ああ。やってしまった。瞼を開いた瞬間に見えた銀色のような白のような微妙な色の髪の毛に、わたしは目をぎゅ、とつむって掌を自分の額に押し当てた。ふかふかとは程遠い掛け布団から出したばかりの掌は、まだ微かな温かさを感じるくらいの温度だったのに、冷たい部屋の空気にふれてどんどん熱を奪われていく。それとともにはっきりとしてきた意識が、いまのこの状況をわたしの脳に鮮明に浮かび上がらせて、さらにわたしは眉間の皴を深くした。ちらりと隣に寝転がる白いひとを見ると、まだぐうぐうと気持ち良さそうな寝息をこちらに寄越してくる。何も知らなければ、こんなに隙ばかり見せながら穏やかな寝息を立てるこのひとが、かつて白夜叉とまで言われ畏れられていた攘夷志士だとは、夢にも思わないだろうなあ。わたしはそんなことを考えながら、隣に眠る彼を起こさぬようになるべく慎重に、身体を起こして布団からはい出る。はずだった。


「う、わっ」
「はい捕獲ー」
「な、銀さん、起きてたんですか」


布団から出て朝の冷たい空気に肌をさらしたかと思えば、一瞬でわたしの身体は温かい布団の中にすいこまれていった。布団の中よりも更に温かい彼の腕がわたしの腰に見事に絡まっていて、抜け出そうと身じろぎをすれば更に強くぎゅ、と抱えられてしまう。見上げると、まだすこし眠そうに瞬きを繰り返す銀さんの顔が視界に入った。


「起きてたんですかじゃないだろ、朝はオハヨウだろーが」
「…お、おはようございます」
「分かればよろしい」
「…………はあ、」
「……………」
「……あのう、腕、」
「あァ?」
「腕を、離していただけると、ありがたいんですけ、ど」
「銀サンの許可無しに銀サンの布団から出たらダメって学校の先生に教わらなかったのかー?」
「そんな不埒なことを教える学校なんてありません」
「あーゆとり世代はほんとにこれだからもう困るわ」


はあ、と大袈裟な溜息をついた銀さんは、くるくると、まではいかないけれど、ぴょんぴょんと子供のように撥ねた髪の毛をぼりぼりと掻いた。もちろんわたしの腰に回った腕はそのままである。だんだんと記憶、というか意識がはっきりしてくると、この状況がいかにはずかしいかが頭の中でぐるぐるとまわる。お分かりかと思うがわたしも銀さんも服を身につけていない。銀さんはもしかしたら下ぐらい穿いたのかもしれないが、シーツをめくってそれを確認する度胸と勇気はわたしにはない。それに少なくともわたしは何も着ていないのは、わたし的感覚からすると間違いない。ああ、なんかすーすーする。早くここから抜け出して一刻も早く衣服という衣服を回収してまわりたい。はずかしい。とりあえず、下着ぐらい付けたい。視線だけ動かして布団のまわりをぐるりと見回すと、確かに昨日わたしが着ていた着物と、それに混じって銀さんのものらしき着流しやら何やらが散乱していた。頑張って頭を回転させて思い出そうとしても、自分で脱いだのか、…その、銀さんが脱がせたのか、さえも思い出せない。だめだ、銀さんにここに連れて来られたのか、わたしがそれとも誘ったのか。そもそも、ここはホテルなのかそれとも彼の自宅なのか。見覚えがないので、わたしの自宅でないことはたったひとつ分かっている事実だが。とにかく、横で寝転がりながらわたしの腰をさすさすしている彼には聞かなければならないことが沢山ある。でもその前に、わたしはまず知りたいのだ。……下着はどこだ!先程から懸命に視線を布団の回りに走らせているのに、一向に見つかる兆しがない。どうしてこうなったかとかそういう話はすべてを元の場所に戻してからにしたいのだ。第一、この状態は全くもって落ち着いて話ができるアレではない。というのが本音である。わたしのこころの中の切実な問いとは裏腹に、絶えずわたしをさすり続ける彼の悪い手を、後ろを振り返りすこしだけにらんでぺちりと叩いた。


「銀さん!ちょっといい加減にしてください!」
「何だよ、朝っぱらからSですかコノヤロー」
「Sとかそんな問題じゃないんです!……てかわたしSじゃないですから!自分のことはどこのお宅の棚の上に上げてきたんですか!」
「まー精神的にはお前の上に乗ってはいるけど」
「は、はぁ!?」
「さァて問題です、」


「お前が懸命に探している白のえろい下着は、いま一体だれの掌の上にあるでしょーか」


左手を折って頭を支えている目の前の男は、憎らしいほど布団の中に入っている右手をぱたぱたと動かして、憎らしいほどの笑みをうかべた。片方だけつりあげられた口角が、すごく憎らしい。上がった口角も、いつもやる気のなさそうな、それこそ死んだ魚みたいな目が、なぜかちょっとだけきらめいているのも、寝癖も加わってさらにふわふわした髪の毛も、布団から覗いた意外にもまだ筋肉質な腕にも、ぜんぶぜんぶいらいらする。けれど。ふるふるとゆれる布団がわたしの頭のなかに完敗のふた文字を浮かび上がらせた。やけくそとばかりに右手を伸ばしてぽかりと銀さんの胸のあたりを叩くが、無駄な抵抗とはまさにこのことであったらしい。ふわりと腕を絡め取られたわたしの身体は、またふたたび白い海の中に沈んでいった。



論理的に逃げ場を潰す

12/03/13
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