うーさむい。わたしたちは揃って寒さを嘆く言葉を口にして、ペンキのところどころが剥げた公園の看板を横目に公園内へと足を踏み入れた。足早に滑り台やジャングルジムをすり抜け、ずんずんと奥のほうへ進んでいく。隣を歩く彼も戸惑うことなく歩を進めていくのは、わたしも彼もどこへ向かっているのかは言わずとも分かっているからである。わたしたちは、公園の1番奥にひっそりとあるベンチに辿りつくと、座面を手で少しだけ掃ってどかりと腰を下ろした。


「さむいーなんだこれ」
「調子にのってセーター着て来ないからですよ」
「10月まじナメてたすいません」
「ちょ、ボタン外さないでください」


アレンの着ているセーターのボタンに手をかけると、ぐりぐりと頭を押しのけられて妨げられた。ちくしょう。アレンのセーター奪取作戦は失敗したようである。さむい。男ならしょうがないなあとか言いつつふわりとセーターを背中にかけてくれたっていいんじゃないの男ならさあ。横目で隣に座るアレンをのぞき見ると、わたしの視線など見事に無視して彼はコンビニの袋をがさがさと漁っている。と思うと、アレンの大きな瞳がこちらを向いて、ばちりと視線が重なった。


「あげませんからね」
「は?」
「そんなに見たってあんまんは譲りませんからね」
「ちっがうわばーか!」


肉まん買ったの後悔しても遅いですからね、と見当はずれのことを口にして、彼は手に持ったあんまんをぱくりとひとくち。公園の空気に漂う微かな湯気を目で追うと、すぐにふっと消えてしまった。寒くても、まだ10月か。凍えるほどの寒さではないけれど、あついあついとうだうだ言っていたあの夏が嘘のように思えてくるのが不思議だ。ほんの一月前の話なのに。月日が経つのって速いんだなあ。ぼうっとそんなことを考えていると、隣からまたがさがさと音が聞こえてきたのでちらりと横を見れば、アレンの手がすっとこちらの頬を目掛けて突き出された。


「あづっ」
「早く食べないと冷めるでしょう」
「だからって肉まんほっぺにおしつけることないでしょうが!」
「ぬぼっとした顔がイラッとしたので」


ぬぼっとじゃないわキリッとしてるわ。そう言葉をアレンに投げて、アレンの手から肉まんを奪い取ると、わたしはがぶりと肉まんにかじりついた。あつい。おいしい。でもあつい。わたしが口いっぱいに入った肉まんをハフハフと冷ましていると、こちらをちらりと見たアレンはあんまんをかじりながらハッと蔑むような笑いを見せた。失礼なやつ。アレンだって口の端にあんこつけてるくせに。もう絶対言ってやらないからね。あんこつけたまま町を歩いて見事に笑われればいいわフハハハハ!クスクスと陰で笑われるアレンの姿を想像して、わたしは口角を上げながらまた肉まんにかじりついた。すると、隣であんまんをもしゃもしゃと食べていたアレンは、ベンチの脇に何本か落ちていた木の枝のうち、いちばん大きくて長いものを拾い上げて、ベンチに座ったままガリガリと地面に線を描きはじめた。なにしてんだ。


「なにしてんの」
「ガリガリ」
「いやわざわざ口に出さなくていいから」
「…………」
「で、なんなの」
「できました」
「いやそんな爽やかな顔で言われてもね」
「できました」
「分かったから、で、この般若どうしたの」
「貴女ですよ」
「おのれええええ」


手の中できゅ、と肉まんが潰れるのが分かった。慌てて掌を開いたものの時すでに遅し、肉まんはあのふんわりとした皮を失い、薄っぺらい白いものが中のあんにくっついただけの代物になってしまった。ああ。恨めしげに横のアレンと地面に描かれた般若(違う、断じてわたしではない)を見つめても、するりとかわされて切なさと怒りが残るだけになった。ちくしょう。この鬼畜!エセ紳士!サディスティック!
悶々とアレンに対する苛々を頭の中に巡らせているうちに、掌の中に残っていた肉まんすら隣に座るエセ紳士に掠め取られていった。ちょ、わたしの肉まん!ちょっと潰れてるけど空腹には代えられないのだ、ということで返せ!白いとこ密度めっちゃ大きくなってるけど返せ!濃縮されてるけど返せ!アレンに向かってぐいぐいと手を伸ばすと、うざったいとでもいいたげに振り払われた。負けじとわたしは再びぐいぐいと手を伸ばす。すると、わたしの掌にアレンは何か柔らかいものを押し付けてきた。何だ。じろりとアレンを睨みつけながら掌を引っ込めて目の前に持ってくる。目線を掌に落とすと、わたしの掌の中には、もう湯気を立てることはなくなった食べかけのあんまんがそっと乗っていた。


「そろそろ肉まんが食べたい気分なんであげます」
「………でも潰れてるでしょ、それ」
「あんまんずっと食べてると飽きますし」
「でも潰れてるよ」
「あーもうぐちゃぐちゃ言わずに受けとればいいんです!」
「…………あんまん食べかけじゃん」
「…あーもう文句言うなら返してくださいっ」
「返さない!」
「返せ!」
「あー!ありがとう!」

何だか胸の端っこがこそばゆい感じを隠すように、わたしは大きな声でアレンにありがとうと告げる。わたしが大声を出したことで、アレンはゆっくりとわたしに向かって伸ばされていた手を引いて、少しだけ押し黙った後、わたしが食べていた肉まんをひとくち食べた。ムスっと唇を尖らせながら、もぐもぐと頬っぺたを動かして肉まんを食べるアレン。それがほんとうに可愛く思えて、わたしがアレンの陶器みたいに白い頬に思わずちゅ、とキスをすると、彼の白い頬はほんの少し秋の色に変わる。うわ、なにしてんだわたし。その横でわたしは、あつくなった体温を紛らわすように食べかけのあんまんをかぷりと頬張った。


いろはうつれど

11/10/05
3万打 物子さんへ


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