きっかけは雲雀さんがとても耳がよかったことだ。わたしが同期の子たちと、宅飲みしたいねとコンビニで買ったお昼ご飯をぱくつきながら何気ない会話をしていたとき、遠くのほうのデスクでお茶を飲んでいたはずの雲雀さんがぬっと現れて、たくのみってなに、といつものあの調子で言ってきたのだ。そんなに大きな声で話しているつもりは毛頭なかったからもちろん驚いたのだが、彼がオフィスの中で話しかけてきたことにさらに驚いた。驚いてぽかんと口を開けていたわたしをちらちらと見ながら、わたしとご飯を食べていた友人がおうちでする飲み会のことです、と雲雀さんに説明していた。ふっとわたしが気がついたときにはもうそこに雲雀さんはおらず、ちょっと、と脇腹をつついてくる友人がいるのみだった。それから少し時間は空いて、お昼を通り過ぎ午後の就業時間も終わりに近づいたころ。わたしのマナーモードにした携帯が机の上でぶるぶると震えた。まだ折り畳み式の携帯をぱかりと開くと新着メール1件の文字。ためらいもなく真ん中のボタンを押すと、あのひとの名前が表示されて思わず親指を止めた。おそるおそるといった感じで親指を動かすと、あのひとらしい簡素な文章が白い画面に現れた。


From:雲雀 恭弥
To:○○ ○○
Sub:(no title)
10/13 16:48
−−−−−−−−−−−−
今日たくのみやろうか

-end-



とりあえず彼は宅飲みの漢字は友人から教わらなかったらしい。普段厳しい雲雀さんからひらがなばかりのメールがくると何だか面白い。いや、可愛い。わたしはだらしなくゆるみそうになった頬をぴっと引き締めて、カチカチと彼のメールに対する返事を作成した。送信完了しました、と表示されたのを確認してからわたしはぱちりと携帯を閉じ、残った仕事を終わらせるべく我ながらなかなかすごい速さでパソコンを叩きはじめた。



_

ただいま、とドアを開けると、案の定仁平に身を包んだ彼が部屋の真ん中のローテーブルの前で胡座をかいて座っていた。電気ついているなあと外から見て思っていたから、先に入っているのであろうとは思ったけれど、こんなにばっちりと準備が整っているとは。わたしはいそいそとパンプスを脱いで揃えると、スリッパも履いたそこそこに部屋の中に足を踏み入れた。ちなみに雲雀さんの靴は寸分違わずきっちりと揃えて置いてあった。流石は名家の子である。


「雲雀さん早いですね」
「きみが遅いの」
「もしや仕事を明日に……」
「回すわけないでしょ、きっちり終わらせたよ」


きみこそ今日の分の仕事ちゃんと終わらせて来たんだろうね、と何とも失礼な言葉を雲雀さんは吐いてちらりとわたしを見た。きちんと終わらせてきましたとも。奇跡の速さでパソコンのキーボードを叩いたわたしを記録に残しておいてほしいくらいだった。わたしが答えてコンビニの袋をローテーブルの上に置くと、雲雀さんは袋をちらりと見た後まあいいけど、と呟いた。雲雀さんはどうやら宅飲みが楽しみでうずうずしているようだ。可愛いなおい。しばしお待ちを、と言って手早くパーカーとスウェットに着替えて、わたわたとわたしは雲雀さんの元へ戻った。よいしょ、と雲雀さんの隣に腰を下ろして、わたしは自分で買ってきたものをがさがさと取り出した。


「雲雀さん、何か買ってきました?」
「…どんな酒を買えばいいか分からなかったから買わなかったよ」
「あは、はじめてなんですもんね、宅飲み」
「うるさいよ」
「もう、すねないでください雲雀さん」


子供みたいにむすっとした顔をした雲雀さんにそう声をかけながら、わたしは雲雀さんの前に買ってきた酎ハイの缶をずらりと並べた。わたしはビールもきらいじゃないけれど酎ハイがもっとすきなので、今日は酎ハイを多めに買ってきてしまった。ビールはキンキンに冷やしたいのでとりあえず冷蔵庫行きにするとして、雲雀さんに酎ハイのどれがいいか尋ねると、思った通りグレープフルーツを選んだのでわたしは巨峰を取った。雲雀さんは甘いのより爽やかなレモンとかグレープフルーツがすきそうだなあと思っていたけれど当たりらしい。普段は日本酒を呑んでいるところしかみたことがないので、どれがいいか分からずにとりあえず適当に買ってきてしまったから、好みのがあってよかった。迷いなく選んでいたから多分大丈夫だろう。残りを冷蔵庫に片して、わたしたちは揃って缶のプルトップを開けた。ぷしゅ、と気持ちいい音が二つ重なって響いて、わたしが缶を手に持つと雲雀さんもそれに倣った。


「えーと、はい、それじゃ、楽しみましょう!」


かんぱい、とわたしが言うと、どちらからともなく缶を合わせてわたしたちは揃って缶に口をつけた。ごくり、と最初の一口を飲み込むといつもの炭酸がしゅわしゅわとわたしの中を通り抜けて、思わずぷは、と声に出してしまった。やばい、ちょっとオジサンぽかったかもしれない。ちらりと横目で雲雀さんを見ると、缶に口をつけたままこちらを見ていた雲雀さんとばっちり視線がぶつかった。そして、ふっと口の端で笑う雲雀さん。くそう、むかつくけどイケメンだ。そして笑われた。でもイケメン。わたしは言い訳程度の抵抗として雲雀さんを少し睨んだ後、コンビニの袋から買ってきたおつまみをがさがさと取り出した。


「おつまみっていろいろありますけど、やっぱり生ハムですよね!」
「なにいってるの、おつまみは柿ピーに決まってるでしょ」
「………雲雀さんって柿ピー食べるんですね」
「なにそれ」


雲雀恭弥と柿ピー。誰がこのタッグマッチを予想出来ただろうか。下手をしたら獄寺さんとショートケーキぐらいの破壊力である。前にも言った通り雲雀さんは普段日本酒を呑んでいるので、おつまみもそれに合ったものを食べている印象しかなかったから、柿ピーとは何とも驚きである。そして庶民的である。生ハムを否定された悲しみは拭えないけれど、雲雀さんが柿ピー好きなのは何だか親近感を覚えてとても嬉しい。わたしは零れる笑みを抑えることもせず、柿ピーの袋を取り出した。今回は、柿ピーにしてあげよう。ばりばりと封を切って広げた後、二人の真ん中に柿ピーを零さないようにそっと置いた。置いたそこそこにピーナッツを取った雲雀さん。わたしも一つまみとって手の平の上からちょびちょびと食べていると、雲雀さんはまたピーナッツを取った。酎ハイを片手にもぐもぐとほっぺたを動かす雲雀さんはとても可愛いのだけれど、ちょっとピーナッツ。


「………ピーナッツばっかり食べちゃだめですからね」
「……………」
「わたしもピーナッツのほうがすきなんですからね」
「……………」


わたしの言葉にむすっとまたあの顔を見せた雲雀さん。雲雀さんのすねた顔はまた可愛いけれど、びしっと言うべきときには言わなくちゃね。むすっとしたまま缶にまた口をつけた彼は、速いことにもう飲み終わるようで缶を少し上に傾けながら飲んでいた。カン、と軽い音が缶をテーブルに置いたときに響いたので、わたしは立ち上がって冷蔵庫に近づいた。


「次何にしますか?ビールもありますけど」
「…酎ハイでいいよ、レモン」


注文通りレモンの缶を冷蔵庫から取り出すと、わたしは元の場所に戻った。缶を雲雀さんに手渡して再びラグマットの上に腰を下ろし、わたしは巨峰ハイに口を付ける。少しだけさっきよりも抜けはじめた炭酸が喉を通り抜けていった。でも美味しい。わたしはごく自然に柿ピーに手を伸ばしてそして気づいた。


「ピーナッツあと1個しかないじゃないですか!もう!」
「きみが食べるのが遅いの」
「もう!雲雀さんのばか!」



_

午前1時を回った頃だろうか。柿ピーの袋が全て開き、わたしが生ハムに手を出しはじめたころ、わたしのお気に入りの硝子のローテーブルの上にはわたしが買ってきたほぼ全ての酎ハイの缶が、というより家に置いてあったストックも含めて、沢山の空の缶酎ハイが並べられていた。お酒にあまり強くないわたしは、ぼわんとした意識の中で、やっぱり雲雀さんってお酒に強いんだなあなんて考えている。眠気に襲われはじめていたわたしは、ぱちぱちと瞬きを繰り返しながら隣の雲雀さんをじい、と見つめると、雲雀さんもその切れ長の目をすっとこちらに動かした。ああ、雲雀さんはこんなに呑んでも顔色ひとつ変わらないんだなあ。すごいなあ。


「眠いのかい」
「……、はい、ねむい、です」
「……………」


わたしがぱちぱちと瞬きを続けていると、雲雀さんはすっと立ち上がって向こうのほうへ消えてしまった。首を傾けて雲雀さんの行った方向を見つめていると、数秒もしないうちにすぐに雲雀さんはわたしのところまで帰ってきた。手に持った硝子のコップをすっとわたしのてのひらに押し付けて雲雀さんはまたわたしの隣に腰を下ろす。わたしはコップに注がれた水をひとくち、ごくりと飲み込んで、雲雀さんにお礼を言いながらコップを返そうとすると、その手を雲雀さんのてのひらで掴まれて目の前まで押し戻された。


「だめ、もうすこし飲むんだよ」
「…………は、い」


わたしは雲雀さんのだめ、にとても弱いとおもう。なにかを否定するようでいてとてもやさしいその言葉は、いつでもわたしのこころに染み込んでいって、胸のおくのほうをゆらゆらと揺らす。つめたい、無機質な水がわたしの中に入っていくのに、わたしのこころはじわじわと温かくて。空になったコップをわたしから取り上げると、雲雀さんはすっと自分のほうへわたしを引き寄せた。


「寝ていいよ」
「…でも、ひばりさん、」
「だめ、寝るの」
「………はい」


わたしは雲雀さんのだめ、の魔法に逆らわずに、大人しく従うことにした。眠るまいと張っていた気を緩めると瞼がとろりと重くて、すっと瞼を閉じてしまう。するとわたしの頭に雲雀さんの手がやってきて、わたしの頭をこてんと自分の肩にもたれさせた。ほっぺたに雲雀さんの仁平の布の感触がして、額にはさらりと髪の毛があたる。瞼を閉じたままひばりさん、と呟けばさらりと髪が揺れる音がして、なに、と短いひとことがわたしに降る。たくのみ、たのしかったですか。うっすらと重い瞼を開ければ、やさしく笑う雲雀さんが見えて、わたしも頬がふにゃりとゆるむ。瞼を閉じて、わたしはゆっくりとあたたかいまどろみに身体を預けた。


瞼のとける金曜日

11/10/15
3万打 古都さんへ


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