このままずっと、隠れて、息をころして、ひそやかに呼吸だけ繰り返して、生きていくんだと思っていた。なみだなんてとっくのとうに枯れ果てたし、泣くことさえもばからしいとさえ思えた。これがわたしにとっての当たり前になっていた。ひとりがあたりまえ。だって誰かに話し掛ける勇気も持ち合わせていないくせに、ともだちを欲しがるなんて身勝手もいいとこだ。話し掛けられても、うまく言葉が出てこないし、気の利いた返しなんてできたことがない。冗談をいうなんて、そんな高度なこと夢のまた夢だ。皆ととりとめもないことを話して、笑って、皆も笑っていて。そんなことができたらと思っていたときもあったけれど、わたしにはとてもとても無理な話だった。究極の引っ込み思案というのが、わたしを表す最適な言葉だとおもう。


「いただき、ます」


わたしは、伸ばした膝の上に乗ったお弁当をぱかりと開けて手を合わせた。いつものように、色とりどりのきれいなお弁当のおかずたち。これだけ見たら、どんなに楽しい学校生活を送っているのだろうとわくわくしてしまうぐらいに、おいしそうな、すてきなお弁当。同時に、わたしみたいな学校生活を完全に楽しめていない人間が食べることが申し訳なくなるお弁当だ。お母さん、ごめんなさい。わたしはこころの中で母親に謝って、綺麗に巻かれた卵焼きを口に運んだ。塩辛い。うちの卵焼きは砂糖を入れた甘いやつではなく、しょっぱいのが基本だ。一度、ともだちとお弁当のおかずを交換してみたいという夢もあり、甘い卵焼きなるものを食べてみたいなあと思っていたのだけれど、その夢も夢のままで終わりそうだ。わたしはひとつ溜息を寒空にほうり出して、ブロッコリーをつまみ上げた。もぐもぐと口を動かしていると、ふくらんだ頬には冷たい風がぴしぴしとささる。ハンカチをお尻の下に敷いてはいるものの、冷たい屋上のコンクリートからは容赦なく温度を奪われていく。さむい。やはり、冬は屋上以外の場所を探さなくちゃなあ。誰もいない屋上をぐるりと見渡して、溜息をもうひとつ空気に押しやったあと、わたしは小さなハンバーグを箸で持ち上げた。


「ちょっときみ、邪魔なんだけど」
「わあ!」


突然の声の来訪に、わたしは少し大きな声を上げてびくりと震えた。すると箸の先につままれていたはずのハンバーグは、ぼとりと屋上の床にこんにちはしてしまった。ああ、ともうひとつおまけに出してしまった情けない声に、わたしの後ろから先程の人物がずい、とわたしの手元を覗きこんだ。


「だから、じゃまだよ、………それ、なに」
「…へ?」


わたしの後ろから覗きこんできた人物は、わたしの上げた情けない声など気にもとめないで、邪魔だとそう告げてきた。すみませんと謝ろうとしたときに、思いがけない質問が飛び出してきたので思わず聞き返してしまう。なんだ、このひとは、『それ』ってどれのことなんだ。そして誰なんだ。わたしはぐるぐると頭の中を回る疑問のうちのひとつを解決すべく、そろりと後ろを振り返る。すると、真っ黒な髪の毛と、するどい双眼がわたしの視界に入って来た。驚きのあまり右手に握っていたはずのお箸がぽろりと落ちて膝の上に乗った。


「あ……、ひ、ひばりさ……」
「それ、なに」


わたしの驚きなど露知らず、雲雀さんはまた同じ質問を繰り返した。それ、をその右手で指差しながら。その人差し指を目で追うと、床とこんにちはしているハンバーグにぶちあたる。心臓が、ばくばくと鼓膜の奥でうるさい。わたしは、急にからからになった喉でどうにかこうにか唾液を飲み込んで、どもりながら返事を返した。


「あ、えっと、お、お弁当のおかずの、」
「………………」
「は、ハンバーグ!で、す」
「ふうん」


どうにかハンバーグであることを言い終えると、雲雀さんは床に落ちたハンバーグを見つめたまま、ふうんとそう鼻を鳴らした。そして、これもらっていい?とそう口にした。ハンバーグを見つめながら。


「あ、えっと、はい、………って、え!?」


雲雀さんは、床とこんにちはしたハンバーグをひょいとつまみ上げると、ふう、と少し息を吹き掛けて口の中にほうり込んだ。そのままもぐもぐと口を動かして、ごくりと喉が動いたのが見える。え、ちょっとまって、


「ひっ雲雀さ、それ、わたしが床におっ落としちゃっ………」
「べつに死にはしないでしょ、それに、30秒ルールとか、あるじゃないそんなの」


いや、3秒ルールだし、30秒なんてとっくに過ぎてるし。いやそもそも3秒ルール自体何と言うか、何の科学的根拠もないというか、気持ちの問題というか。いやそれなら、気持ちの問題なら、本人が気にしていないなら大丈夫か。………いやいやいや。ちらりと雲雀さんのほうを見ると、心なしか嬉しそうに見える。一体、どういうこと?雲雀さんとハンバーグ。わたしと雲雀さんぐらいに遠く感じるそれが、驚くことに雲雀さんの好物であったことを知るのは、わたしがお昼ご飯を雲雀さんの隣で食べるようになったとき。もう少し、先の話だ。



ひそやかに青春

12/01/20
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