はい骸さんここに座って下さい、とわたしは座布団がわりのタオルハンカチを床に置いた。わたしの言葉に(いやもしかしてわたしのハンカチに……?)眉をぴくりとだけ動かした骸さんは、わたしがさあさあ、と掌で示したハンカチのもとへと不信感を隠す様子も見せずに移動した。座って座って、とわたしがまた掌をゆらして示すと、こちらを見ながら骸さんはしぶしぶといった様子でタオルハンカチの上に座る。よし。それを見届けた上で、わたしはやっとの思いでこの黒曜ランドまで運んできた今日のための道具をがさがさと段ボールから出しはじめ、まず骸さんの目の前に給湯ポットをどかりと置いた。


「………お茶でもするんですか」
「ちっちっち、甘いわね骸さん」
「……………」
「何をかくそう、今日のメインイベント!」


わたしはメインイベント!といつにも増して声を張り上げた後、段ボールの底からがさがさと両手いっぱいにそれを抱えて骸さんに向けて突き出した。


「チョコレート……ですか?」
「ただのチョコレートじゃないですよ骸さん!」
「いや板チョコでしかないですよね」
「今からこれ、溶かしちゃいます!」
「……………」


わたしが泡立て器を取り出してくるくると回すポーズをすると、骸さんはその綺麗な顔にいつにも増した皺を寄せた。自分の知らないものを目の前に突き出されたような、不信感満載の表情。む、もしや骸さんは知らないのか。まあ当たり前かもしれないと言われればそうかもしれない。骸さんってあんまりこういうの興味なさそうだもんね。納得納得。わたしがひとりでうんうんと頷いていると、それをちらりと見た骸さんは更に眉間の皺を深くした。阿呆ですねあなたは、とでも言いたげな眼差しにわたしは少し唇を尖らせた。


「もう、なんですかー骸さん」
「阿呆ですねあなたは」
「…やっぱり言った」
「はい?」
「わたしも幻術使えますね骸さん!」
「僕にも分かる言語で話して頂けると助かります」
「きいいい!」


わたしが思わずチョコレートをばらばらと落として手をわきわきさせると、骸さんはわたしを無視してひょいと床に落ちたチョコレートを拾い上げた。くるくると指先で板チョコを回しながらわたしに向かって言葉を発する骸さんは、やっぱりかっこいい。仕草のひとつひとつが優雅だ。しゅっとした顎のラインもイケメンだし、底の見えない海みたいな不思議な色の瞳だってとっても色っぽい。チョコレートを指先で持て遊んでいると、CMにでも出て来そうな出で立ちである。あ、髪の毛のセンスだけはちょっと疑っちゃうけど。


「ちょっと!」
「え!?」
「さっきからずっと質問してるのに僕を無視するとは大した度胸ですね」
「え、あ、ごめんなさい」
「で、何をするつもりなんですか、これで」


これで、と言うと同時に骸さんはくるりとまたチョコレートを一回転させた。イケメンだ。じゃなくて、そうだった。早く作業を開始しなくっちゃ。わたしは、自分が落としたチョコレートたちを拾い上げて、骸さんの眼前にぐい、と突き出した。


「チョコフォンデュしましょう骸さん!」



-

じい、と食い入るように見つめてくる視線を感じて顔を折り畳みのまな板から上げると、真剣な眼差しでこちらを見つめる骸さんとばちり、と視線がぶつかった。その目といったらもう、真剣そのものである。まじまじとわたしの手元を見つめる骸さんは、チョコフォンデュなるものは見たことも聞いたことも無いようで、わたしがさっきチョコフォンデュをやろうと言ったときもぱちぱちと柄にもなく瞬きを繰り返していた。ああ、あの時の骸さん面白かったなあ。いや、可愛かった。幼子のようだった。写真に収めておきたいくらいだったなあ。犬とかがいたら笑い出してたかも。それくらい、きょとんとしてた。ふふ、思い出しても笑みがこぼれてきてしまう。


「ちょっと、手、止まってますよ」
「あ、ごめんなさい」
「……何ですその顔」
「え?」
「ニヤついた顔は不快です」
「なんだとう!?」


思わず拳を振りかざそうとしたが、右手にナイフを握っているのを思い出して踏み止まる。だめだめ、今日はたのしいチョコフォンデュの日なのだ。自らそれをぶちこわしてはいけない。がまん。わたしはまな板の上の残りのチョコレートをざくざくと切って、傍らのちいさいボウルにひょいと入れた。よし、まず第一弾のチョコレートは終了だ。引き続きわたしをじいっと見つめる骸さんに指示を出す。


「骸さん、こっちの空のボウルにそこのポットからお湯を入れちゃってください」
「はい?」
「もう、ちゃっちゃとやる!」


ビシイ、と骸さんに人差し指を向けると、骸さんはこちらに向かって不満げな表情をちらりと見せたあとわたしの指示に従った。ゴポポポ、と音を立てて滑り落ちたお湯を確認し、わたしは骸さんの手からボウルを受けとって、チョコレートの入ったボウルをその上に重ねた。お、ナイスなサイズ。ぴったりと止まって上下に動く様子はない。早速、じわりと細かく刻んだチョコレートが溶けはじめていた。よし、うまくいきそう!


「よっし!じゃ、チョコフォンデュパーティー始めます!」


わたしがおー、と拳を突き上げたものの何のリアクションもしてくれない骸さん。わたしは骸さんの右手を左手で持ち上げて、無理矢理おー、と一緒にやらせた。骸さんの声が響かなかったのは言うまでもない。



_

はい、とわたしはこのためにカットされたバナナを竹串に刺して骸さんに突き出した。ん、と竹串を揺らすと渋々といった表情でそれを受け取る骸さん。わたしもバナナをぷすりと刺して自分のを持つ。竹串を持ったポーズのまま静止している骸さんに、わたしはお手本とばかりに目の前のボウルの中のチョコレートにバナナをくぐらせた。


「ほら、こうやって、溶けたチョコに色んなものをくぐらせて食べるんです」


ほら骸さんも、ともぐもぐとバナナを食べながら言うと、わたしをちらりと二度見した後に骸さんはその手に持ったバナナをチョコにちょい、と少しだけ付けた。もう一度わたしを二度見(ん、三度見?)した後、おずおずと彼はその口の中にバナナを入れた。わたしはその様子をじい、と見つめる。骸さん、喜んでくれるだろうか。もぐもぐと口の中のバナナを咀嚼してごくりと飲み込むと、骸さんはこちらにふっと微笑んで言った。


「普通ですね」
「うん美味しいでしょ…………ってええええ」
「チョコとバナナです」
「んな!…いや、そうなんだけど!」
「いや、チョコバナナと言うんですかね?」
「いやいやそんな細かいとこいいから!…………あ!じ、じゃあ骸さんこっちはどうですか?」


わたしはダンボールの中からプラスチックパックに入ったカットパインを取り出す。ぱかりと蓋を開けて、新たな竹串をぷす、と刺して骸さんに突き出すと、骸さんはさらに爽やかな微笑みをわたしに向けた。


「ぶち殺しますよ」
「丁重にすみませんでした」


わたしがさっと竹串を持った手を引こうとすると、骸さんの綺麗な手がそれを掴んで遮った。突然触れた体温にわたしがどきどきと胸を鳴らしている間に、骸さんはさっとわたしから竹串を奪って、チョコへこれまたさっとくぐらせて口の中にパイナップルを放り込んだ。


「………普通ですね」
「……ちょっとおいしかったんですね骸さん」
「違いますよ」
「ふっふっふ」
「……もういいです」


骸さんはまたぷす、とパイナップルに竹串を刺してチョコフォンデュをし始めた。うん、なかなか楽しんでいるようなのでいいのではなかろうか。わたしは満足満足とにやりと笑って、バナナにぷすりと自分の竹串を刺すと、ごくりと口の中のパイナップルを飲み込んだ骸さんの声が、少し薄暗くなってきた黒曜ランドの中で響いた。


「…どうして、料理もまるで駄目な貴女が突然これを?」
「まるで駄目って失礼な!」
「この前も数珠のごとく繋がった胡瓜をお見せしてくださいましたし」
「……失礼な!」
「全て事実ですよ」


ふっと微かに笑った骸さんの表情を見て、わたしの中の苛々はすっと溶けていった。骸さんの微笑みは、ぞっとするほどこわいときもあるけれど、胸の中がふわりと温かくなるような微笑みのときだってある。わたしはいつもそれが見たくて、たとえ氷みたいに冷たいことを言われたとしても、絶対に彼はやさしいひとだって思うから、わたしは骸さんの傍から離れたくないって、いつだって思ってしまうんだ。


「……骸さん、明日またいつもみたいに"出かける"んでしょう?」
「……………」
「わたしもついていっちゃ、だめですか?」
「……………」
「…だめですよね、分かってます。わたしは幻術も体術も何にも使えないから」
「……………」
「だから決めたんです。ジメジメこんな風に待ってたってキノコが生えるだけだから、出陣パーティーやって盛大に笑って送り出してやろうって」
「……それでこれを?」
「うん」
「……帰って来たくなくなる味でしたよ」
「ええええ」
「良く見積もって45点です」
「50越えないんですか」
「次はもっと美味しいご飯じゃなかったら冥土に送りますから」


承知しませんからね、と言って骸さんはまた笑った。溶けたチョコレートみたいに、あったかくてあまい。チョコの買い出しに行ったはずなのに、きっと柿の種と麦チョコを買ったであろう3人の足音が、一階からわたしたちがいる二階に上がって来る。ああ、秋の空気は、冷たくなんかないんだね。わたしは骸さんに向かって、ゆっくりと微笑んだ。

メルト、ダンス、メルト

11/10/12
3万打 ななしさんへ


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