きみが綺麗に泣ける日を、僕は楽しみにしてるよ。


「雲雀、聞いて」
「なに」
「わたし、告白してくる」


知ってるでしょ、同じクラスの○○くん、と続けた彼女は屋上のコンクリートに寝転がる僕の隣に腰を下ろして体育座りをした。一度うっすらと開いた瞼を再び閉じてふうん、と声を吐き出しながら、同ジクラスノ○○クンとやらを頭に思い描こうとしたが、影すらも思い出せずに断念した。


「反応うっす」
「……………」
「ちょっとー幼なじみがあらん限りの勇気振り絞って戦場に向かおうとしてんのになんだその態度はー」
「……………」
「無視かー」
「……………」
「可愛い幼なじみが優男に取られてもいいのかー」
「……………」
「お嫁に行っちゃうぞー」
「……………」


こいつが僕以外のところに嫁になんて行けるわけがない、そう思いながら再び瞼を開けてちらりと横を見れば、よっこいしょと呟きながら彼女は体育座りから胡座へと座り方を変えた。やっぱり彼女は嫁には行けそうもない。ヒバリはいっつもひとの話聞かないしなあ。そう唇を尖らせる彼女はそのままばたりと僕の隣に倒れた。胡座をかいた足を解いて大の字に寝そべる。先に言った通り彼女の隣に僕が居るわけで、至極当然のように僕の上に彼女の腕が乗っていた。


「………重い」
「乙女の腕はマシュマロより軽いのよ」
「……………」
「ほら見なさいこの二の腕のマシュマロを」
「……………」
「……あーもう、雲雀もなんか喋ってよ」


わたしひとり話してちょっとイタい子みたいになっちゃってんじゃん。僕の上に乗った彼女の手がぱしぱしと胸を打つ。じろりと横の彼女を見ながらゆらりと徐に右手を上げれば、彼女はゆっくりと右腕を僕の身体から離した。


「とりあえずトンファー下げよう、ウン、とりあえずね」
「……………」
「………全力ですいませんでした」


生命の危機とやらを感じたらしい彼女は全力で謝った後、コンクリートに両腕をついて立ち上がった。昔から思っていたけれど、彼女の野性の勘とやらはなかなかのものである。まあそれも草食動物の宿命というべきか。だが、僕も随分可笑しな草食動物たちと縁故があったものだと思う。けれどそれに対して苦々しいだとか、後ろ向きな気持ちを持つことはなかった。否、寧ろ僕はそれを瞼を閉じて思い出すと、何故か。


「…ちょっと、ひとが全力で謝ってんのになんで笑ってんの」
「さあ」


ヒバリうざーとかなんとか言いながら彼女はこちらに背を向けて屋上のドアの方へと歩いていった。ありきたりで慣れっこになった掛け合いも、少し可笑しくて。彼女は次に此処にやって来る時は、一体どんな顔をして来るのだろう。それが何時になるのかは知らないけれど、きみが綺麗に泣く日を、僕は楽しみに待つことにする。隣につい一瞬前まであった温い空気を、左手を伸ばしてゆっくりと握った。
空気など、掴める筈は、留められる筈が、無いのに。



-

「雲雀、聞いて」
「なに」
「わたし、付き合うことになった」


○○くんとね、と言って彼女ははにかむように笑った。名前なんて耳に入ったって何の意味ももたらさなかった。今までその男の名前なんてどうでもいいし記憶の中にあったって邪魔なだけだからいつの間にか消え去っていたから、ああそんな名前だったのかとぼんやりとした意識が頭に纏わり付いただけだった。ぼんやりとした意識とは裏腹に心臓だけはばくばくと鈍い音を立て続ける。鼓膜の奥に心臓が在るような気がした。低く身体の奥を突くような鈍い音。嗚呼五月蝿い。五月蝿い。うるさい。うるさい。ぼんやりとした意識のまま、唇からはふうん、とただそれだけ音が零れ落ちた。


「あーあ、いつも通り反応うすいね」
「……………」
「ちょっとー、幼なじみが長ーい冬を乗り越えたっていうのにお祝いの言葉は無いんかい」
「……………」
「祝・春が来ましたねみたいな」
「……………」
「はいはい、五月蝿いってか。じゃ五月蝿い女は去りますよーっと」

「…………オメデトウ」


しゃがんでいたところから立ち上がった女は僕の言葉にぱちくりとその目をしばたたかせた。それも直ぐにいつか見た子供みたいな満面の笑顔に変わる。


「………うわ、雲雀にそう言われるとすごいかゆい」


言葉と裏腹に幸せそうに笑った彼女は、その笑顔のままありがとう、とそう言ってスカートを翻した。入学してから変わらない長すぎず短すぎずのそのスカートの長さは溌剌とした彼女に良く似合っていた。けれど。僕に背を向けたその後ろ姿は、その髪の毛は、昔のようにショートカットではなくて。伸びても真っ直ぐなセミロングの髪の毛は、春の風に音も無く舞った。似合わない、全然似合ってなんかいない。そんなことは無かった。長い髪も、彼女に良く似合っていた。変わらず綺麗だった。それがどうしようもなく、どうしようもなく、   。



ガタン、と屋上の扉が閉まる音が聞こえた。おめでとう。僕が吐き出す言葉なんて、何時も空っぽだと思っていたけれど、また僕はニセモノの声を吐き出したみたいだ。酷く軽くて、重くて、苦しい。別に永遠の別れでも無いのに。でもあの温い空気は、ずっと同じ場所には居られやしないのだ。有耶無耶になって、霧消する。きえてしまう。跡形もなく。嗚呼、先に醜く泣くのはきみじゃないみたいだ。この酷く生暖かい液体が、これこそがニセモノだったらよかったのに。


賛美歌なんて聞こえない


どうしようもなく、哀しい。

11/06/22
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