ウィィィ、という硝子がスライドする音と、チャンランランランというお馴染みの天井からの音、そして二十ウン度の空気が私を出迎えた。意識しなくとも唇からは涼しい、と音が漏れる。快適な空気を数秒味わっていると、後ろから私のお尻に衝撃がやって来た。

「いった!」
「邪魔なんですよ早く逝け」
「アレン漢字弱いよね」
「貴女頭弱いですよね」
「ハッ、そんなのどーやったらわかるんですかぁー」
「『チャァンランランラァーン』。以上です」

勝手に頭の中読まないでよ、と言う隙も与えずアレンはさっさと奥の方へ私を押し退けて行ってしまった。重いカバンを背負い直して私も直ぐにその白い後ろ姿を追い掛ける。思った通りに彼もコンビニで一番の冷気を発するボックスの前で立ち止まり、中を覗き込んでいた。私も隣に立って一緒に中を覗き込む。それと入れ替わりにアレンはさっさとアイスをレジに持っていってしまった。何だあいつ。もっとじっくり品定めしてさ、あっアレンこれなんてどーお?キャピルンみたいなそういうやり取りはせんのかい。ちらりとレジの方を見れば、お釣りを店員さんから受け取りながらこちらを振り返って見ていた。にこ、と綺麗な笑顔をこちらに向けるから私もにへら、と笑い返そうとした時、その綺麗な笑顔のまま唇だけが動いて、涼しい空気を震わせた。

「貴女の妄想の中で僕を勝手にキモくしないで頂けますか」
「読むなよ!」

有難うございましたー、という不思議な店員さんのイントネーションを背中にアレンはさっさと出入り口に向かっていってしまう。私も急いでクーラーボックスの中からアイスを掴み取り、大魔王のお怒りに触れないよういそいそとレジへ向かった。



「………で?」
「………はい」
「何でレジでお金払うのに5分もかかるんですか馬鹿ですかそうですか」
「違うわ!ただレシートが私に立ち塞がってきたの!」
「レシートぐらい捨てて下さい」

だって面倒くさいじゃない、という呟きはソフトクリームよりも冷ややかな視線で飲み込まれた。いたたまれなくなった私は大人しくガリガリ殿の封を切る。水色のそれが見えただけで周りの温度が2度くらい下がったように思えた。思わず口元が綻ぶけれど、ある事に気づいて私のテンションも2度程下がった。

「……ぷっ、馬鹿ですか」
「うっさい」
「頑張って持って下さいねアイス」
「うっさい」
「開ける方向ぐらい確認しましょうね」
「うっざい」

私は間違って開けてしまった側の袋を押さえて、反対側の封を切った。開いた袋の口から見える木の棒に安堵の溜息をつく。袋の口に右手を突っ込み、指先で木の棒を摘んで一気に引き抜いた。現れたソーダ色のアイスキャンデーを一口かじる。口の中からひんやりとした空気が喉を伝って降下した。身体の中のひんやりとした空気とは対照的に肌を刺すジリジリとした熱気は変わる事は無く、私達が歩くアスファルトに反射して足元の空気を揺らめかせた。アイスを溶かそうとする日差しに対抗しながらちらりと横目で隣を歩くアレンを見れば、彼も同じ様にソフトクリームを溶かされぬように目一杯口に頬張っていた。何でもない様に振る舞っているけれど、確かにその口元は緩んでいて、ソフトクリームを頬張る度に綻ぶ目元は相変わらず綺麗な白い睫毛に覆われてきらきらと瞬いた。やっぱり、アレンは可愛い。下手しなくとも私より数倍可愛い。綻ぶ目元の皺までもが可愛い。憎い。憎たらしい。思わず伸びた左手はアレンの白い髪へと特攻した。そして散った。

「あいいたたたたあ!」
「散れ果てろ」
「ちょタンマいてタンマいててて!」

涙目になった私を横目で見てアレンは漸く私の手を捻る右手を離した。左手に持ったソフトクリームはあとコーンを残すのみとなっている。フン、と鼻息を鳴らしてアレンは直ぐにコーンへと取り掛かった。私の捻られた左手をさする様子には目もくれない。少しばかり苛々を込めて溶けかけたガリガリ殿を大きめにかじれば、脳の奥がツンとした。

「…っ……!」
「…………宇宙の果てまで馬鹿ですね」
「うっさいいいああ」
「冷たい物をオデコにつけるといいらしいですよ」
「また私を騙す気かああ」
「嘘じゃないですってば素直に言う事聞きやがれこの野郎」
「なんだとおおお…………治った」
「馬鹿ですかそうですか」

フン、と先程のアレンの真似をして鼻息荒くガリガリ殿をかじる。身体は少しずつ冷えている筈なのに肌を焼く日差しに汗はじんわりと私を覆い続けた。滲んだ汗を吸ってべたつくワイシャツが一層苛々を募らせる。顔を刺す日差しが痛い。カバンが重い。苛々する。

「ねえアレン優しい彼氏でしょカバン持ってよ」
「ハア?」
「…………すみませんでした」

私は大人しく手に持った棒に視線を落とす。もうソーダ色のアイスは3分の1も残っていない。端の方を歯だけでちょび、とかじれば、口の中でアイスは一瞬で溶けてしまって、唇に残った冷たさが何故かこころの端っこを刺した。熱気で揺らめく空気の向こうのアスファルトをぼんやりと眺めて、私はまだ少しじんとする唇をおもむろに開いた。

「ねえ、アレン」
「何ですか」
「大学、決めた?」
「…………唐突ですね」

視線だけアレンに向けると、彼は食べかけのソフトクリームのコーンから唇を離した。左手に持ったコーンを暫く見つめて口を開かないアレンに、私は視線を前に戻してもう一度問い掛ける。

「……で、決めたの?」
「…………………ええ」
「……そっか」
「……………聞かないんですか」
「………うん」
「…………そうですか」
「………うん」
「……………」
「……ねえやっぱりカバン持ってよ」
「嫌です」

けち、と呟いて私はまた小さくアイスをかじる。やけに傍の車道を走る車の音が大きく感じて、頬を刺す日差しが痛かった。不意にゆらゆらと所在無く揺れていた左手が温かくなって、息が上手く吸えなくて、私は少しだけ唇を噛み締めた。温かいというより寧ろ暑かったけれど、アレンも私も何も言わずにただ熱いアスファルトの上をゆっくりと歩いた。嗚呼どうか、この肌を焼く日差しも、温かい手も、胸を刺す痛みも、全てエイエンだったら良かったのに。一瞬だから美しいのだなんてそんな事を何処かの誰かが言っていたけれど、まだ子供の私達はそんな美しさよりもただ変わらぬ確かなものを求めてしまう。繰り返すという季節だって今はとても憎らしい。だって次のこの季節に、私達はきっと此処に立ってはいないから。ギラギラと刺すように降る日差しだって私達には果敢無く映る。揺らめく空気で、黒いアスファルトの道がぼやけた。日差しに溶けるアイスはもう無い。嗚呼、ただ此の手の平の熱だけが私達の真実。


ない

10/07/10
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