私は目の前に無造作に散らばったフライドポテトをひとつつまみ上げた。30分前に買ったそれはお昼の忙しい時間帯であったからか30分前の時点で出来立てとは程遠く、今やもう口の中に入れれば冷たさとざらついたジャガ芋の感触しか残らない。萎えたフライドポテトは諦めて、賑やかな店の熱気で結露したジンジャーエールのカップを手に取った。白いカップをゆらゆらと揺らせば中にまだ液体が残っている感触がしたので、私は少し先の潰れたストローに口を付けた。

「……まっず」
「当たり前やろ、氷全部溶けてるで」
「知ってるって」
「…自分、食うのめっちゃ遅いんやな」
「だから知ってるってば」

何苛々しとるん、と言う目の前の男を視界から外して、トレーの横に置いた携帯に手を伸ばした。塩の付いた二本の指を外して残りの3本だけで携帯を開く。見慣れた待受画面に映るデジタルな時間は私に溜息を吐かせるのに充分な程進むのが早い。

「なあ、何で急に会おうとか電話してきたん?」

携帯に特に意味も無くぶら下がるネズミのおんなのこのマスコットをいじる手を止めて、目の前の男に視線を合わせた。目の前の男は丸眼鏡の奥の目をやや伏せてこちらを見つめる。嗚呼、何だか少しだけ後悔した。やっぱり、何時も通り向日にしとけば良かった。

「………先に謝っとく、ごめん忍足」
「どういう、」
「………あ」

硝子越しに見える賑やかな通りの中で、茶色の髪が揺れていた。辺りをせわしなく見回してその度に茶色い髪がすっかり夏めいた日差しに揺らめく。嗚呼、私はあの髪の感触を知ってる。

「来た」
「来たってどういう、………跡部?」

私の視線の先にあるひとの姿を見て忍足は私に確認するかのように言葉を発した。それに答えずに私は跡部からも視線を外してまた冷えたフライドポテトをつまむ。私の言葉と態度で全てを理解したらしい忍足は、ぽつりと言葉を吐き出した。

「……自分、最低やな」
「知ってるよ」

少しだけ口角を上げて笑えば、忍足はまたさっきみたいな哀しい目をして私を見るから、やっぱり少しだけ、後悔した。

いらっしゃいませ、と甲高いアルバイトの女性店員の声が響いた。もう既にお昼のピークの時間帯は過ぎ去り、ひともまばらになって来た店内で、彼の姿ははっきりと見えた。それに気づかない振りをして私はまた冷えたフライドポテトをつまむ。彼の足音がこちらに近づいて来るのを感じて、そして最上級の笑顔を作って忍足、と声を発した。それに重なるひとつの声と、影。

「……てめぇ、何してんだ」
「跡部、とりあえず落ち着き。てめぇってオレ?それとも、」
「こいつだ」
「ちょっと跡部、声大きいてか息荒いよ深呼吸ぐらいしなよ」
「…てめぇいい度胸してんなオイ、あぁん?」
「何がよ」
「………お前さっき電話で何て言った?」
「今日休みだし忍足とご飯でも食べ行って来る、って言った」
「………正直やな」
「忍足てめぇは少し黙ってろ」
「………はい」
「ちょっと跡部深呼吸ぐらいしなって」
「俺様に指図する気か、あぁん?大体てめぇが悪いんだろうが」
「悪いって、何が」
「はあ?」

跡部は汗で少し額に張り付いた前髪を掻き上げた。苛々している様子が手に取るように分かる。これが苛々している時の彼の癖なのだと気づいたのはどれくらい前だっただろうか。もうそれが分からなくなるくらいに、こんな事を繰り返しているという事なのか。私は。

「お前な、………お前は、俺の、何だ」
「世間一般でいうと恋人ですかね」
「世間一般じゃなかったら何て言うんや」
「忍足黙れ」
「………はい」
「……で?俺様の恋人が?ここで?違う男と?何してやがる?」
「世間一般でいうとご飯を共にしてますね」
「で?何か言う事あんだろ」
「『跡部フライドポテト食べた事無いでしょ』」
「違ぇだろ」

はあ、とわざとらしく溜息をついて私は跡部に向き直る。まだ息が整いきっていないのか跡部の肩は少しだけ上下に揺れていた。

「あのさ、跡部は何が言いたいの?」
「はあ?」
「だから、跡部は何にそんなに怒ってるのって聞いてんの」
「お前なあ!………俺様が居ながらこんな男とご飯食べるとかどういう神経してんだ!あぁん!?」
「こんな男って……大体何よご飯共にしたぐらいでさあ」
「その共にしたって言い方ヤメロ」
「大体何よひとつ屋根の下でご飯食べたぐらいでさあ」
「そのひとつ屋「俺お邪魔っぽいし帰るわ」
「ちょっと!………何よ、ご飯違う男と食べたら浮気なわけ?跡部知ってる?キスじゃ子供はできないんだよ」
「知ってるわ!」
「キスしたならまだしも一緒にご飯食べたぐらいでさあ、ヤキモチ?妬くなんてねえ?」
「妬いてねえよ!」
「跡部顔真っ赤じゃん」
「違う!」
「息切らして走ってくるなんてさあ」
「切らしてねえし走ってねえよ!」
「跡部純情ー」
「違うっつってんだろ!」
「私は跡部のそういうとこすきなんだけど」
「………」

林檎みたいに真っ赤になって黙った跡部に向かって、かーわいーと囃し立てれば、うっせえと言われてデコピンを食らった。地味に痛い。額を押さえてああだこうだと文句を言いながらちらりと忍足を見れば、少しだけ眉を下げてこちらを見ていた。だいじょうぶだよ、と小さく口を動かせば、また更に眉を下げた。忍足は、分かっているのだと思った。私はこんな風にしか跡部の気持ちを確かめられなくて、息を切らして入った事も無いようなファストフード店に私を怒りにやって来てくれる跡部に安心するのだという事を。こんな事を繰り返して、私の『あいしてる』という言葉が空っぽになっていくのだという事。それに跡部も少しずつ気づき始めているという事も。お互いを罵り合う中で少しだけ、少しだけ見えた彼の瞳に浮かんだ何かに私の脳は酸素を求めて喘ぎ始める。それに気づいても私はそれを止める方法を知らなかった。何かが壊れていく音を止める為に、私はどうすれば良かったのか。その音が何処から聞こえてくるのかさえ、分からないというのに。


心臓
の壊れる音

10/06/12

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