一番最初に声を掛けられた時、私は失礼な事にその声を完全に無視して席を立とうとした。別に私が興味ない人間に対しては無視を決め込むようなシビアな人間であるという訳では無く、ただその声が私に掛けられたものだとは思わなかったからだ。そんな事を言えばやっぱりお前が悪いんだろなんて思われるかもしれないが、あの人の言い方にだって非は有ると思うのは私の負け惜しみだろうか。大体、ねえきみ、なんて言われて毎度毎度自分だと思う人の方が自意識過剰ではないか。それに大体きみ、なんて他人を呼ぶ学生が本当にこの世の中に居るなんて知らない。嗚呼何だか本当に負け惜しみを言っているみたいに思えてきた。この男を前にすると何だかそんな気持ちになる。噂で聞いたが相当頭の切れる男だというから、そんな私の頭の中のこの苛々も全て見透かされているんじゃないだろうか。

「ねえ、聞いてる?」
「………何」

帰ろうと意気込んだまさにその直後に呼び止められた事に対する苛々をその二文字にあらん限り込めて返事を返した。ぶっきらぼうな口調に目の前の男は少しだけ眉を動かしたが、表情は全く変わらなかった。まさか私の反応も御見通しということ?まさか。

「それ、要らないの?」

彼は視線と顎の動きだけで私のすぐ後ろを指した。すぐに振り向くのが何だか癪に思えて私は唇を歪めながらゆっくりと振り向けば、私の机が有るだけ。苛々を目に十二分に込めて彼の(これまた癪なことに)整った顔を見遣れば、それだよ、と今度は指で私の後ろを示した。後ろの、下の方を。

「お弁当腐らせても、良い事無いよ」

ば、と振り返れは机の脇に掛かった生成色のトートバッグが憎らし気に揺れている。私はそれを引ったくる様に取って彼に向き直った。

「どうも有難う神の子はなあんでも御見通しってわけなんですね」
「……別に神の子じゃなくても分かるけど」
「ああそう」

嗚呼もう苛々する。目の前の男は姿形はそれはもう整っていて、全国クラスの我が校のテニス部でも実力は申し分無く、おまけに頭が切れる。漫画でよくある完璧だが冷徹だというパターンにも当て嵌まらず他人に対する思いやりも少しは有る。らしい。欠点なんて一つも私に見えて来ない。はっきり言って、むかつく。私なんて親切にも忘れ物を教えてくれたクラスメイトにさえ苛々しているどうしようもない人間なのに。何だかむかつく。無性に。むかつく。剥いでやりたい。この男が被った皮を。

「次の試合、強いとこなんでしょ。負けちゃうかもね、アナタ」
「……どうしてだ」
「だってアナタ、完璧すぎるから」

こんなにも穴だらけの人間が居るのに、こんなにも綺麗なままで居るなんて、卑怯じゃない。アナタが人間であるならば。神の子じゃないというのなら。そんな綺麗な人間が、居る筈無いもの。

「……きみ、」

微かに聞こえた声にその綺麗な顔を見つめれば、彼は不思議な表情を浮かべて言葉を紡いだ。

「きみ、試合、観に来なよ」
「………は?」
「テニスの試合。皆が、………俺が、死に物狂いで穴を埋めるとこ、観に来なよ」
「…………」
「人間がするものだよ、テニスは」

不思議な光を瞳に宿して、彼は薄く青い空を切り取る窓からグラウンドを見つめた。

「…………アナタは神の子じゃ、無いの?」
「……………さあ?」

そう言ってこちらに向き直り、ふわりと笑った。私に背中を向けて教室のドアに向かっていく。歩く度に揺れるテニスバッグが何だか、ああ、彼に似合っていると、同じクラスになって初めて、そう思った。


それでも貴方は神様みたいに美しい


10/05/02


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -