いつから、彼女はオレの部屋に来ていないんだっけ。



「はい、ティキ。バレンタイン」
「おう、サンキュな」
「……………」
「……………」
「……………」
「…え、以上?」

オレがそう言うとバレンタインじゃ無かったっけ、と微かに彼女は首を傾けた。いや、あってるけど。正しくは4日前だけど。それは優しいオレは水に流すとして。オレの横でベッドに腰掛ける彼女に向けてチョコレートをゆらゆらと揺らした。

「…コレだけ?」
「…アナタ昨日の夜中2時半までのあたしの労働否定してくれちゃう訳?」
「労働てそこは愛だろ愛」

そんなもん無いし、と前を向いたまま即座に否定するこの女。いや、速くね?むしろ真顔過ぎるんだけど。え、ちょ、冗談だよな?

「冗談て。あたしアナタを笑わせたいなんてさらさら頭にございませんが」
「…本当に笑えねぇよ」

いやいやそうじゃなくて。いや、ここはバレンタインだし、チョコレートだけあげてはいオシマイ、じゃないだろ。

「…何、この手」

チョコレートをベッドの脇にに置いて彼女の腰を引き寄せた。セミロングの黒髪に指を滑らせる。それだけで彼女は微かに首を竦めた。ほのかに髪の毛から香るシトラスをもっと感じようと彼女の髪に頬を寄せた。そうすればまた彼女は少し身じろぎをした。

「…いいだろ?」

彼女はまたオレの手の動きに合わせてくすぐったそうに瞬きを繰り返した。抵抗の言葉が無いならオレは肯定と取るポリシーだ。彼女の頭から顔を離す。漆黒の髪の毛を耳に掛けて耳朶を舌で舐めれば、微かに甘い声が暗い静かな部屋で、響いた。


-

「……早くね?」

まだ夜が明けきらず部屋は暗い闇に包まれたままだというのに、彼女はベッドを降りて傍に落ちている衣服を拾い上げ始めた。まだ目が上手く開かず、体を起こすのも億劫なオレは、白いシーツに半分体を潜り込ませたままそう言った。それには返事をせずに、彼女はこちらに背中を向けたまま黙々と衣服を身につけ始めた。オレはそれを遮るでもなく、冬の朝の寒さに少し震えながら服を着る彼女の背中を黙って見つめた。全て元通り身につけ終わると彼女は静かに立ち上がった。


「…なあ、「ねえ、ティキ」
「………何だ?」
「お返し。バレンタインの」
「…何か欲しいものがあんの?」

彼女はオレの問いに直ぐには答えなかった。少しの沈黙の後に、彼女の静かな小さな声が鼓膜を揺らした。オレに背中を、向けたままで。



「……永遠が、欲しい」
「…………は?」
「……それ以外のものはいらないから、」

だからそれ以外のものなら、渡しに来なくていいから、そう彼女は続けた。名前を呼んでもこちらに振り返る事は無くて、オレの声に一度だけ足を止める事はあっても、一度もこちらを振り返る事無く彼女はオレの部屋から、出て行った。



あれから、オレは彼女の顔を見ていない。あの日の事も朧げにしか思い出せ無くて、鮮明に覚えているのはただ、冬の寒さに震えるあの小さな白い背中、だけ。



お前が欲しいと言ったのは、何だったっけ


10/02/18

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