私は何時だって彼の顔を見つめている。別にストーカーめいた意味では無くて、彼を見るときには何時もその瞳や、眉間の皺や、歪められた唇に視線を送るという事。それは彼との情事の間だって同じ事だ。現に今だって私は彼の苦痛に歪められた唇を食い入るように見つめている。というのも私は彼のテニスをするために鍛え上げられた身体やら何やらはどうでも良いのだ。試合で出来た擦り傷やマメ、そんなものも視界に入ったって気にもならない。私はその苦痛に歪んだ顔だけを、見つめた。

「らしくないわね、今日は」
「………うる、せぇ…っよ、」
「馬鹿みたいよね、アナタ」
「うるせ、って言ってんだ、ろ」

さっきより更に深くなった眉間の皺に私はクスクスと笑った。

「聞いて呆れるわよね、氷帝テニス部の部長ともあろう者が」

紅い唇に弧を描けば、彼はまたうるせぇ、と吐き捨てた後自分の欲望の為すがままに動き出した。薄暗い中で響く音は普通ならば耳を塞ぎたくなるような卑猥さで鼓膜を震わせるけれど、私の脳はそんな雑音は認識していなかった。所在無い両手を自分の下に敷かれた白いシーツに這わせる。何時もならば私の両手はこの時に彼の背中に回されて彼を繋ぎ止めているのだけれど、何故か今日は私の手はシーツだけを掴んでいた。彼にしがみついたその指先の私の爪は、何時も幾つもの紅い痕跡を遺して彼を追い詰める。情事の間も、その後も。自分の所在無さ、悔恨、自省、逃避、そのために自分から女を求めたという事は自尊心の激しい彼にとってどれ程か図り知れない程の苦痛だろう。それは情事の後に最も深く彼を追い詰める。それを知っていて、その為に在る私は彼にとって何なのだろうか。それでも私は彼の傍に居る。彼が、テニスで挫折に似た何かを味わう度に。彼が、もう一度テニスと向き合う為に。私にとってルールさえも良く分からないテニスなんてはっきり言ってどうでも良い。彼が私を利用して何かを乗り越える踏み台にしている事だって、私にとってどうでも良い、筈だった。

ふ、と視線を彼の瞳に合わせれば、彼の瞳は苦しげに、そして、何故か寂しげに揺れて私の視線と絡まった。そして私の瞳から視線を逸らさずに、何故か彼の指先は私の頬を優しくなぞった。その行為の意味に気がついて、私の上手く働かない脳は私の指先をシーツから彼の頬に動かそうとしたけれど、視界に入った指先の紅い爪に私はその手を止めて、何時もの様に彼の背中へと回した。きつく、きつく。それに気づいたのかまた瞳を揺らす彼の瞳から、私は初めて、瞳を逸らした。

行為が終焉を迎えようとしている。私はもう一度きつく彼の背中に手を回した。多分、何時ものように紅い痕跡が彼の背中に遺るだろう。彼が、背中の微かな痛みに自分から相手を求めた羞恥ではなく、私の黒い睫毛に覆われた瞳から零れ落ちた何かを思い出すことを願い始めた私は、そろそろ彼にさよならを言わなければならないのだろうか。



オンナの爪は伸ばすものでしょう?


10/05/05

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