夏休みが終わってしまった。この9月の最初の一週間ほど、学校へ向かう足取りが重い日はないと思う。だけど今日もわたしは元気に無遅刻で登校したし、授業もまあ、ぼんやりとだけど先生の話を聞いてたし、昼ご飯もしっかりお弁当を平らげたし、放課後の掃除だってきっちりやった。わたしはごくふつうの中学生だから、もちろんサボりたい欲望だってあるし、朝3度寝したいから遅刻だってしてもいいかななんて思っちゃうけど、やっぱり越えられない壁ってあるよね。愛は勝つだよみなさん。わたし、愛のためなら2度寝までで我慢します!屋上までの階段だって、2段飛ばしで駆け上がっちゃうからね。愛ってほんとにすごいと思う。ほんとに。


「雲雀くーん」


ガチャリと屋上へ繋がるドアを開けて、わたしはそこにいるであろうひとの名前を呼んだ。鍵が開いているから、雲雀くんか、もしかしたら先生がいることは確かだから、わたしがこうして声を上げることは多分無意味ではないだろう。それに放課後にもなって先生が屋上に来るなんてこともないだろうから、きっと彼がいつものように寝転がっているに違いない。わたしはコンクリートの校舎の屋上に足を踏み入れて、辺りをきょろきょろと見回した。


「いないの?雲雀くーん」


ドアのところから見えるところには彼はいなかった。ということは。少し歩いて、ドアの陰……わたしから見て死角であった部分を覗き込むが、やっぱりいない。ならば。わたしは、目の前に取り付けられている縦棒と横棒だけの簡素な梯子に両手をかけた。あまり使われていないこの梯子は、掌にざらざらとした感触を伝えていつもちょっと抵抗がある。まあ、その先に待ってるものを思えばなんてことはないんだけれど。短いこの梯子は、3段ほど上ればその上
を窺い知ることができる。そして案の定、お目当てのひとがそこにはいた。


「やっぱりいた、雲雀くん」


わたしは残り数段の梯子を上って、梯子がかかったコンクリートのちょっとしたスペースに身体を上がらせた。ここは屋上まで上ってくる階段の真上のところで、学校で一番高い場所になっているところだ。そして神出鬼没な雲雀くんの出現スポットでもある。今日もいつもと同じようにここで寝そべる雲雀くんの隣に、ういしょ、と腰を下ろして、わたしは雲雀くんに倣ってコンクリートの床(いや本質的には天井というべきかしら)に寝そべった。


「うわ、太陽眩しいね」
「………………」
「雲雀くん、こんなとこで寝てて眩しくないの?」
「………………」
「あ、でも目つぶるとあったかくて気持ちいいかも」
「………………」
「……うわ、これ寝れそう」
「………うるさい」
「………………」
「ひとの睡眠妨害しといて自分は寝るなんて、いい度胸だね」
「………すーぴー」
「噛み殺すよ」
「むにゃむにゃごめんむにゃ」


隣からジャキ、とトンファーが鳴る音がしたのでとりあえずすみませんと呟くと、返事代わりとでも言うようにぽかりと頭を叩かれた。トンファーじゃなかった。ほっとしたけど地味に痛い。多分雲雀くんの肘かなにかだろう。地味に痛い。


「……ふふ、」
「…なに笑ってんの、気持ち悪い」
「別に?なんでもないよ」
「……………」


黙ってしまった雲雀くんをちらりと見て、またふふ、と笑う。今度はわたしの笑い声に雲雀くんは反応を示したりはしなかった。わたしも、真っすぐ前に向き直って視界を埋め尽くす空をぼんやりと眺める。ずっと見つめていると、雲がゆったりとわたしを越えて流れていくのが分かった。日差しは、もうジリジリと焼くようなものではなく、少し心地好さを感じるほどになっている。もう、9月だもんなあ。ぼうっとそんなことも考えながら、わたしは空を眺める。ちょっと、というには少し長すぎる時間、多分わたしはそうしていたのだと思う。終わりに近づいた夏を思って、わたしはぽつりと言葉を零した。


「……でもやっぱり夏っていいなあ」
「ふーん」
「…なにその反応」
「べつに」
「あー分かった、雲雀くんって夏きらいなんでしょ」
「べつに」
「えーなんで、いいじゃん、夏」
「暑いからやだ」
「やっぱりきらいなんだ」
「………………」
「そーお?わたし汗かいてる雲雀くんとかすきだけどなー」
「…なにそれ、きみ変態だよ」
「雲雀くんのうなじに汗とかちょうムラムラする」
「もう邪魔だよどっか行って」
「そんなこと言ってさあ、いなくなるとそれはそれでさみしかったりしちゃうでしょ?」
「しない」


しないよ、別に。でも、そんなことを言っていても、いつのまにか繋がれていた手は離したりしないんだもん。わたし、雲雀くんのそういうとこ、すきだよ。顔を隣にいる雲雀くんに向けて言うと、彼はうっすらと開いていた瞼を閉じて黙ってしまった。その切れ長の目も、風にふわふわ揺れている黒い髪もすき。そんな風に照れ隠しをするけど、隠し切れてないところもすき。まあとどのつまり、雲雀くんのぜんぶがすきなんだなあ、わたし。改めてそう考えるとなんだか自然に笑いが込み上げてきて、堪え切れずにふふ、と笑った。


「もうほんとうざい消えてくれる」
「わたし、雲雀くんのそういうとこもすき」
「………………」


雲雀くんがわたしを無視して黙ってしまった代わりに、遠くで蝉が鳴く声がする。いや、もう蝉ではなくて、鈴虫なのかもしれなかった。遠くで鳴いているから、よく分からない。でもこんな風に、ゆっくりと季節は巡っていくんだ。夏から秋。その境目に、雲雀くんとわたしはいる。こうして、手を繋いで隣にいられる。わたしはそれが、すごくすごく幸せなのだけれど、雲雀くんはどうなのかなあ。でもきっとそれを聞いても、雲雀くんはうざいとか邪魔だとかしか言わないだろうから、声に出して聞いたりはしないけれど。少しずつ日が傾いてきたらしく、少し肌寒い風が前髪を揺らした。



「………きみって本当に蝉に似てる」
「え、か弱いところとか?」
「ミンミンこ五月蝿いところも、夏の暑さを増長させて暑苦しいところもそっくり」
「………悪かったわねえ暑苦しくて」


でもやっぱりきみの言ってたことは合ってるみたいだよ。それだけ言って雲雀くんはまたその綺麗な睫毛をふせた。…………ちょっと、わたしの言ってたことって、どれのことよ。わたしの言葉には返事をせずに、雲雀くんはひとつ欠伸をして片手で腕枕をした。


「ちょっと、ねえ」


やっぱり返事は帰ってこない。その代わり、スースーという気持ち良さそうな寝息が雲雀くんから返ってきて、わたしは溜息とともにまた少し笑った。ちらりと、繋がれたままの右手を見遣る。掌の温かさは、まだ暑苦しく感じるくらいだけれど、何故だかすごく心地好かった。雲雀くんと同じように、わたしも瞼をふせる。次起きた時は、絶対に聞き出してやるんだから。まあそんなふうに思っていても、雲雀くんはきっと言ったことすら忘れちゃうんだろうけど。それでもまあ、右手があったかいから、今日はいいかなあ。隣から、スースーと可愛い寝息も聞こえるし、ね。


こうしてちいさなわたしたちは季節を泳ぐ

11/09/25
3万打 メリィさんへ

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