お邪魔しまーす。そう言って彼女は手ぶらで僕の部屋に足を踏み入れた。僕がドアを閉めて背中を向けている僅かな時間のうちに、彼女は相変わらずきったないねえなんて言いながら部屋を突き進む。聞き流せない暴言に振り返れば丁度彼女がベッドにダイブするところだった。フリーダム。

「………遠慮って言葉、知りませんか」
「なに、エンリョって魚?」
「もういいです」

ベッドの上で休日のお父さんポーズを繰り出す彼女を視界から締め出す。生憎僕は部屋の飾り付けで忙しいんで失礼します。

「失礼しますって、ここアレンの部屋じゃん」
「分かってたんですか、驚きですね」
「そりゃ気づくでしょ」

こんな汚いんだもん、と呆れた眼差しで部屋を見回す彼女に口元が歪むのを感じたが、ここは紳士、輪っかの飾りを握り潰すことで苛々を逃がす事にする。他人の部屋だと分かってるならベッドの上でお尻掻いたりしないで下さいこの野郎が。手の平の中でくしゃりと紙が潰れる音がした。

「なんでアレンの誕生日なのにアレンが飾り付けなんてやってんの?」
「ハア?」
「すいません調子乗りました」

ベッドの方を振り返ってその上の物体を睨みつければ取り敢えずそれは寝転がるのを止めてベッドの上で胡座を掻いた。のそのそと手をこちらに伸ばしてくるので漸くやる気が出たのかと思えば僕の隣に転がったカボチャの被り物に手をかける。案外重かったらしく座ったままカボチャを床からベッドに引き上げるのは叶わず、彼女はベッドの上でぼすん、と倒れた。倒れても胡座は崩さずにズリズリとカボチャを引き上げようとする彼女を横目に僕は潰れた折り紙の鎖を丁寧に伸ばす。ズリズリ。ズリズリ。

「……いい加減立ち上がったら如何ですか」
「ズリズリ何をいまさらズリズリ」
「変な意地はいいですからさっさと持ち上げてくださいよズリズリ五月蝿いクソが」
「ねえ最後まで紳士やり切ろうよ」

苛々を込めすぎたせいかびり、と音を立てて折り紙で出来た輪っかは破れた。恨みを込めた目でベッドを振り返って睨みつければ、漸く引き寄せることが出来たらしく彼女は何とも嬉しげにかぽ、とカボチャを被った。こちらを向いてポーズをとるカボチャ。

「どうよ」
「苛々しますね」
「いや、アレンの個人的感情はどうでもいいから」
「…………」
「どうよ」
「………え?カボチャ被ってるんですか?」
「うぜええええ」

良く見てよ!とカボチャのお陰で少しくぐもった声がギザギザの口の部分から漏れて来る。何度見てもいつも通りですけど。というより。

「今日はいつもより可愛いですね。張り切って来たんですか?」

ちゅーしてあげましょうか、と微笑を浮かべて手を広げると、うっぜえええという叫びと共にカボチャの蹴りが襲って来たためそれをするりと避けてまた飾り付けを再開する。コムイさんから借りてきた段ボール箱に手を突っ込んで手に触れた物を引き出せば、目に痛い程の赤が目の前でゆらりと揺れて少し眩暈がした。赤地に白いボタンとこれまた白い裾と袖のファーが目立つ。所謂サンタワンピというものだ。

「これを僕に着ろってことですかね」
「いや違うだろ私でしょ」
「コムイさんにそっちの気があったなんて……僕……気づきませんでした」
「いやだから私用でしょ」

コムイさんの好意は有り難くリナリーに廻す事にして、サンタワンピを部屋の中に放る。宙に舞った紅がぱさりとドアの前の唯一の床が見えるスペースに落ちたその時、ガチャリという音と共に更に五月蝿い男が姿を現した。

「おっじゃまー!って何でアレンが飾り付けやってんのさ」
「ハア?」
「すいません手伝います」

唇を歪めて声のするほうを睨みつければ五月蝿い男はびくりと反応し、大人しく手伝いをする旨の言葉をしどろもどろに吐いた。そろりと部屋に入りドアが閉まったことを確認したラビは漸くその足元に落ちている赤い物体を認識した。これアレンが着んの?

「くそラビしね」
「ひっど!」
「ちょっとアレン、さっき自分で着るって言ってたじゃん」
「えまじで?」
「くそラビしね」

あいつはいいのかよ、と赤いワンピースを胸にあてて叫ぶ男は無視して紙で出来た花の形を整える。ほんと五月蝿い。てか来んのが早過ぎんだよ空気読めよ。じゃなかった、読んで下さいこの野郎。

「アレン声出てる声出てる」
「ちょ何、オレの居ないところでらぶらぶあっはんなんてお父さん許さないかんね!めっ!」
「別にうざさはクリスマスモードにして下さらなくて結構ですけどお父さん」
「なにその敬語!」

お父さん泣いちゃうかんね、と自分で持ってきたらしいトナカイの被り物を頭に乗せて叫ぶ男は視界から追いやってまた作業を再開する。暫くの沈黙の後こちらに近づいて来て傍らにぼすん、と腰を下ろしたから、漸く飾り付けを手伝う気になったのかと思えば自分が持ってきた白いスーパーの袋をがさがさと漁り、よくよく耳を澄ますとアレンのばーかばーかなんてぶつぶつと呟くのが聞こえた。

「あだっ」
「手伝って下さいこの野郎」
「何で物投げるんさー!」
「手伝って下さいこの野郎」
「何でオレなんさ!」

ほんとは飾り付けはあいつの仕事だろ、と頭のトナカイを引っ張りつつカボチャを指してキャンキャン喚く男にツリーのオーナメントを押し付ける。勿論、#name#には3倍のオーナメントをカボチャに投げつける。ふがっという呻き声が背中の方から届いたが華麗に無視して、手元にある紙の花飾りの手直しを再開した。ちらりと横を見ればオーナメントをそっちのけでラビはまだ自分が持ってきたスーパーの袋を漁っている。ぽんぽんと袋からクラッカーやらポテチやらひいてはプレステまで取り出すラビ。猫型ロボット並の収納力を見せつけるスーパーの袋を僕はぼんやりと口を半開きにして見つめた。何処にこんなに入るんだ。おまけにきちんとコントローラーを2個持ってきている。今日は忘れなかったんですね、……じゃなかった部屋汚すなよ。

「どうしてそう散らかしたまま次の行動に移るんですか」
「元々きちゃないんだからあんま変わんないさ」
「きちゃないって言い方ヤメロ」

聞き捨てならない暴言を吐きながらラビは口とともに手を動かしてゲームをコンセントに繋いでいく。その脇にはいつの間にか彼女もちゃっかり座っていてラビに早く早くなんて急かしている。おいオーナメントはどうした。

「ラビはやくー」
「わーったって、てか頭ジャマなんだけど」
「ちょっと貴方達、」
「お邪魔しまーす」

ちゃんと飾り付けして下さい、と言う筈が、ノックと共に聞こえた声でそれは叶わなかった。開いたドアの隙間からひょこりとツインテールの頭が覗く。よいしょ、とドアを背中で押さえながら両手に抱えたホールケーキと共に部屋に入る。ていうかリナリーどうやってドア開けたんだ、と末恐ろしく感じたその時現れたものにその疑問は見事に解決される。すっとドアを押さえた手と、舌打ち。振り返ったリナリーは有難うとドアの向こうに向かって言った。

「ちょっと、早く入ってよ神田」
「ユウもリナリーも遅いさー」
「何言ってんですか今から5分前に来たくせに」
「ごめんね、兄さんと神田のせいで時間かかっちゃって」

神田が俺は行かねえなんて駄々こねたものだから、と困った様な顔でドアの向こうから黒い男を引きずり込む。引きずられたお陰で多少よろめきながら神田は部屋に足を踏み入れ、その背後でドアがぱたりと閉まる音がした。神田は苛々した表情でぐるりと部屋に視線を巡らせ、盛大に舌打ちをかました。この筋肉蕎麦失礼にも程があるんですけど。筋肉蕎麦に物申そうと唇を開いた時、ケーキにつられてリナリーに駆け寄ったラビと彼女がそういえば、と言葉を漏らした。

「コムイのせいで時間食ったって、どしたん?」
「ああ、兄さんがケーキにこれも入れろあれも入れろって五月蝿くて」

あまりにも五月蝿いから結局根負けして入れちゃったわ、と頬に手を当てて溜息を吐く。え、入れたって何を。こころの中だけで呟いた筈が僕の口から零れたのかそれともラビや彼女が零したのかは分からないが、リナリーはまたああ、と返事を返した。

「酢こんぶよ酢こんぶ」

困ったわ、なんて全く困ってない口調で言うリナリーからラビと彼女が後ずさる。ケーキケーキだなんて数秒前にはしゃいでいた二人の変わり様といったら酷い。あたかも何も無かったかのようにゲームの配線を再開する。しんと静まり返った部屋にがちゃがちゃとゲームの準備をする音だけが響いて数秒、沈黙を破ったのはあいつだった。

「部屋きたねえなモヤシ」
「黙ってください空気読め」
「はあ?空気は吸うものであって読むものじゃねえよ」

馬鹿じゃねえの、といった表情で僕を見遣る神田に僕は親指を高速で垂直落下させる。馬鹿はあんただよ。

「そうですかじゃあ存分に空気を吸って下さいはいどうぞ」
「うぜえ」
「ハア?」
「ちょっと、アレンなに拗ねてんの」
「別に拗ねてないですけど」
「みんなーみんなが冷たいからアレン淋しいってさー」
「な、」
「まじか!よっしオレが慰めちゃる!」
「寄るな変態」
「馬っ鹿みてえ」
「そんなこといって神田もさみしんぼなんだからあ」
「斬る」
「ちょっとみんな私のケーキは」

神田が何処からか出して来た六幻を抜きにかかるわリナリーがケーキを持って走り回るわで部屋は五月蝿いぐらいの奇声で満たされる。皆が走り回るせいで部屋は全然片付かないし寧ろ汚れていく一方だし、ラビは相変わらずぶつくさ五月蝿いしリナリーのケーキは末恐ろしいし神田は六幻振り回すし彼女は相変わらずカボチャを被ってるしちゅーだってしてないし、てか寧ろ甘い雰囲気なんて欠片も見えないしパーティーだって一向に始まる気配は無いけれど、でもそれでもまあいいかなんて思えるのは、クリスマスの魔法とやらが一枚噛んでいるのかもしれないとそう思った。カチリと掛け時計の針が二つ重なる。苦笑混じりに唇の上でクリスマスおめでとうと呟いた時、皆の大きな声がそれに重なった。




Happy Birthday & Merry Christmas, Allen.

10/12/24
アレン誕

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -