい。歯痒い。自分が、情けない。きみの伝えたかったことは全部、伝えられているじゃないか」


違うのかい、と雲雀さんはちらりとこちらに視線を向けた。のだと、おもう。わたしは、目の前が霞んで、雲雀さんの姿はよく見えなかった。引き結んだ唇からぽろりと漏れた嗚咽は、止まらずに寒い空気に吸い込まれていく。瞼からは、ぽろぽろとなみだが頬を滑り落ちていった。うれしいのか、かなしいのか、よくわからない。自分が情けなくて、もどかしくて、きらいになったわたしの気持ちを、雲雀さんはするりと掬い上げてわたしに返した。かなしい。うれしい。だって、雲雀さんが言ったことは全部、ほんとうだから。


「……う、ぅあ、…っく、う、」
「うるさい」
「……ひ、っく、あ、ごめ、んなさ、」
「うるさいからさっさと泣き止んでくれる」
「ご、めんなさ、ひ、」


ひっくひっくとしゃっくりあげながら、わたしはなみだを止めるべく息をこらえた。溢れ出たなみだがすぐに止まるはずもなく、唇を噛んでは離し、噛んでは離しをしばらくの間繰り返していた。はじめてだった。人前では泣かないと決めたときから、ずっと泣くときはひとりだった。うるさいから泣き止めと言った雲雀さんは、わたしがしばらくしゃっくりあげている間、なぐさめるでもなく、また先程のようにうるさいと怒るでもなく、ただ静かにそこに座っていた。つめたい風が、瞼を満たしたなみだをゆっくりと、乾かしていく。お昼休みは終わり、チャイムはいつの間にか5限の始まりを告げていた。


ことばの重力

12/01/23
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