朝目が覚めたらふわりと温かい香りがして、わたしはぱちぱちと瞬きを繰り返した。ぼやんとした視界の中にはいつもの万事屋の壁があって、またさらによく分からなくなる。今日のご飯担当は、……確か神楽ちゃんだった気がする。……無いな。わたしは少しずり下がった布団を両手でずるずると引き上げた。あったかい出汁の香りのするようなご飯が、神楽ちゃんの手から生み出されるはずはない。香りつきの夢なんて珍しいなあとぼんやり思いながら再び瞼を閉じて堕ちていこうとするのに、やはり鼻腔をくすぐる出汁の良い香りがそれを邪魔してくるのでわたしは再び目を開けた。ごろりと身体を動かして半身を起こすと、思いの外頭が重くてぱちぱちとまた瞬きをする。瞬きの向こう側で、ゆらゆらと揺れる白い湯気といつものように白い頭が見えた。帰ってきてたんだ。もぞもぞと布団から足を出して、わたしはゆっくりと立ち上がった。くらりと視界と頭が揺れる。ああ、まだぼうっとするなあ。重い頭に手をやればぴょこぴょこと撥ねた髪の毛が手に触れて溜息をつく。布団から這い出して、しっとりとかいていた寝汗が少し冷えていくのを感じながら、わたしはふらふらと湯気と白い頭の方へ向かった。


「……なに、してんの」
「んァ、おはよーさん」
「…おはよう、で、なに、してんの」
「メシ、出来たからそこ座れー」
「いや、だから、……はい」


ここですったもんだしてもへらへらした彼のことだから、きっとわたしの知りたいことが返事として返ってくることは無いだろう。そう判断したわたしは、大人しくテーブルの前のソファに座ることにした。ふらふらしてて立っているのも少し辛いし。ソファの目の前に行くと、思った以上にぼふん、と力無くわたしはソファに沈んだ。テーブルの上のカセットコンロにかかっていた鍋の火を止めて、銀ちゃんはその中身をお椀によそった。2つに取り分けたうちの一つをこちらに寄せて、箸まできちんとわたしの目の前に置いた銀ちゃん。変だ。今日は。朝帰りしたことを、そんなに申し訳なく思っているのだろうか。


「んじゃ、いただきますっと」
「………いただきます」


ほかほかと温かい湯気と良い匂いを発しているうどんに向かっていただきますと呟いて、わたしは箸を手に取った。ちゅるり、と温かいというより熱いうどんを一口啜って、ごくりと飲み込む。銀ちゃんの作る料理は普通に美味しい。少し味は濃いけど。でも今日はやけに喉に滲みた。その理由は自分でも十分過ぎるくらい分かってはいたのだけれど。かたりと箸を置いて、わたしはグラスに注がれた麦茶に手を伸ばした。ひんやりと冷たいグラスに口をつけながら、目の前でうどんをずるずると啜る白い頭の男を見遣る。1番投げかけたかった疑問を、わたしは彼の頭に向かってぶつけることにした。


「……なんで、ご飯とか作ってんの」
「んー」
「いつもはご飯とか、とくに朝は、作ったりしないじゃん」
「それはホラ、朝食べないと、やる気出ないゾー」
「銀ちゃんに言われたくないし」
「アレだよアレ、あーうんめざましごはんだよウン」
「なにそれアレアレ詐欺じゃん」
「いーから黙って食えっつの病人は」


………なにそれ。


「……なんで知ってるの」
「さァな」
「………朝まで帰って来なかったくせに」


頭の中がぐるぐるした。言いたくなかった言葉も、自分でも自分の声をこの耳で聞くまで気づかなかった気持ちも、厭に温度の高い呼吸も、瞼をゆるりと満たしてきた液体も、全てがわたしから零れ落ちていく。気持ち悪い。脳が熱い。きゅ、と少しだけ唇を噛めば、目の前の銀ちゃんが口の中のものをごくり、と飲み込むのが見えた。また朝からイチゴミルク飲んでるんだ。うどんなのに。きも。


「ごめん、もっかい二度寝してくる、ごちそうさま」
「メシぐらい、ちゃんと食っとけよ」
「ごめん、もういらない」


がたんとソファから立ち上がったはずなのに、わたしの身体は言うことを聞かずにぼすんとソファにまた沈んだ。駄目だ、思いの外熱が回ってきたらしい。無意識に頭にやった手は、ひんやりと冷たい手によって解かれた。あ、でも銀ちゃんの手が冷たいんじゃなくて、わたしの手が熱いのか。でもいつも銀ちゃんの手って冷たかったかも。ああ何だかよくわかんないや。ひんやりと冷たい銀ちゃんの手が気持ち良くて、思わずその手をぎゅ、と握った。


「…いつ、帰ってきたの」
「あー、さっき」
「なんで、分かったの、風邪」
「ちゅーぐらいしたら分かんだろ、熱の有無ぐらいよォ」
「……なにそれ、いつもそんなことしてんの」
「ただいまのちゅー」
「きもい」
「銀ちゃん泣いちゃう」


おいベッド行くぞ、なんて言いながらわたしを抱え上げるから、わたしの唇はまたきもいだなんて口走る。まだ呼吸の温度は高くて、身体じゅうが熱くて、頭は重力に逆らえるのが億劫だ。喉を満たす気持ち悪さも消えない。けれど、右頬にぺたりと張り付いた銀ちゃんの服から伝わる温さがやけに心地好くて、少しもそれを逃したくなくて、離れたくなくて、わたしの左手はぎゅう、と銀ちゃんの黒い服を握った。やべームラムラするーなんて頭の上から口走る銀ちゃんに、わたしの唇が薄く開いてまたきもいって言うはずだったのに、最後にわたしが感じたのはありがとうという声と背中にひんやりとしたシーツの感触、そして甘ったるい苺の匂いだったのは、忘れたふりをしようと思うの。


夢の世界へようこそ


11/07/30
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