十代目事件です、だなんて何処かで聞いたような台詞を叫びながら男は教室から飛び出して来た。大分大変な事態らしく彼が時たまに掛ける眼鏡が頭を殴られたかのようにずり落ちている。ぜえぜえと荒れた呼吸もそのままに彼は教室の中を指差した。


「…っあいつ、はあ、っは、あい、」
「ちょ、ちょ、獄寺くん大丈夫?」
「じ、じ、じ、事件」
「へ?」
「おい獄寺大丈夫か?」


こくこくと彼は頭を振ったけれど彼の荒れた呼吸から判断するにどうやら大丈夫ではなさそうである。彼が指差した教室の中を開け放されたドアからちらりと覗き込めば、次の移動教室に向けて皆それぞれが準備をしておりそれなりの煩さが教室を満たしている。要するにいつも通りの風景がそこにある。おれは手に持った音楽の教材を抱え直して言った。


「……あの、何がなんだかさっぱり分からないだけど…」
「なんかあったのか?」
「あいつ、ああああ」
「ちょっと獄寺くん落ち着いてってば」
「あああいつ、あいつが急に、」
「へ?」
「あいついつも俺にばかじゃないのとか阿呆丸出しとかぶっちゃけそのふたつしか言って来ないのに、」
「それ自分で言ってて哀しくならない?」
「ななななんかいま急に、隼人くんとかおはよーとか言ってきて」
「それ普通の朝の会話だけどなー」
「しっ終いにはぽぽぽぽーとかなんとか言い出して宇宙と交信し始めたんスよ!」


あいつはまじで半端なくUMAに違いないっす!とずり落ちた眼鏡を元に戻して叫ぶ彼を目の前にして、おれは山本と顔を見合わせた。一方で興奮した面持ちの彼はしきりにちらちらと噂の彼女に視線を走らせている。僕はなるべく神妙な面持ちで、決して、笑いなど漏らすことのないように、ゆっくりと言葉を吐いた。


「獄寺くん…それは大変な事態だから、しっかり真相を究明しなくちゃね。観察日記とか、つけたらどう?」
「じゅっ十代目の命とあらば喜んで!」


待ってましたとばかりに目をきらきらさせて敬礼ポーズを取る彼を目の前にして、呆れたような、でも少し安心したような気持ちが胸を満たす。おれの任務は、とりあえず果たせたらしい。移動教室の準備をするよう促せば彼は五月蝿いぐらい元気な返事を寄越して教室の中へ入っていった。おれがそっと隣の山本を見上げれば、山本もこちらを見てにかっと笑った。


「上手くいったのな」
「うん」
「あいつが何処で気づくかだなー」
「獄寺くん、鈍感だもんね」


でも案外上手くいくのかもしれないな。ちらりと教室を覗き込むと、ゆーまゆーまと口ずさみながら楽しげにスキップをしてこちらに向かってくる彼の向こうで、こちらに気が付いた彼女がこっそりとピースサインを見せて、悪戯っ子のような笑顔で笑った。獄寺くん、彼女はきっとUMAより手強いよ。


乙女心と鈍感男と世界の不思議


11/03/27
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