Chapter 4 : 触炎


悲しい知らせはいつも突然である。

3人のレンピカの住人がミホークに悲しい知らせを届けたのは
アンジェリカがジーンに会ってからわずか3ヶ月後のことである

2人はすぐさまレンピカに向かった。
到着したのは真夜中、レンピカの町は奇妙にも
ジーンの自宅と教会の灯を残して、ひっそりと暗く静まっていた。

ジーンは自宅のベッドに横たわり、3ヶ月前とは
別人の様にやせ細り、力なく二人の到着を待っていたのだ。

彼の周りには、彼の家族がとりまいていた。
極寒の季節を今にも越さんというその時、この空間だけは
芽吹き始めるであろう春を早めに呼び出したような温かさを纏っていた。

ミホークはアンジェリカの手を引き、ゆっくりと歩みを進めた。

「おう、来たか。」
「望み通り、連れてきたぞ。」
「おい、お前。あの刀をアンジーに・・・。」

ジーンの奥方は涙を拭いながら、二本の刀をアンジェリカに差し出した。
「アンジーよ、お前のリクエスト通り、重さを変えて刃の重心も少し先端にずらした・・・。
きっと気に入るだろうよ、さあ受け取れ。」
「・・・ありがと、ジーン。」

そのときアンジェリカは、ふわっと優しい風を感じ、
ジーンの部屋の天井に眼をやった。

「熾天使・・・ラファエル!」

アンジェリカの視線の先には、熾天使ラファエル、癒しの天使がいた。
あたりを見回しても、誰もがジーンを見つめているようで
その天使の姿は他の者には見えていない様だった。

熾天使ラファエルはゆっくりとジーンの枕元に降り立ち、ジーンの頬を両手で覆った。

「さあて、悪いが。ミホークと二人にしてはくれないか・・・みんな。」

ジーンは静かにそう言うと、彼の家族は泣きながら部屋を後にした。

「アンジー、お前も行きなさい。」
「う、うん。ねえ、ラファエル!ラファエルも行こうよ。」

アンジェリカは自分にしか見えていないラファエルに語りかけた。
ラファエルは人から見られていない状況に慣れていた様子で
不意に投げられた呼びかけに驚きの声を上げた。

「・・・大天使ミカエル!ミカエルじゃないか!」

ラファエルは顔をあげると明るい表情でアンジェリカに答えた。

「・・・まあ、なんか居るならそいつも追い出してくれ、大事な話が・・・ぐおっふぉっふぉー、、、」

ラファエルがジーンの頬から手を離すと、ジーンは激しく咳き込んだ。

ラファエルはすーっと浮かび上がり、アンジェリカの手を取り
2人はジーンの家を出た。

「大天使ミカエル、元気そうで何よりだ。人間の事は多く学んだかい?」

「うん!たくさん!ねえ、熾天使ミカエルは?あと長老は?元気?」

「ああ、変わりないよ。しかし、君はどうしてこんなところにいるんだい?」

「え?ここに降りて来たんだよ。」

「大天使はもっと、"高い場所”で人間を学ぶと思っていたんだが・・・まあいいだろう。」


久しく会う、自分の生まれた場所をよく知る親のような存在に
アンジェリカの心は躍り、ラファエルを引っ張るようにして足を早めた。
明かりの灯る教会の前で立ち止まり、笑ったままのラファエルを確認
したアンジェリカは教会の最前列の席に座った。

「ねえ、ラファエル。この教会にいて気分悪くならない?
ここ、ウリエルを崇める教会なんだよ。」

「・・・堕天使、だね。ぼくには関係ないさ。
苦しむ者を癒すことは平等だ、それが神に与えられた使命だ。」

「嫌いじゃないの?ウリエル。」

「・・・どうしてかな、嫌うように教えられたのに、ぼくは嫌いになれない。」

ラファエルは少し眼を細め、片翼の天使像を見つめた。

「君にここで会えてよかった、君の守護者が誰であれ、
君はどうやら愛され、そしてしっかりと教育されているようだ。
とても安心したよ。さあ、ぼくは使命に戻らなきゃね。」

ラファエルはアンジェリカに笑いかけると、優しい風を起こし飛び去った。

アンジェリカは教会の椅子に座ったまま、飛び去るラファエルを見送り
その天使が見つめたように、片翼の天使像を見つめてみた。
考えてもみれば、ラファエルの話はアンジェリカにとっては少々難しく、
首を捻りながら、天使像の顔をまじまじと拝むも、やはり完全には理解ができなかった。

「あなたー!!!」

ほどなく、悲痛な叫び声が町を切り裂いた・・・。
振り返ったアンジェリカはその声で、ジーンは亡くなったのだと悟った。

翌日の葬儀で、アンジェリカとミホークは教会の最後列に座りジーンの
弔いを見届けた。

帰り道、暗い夜の森を駆け抜ける馬車の中で、
アンジェリカは月明かりに照らされた夜の雲を眺めた。


ラファエルのことを思い出していた。
神に従順な天の天使たち、その中でもラファエルは常にこの世界の生命に近い存在だ。
だが、昨日見たラファエルの表情は少し曇っていた、
この夜空の雲のように。

いつの間にか眠りにおちたアンジェリカは、邸に到着していた。
アンジェリカの寝かせられたベッドに腰掛けたミホークは
いつものような威厳あふれるピリピリした様子ではなく
見た事も無いような、沈痛な面持ちでうつむいていた。

いくら感情が足りないとはいえ、その表情とその雰囲気から
アンジェリカはミホークが悲しんでいるのがよく分かった。

「・・・パパ。」
「ん?起こしたか?」
「悲しいの?」
「・・・友が逝ってしまったんだ。悲しんでやらねば、申し訳がなかろう。」
「わたしも悲しい、ジーンが死んじゃって。」
「もう寝なさい、」
「パパ!わたし考えたの・・・」
「・・・聞いてる。」
「パパが死ぬまで、わたしパパと一緒にいる・・・。パパが死んだら、
パパをエデンに連れてく。」
「・・・エデン。」
「そう、パパに守ってもらうんじゃなくて、もっと強くなって、
わたしがパパとエデンを守る戦士になる。」

ミホークは考え込むようにアンジェリカの眼を見つめた。

月明かりに照らされた、アンジェリカの顔には
どこかいままでとは違う、覚悟の表情を伺い知れたのだった。

「まだだ、、、まだ道は長い。そして道中、弱いお前の心が、
お前の信仰が打ち砕かれ、もがき、苦しみ
光を失うこともある。お前にそこから這い上がる力があるか?
そして、真実を見極めて己の信じた道を正しく選ぶことはできるか?
愛するものを守るために、身を滅ぼす覚悟はあるのか?」

「・・・ん?」

「最後に立ちはだかる者が、お前がそうやって慕い、
愛する者でも、お前は斬れるのか?」

「・・・うん。」

「難しい話をした、もう寝ろ。」

ため息をついたミホークは毛布をアンジェリカの頭まで掛けて、
立ち上がり部屋を出ていった。






長い冬を越え、春と夏は足早に通り抜ける。
アンジェリカにとって4度目の夏の日に、天使にとっての最初の試練が訪れた。

アンジェリカは山道を下り、後ろには大きな大量の黒光りするものを引きずっていた。

やがて島の北に位置するビーチが見えたとき、歩幅を広げ
息を切らしながら走り出した。

額に汗をにじませながら、アンジェリカは目の前に広がった海に向かって叫んだ。

「パパー!!」

その先には、棺の船に乗ったミホークがいた。
ミホークは船を岸につけると、迎えにきたアンジェリカに
自分の帽子をかぶせた。

「おかえりなさい!見てみて!ローチ5匹連れて来た。」

アンジェリカの指差す先には、少し煙りを上げて既に虫の息の
ビッグローチが数匹、ずっしりと積まれていた。

「アンジー、あんなもの持って帰るんじゃない。汚いな。」
「1週間で30匹たおしたー!」

アンジェリカはミホークの手を引き、邸へと急ぐ。
そしてダイニングの柱の前で、胸をはって真っすぐに立つと
少し疲れた様子のミホークに期待の眼差しを向けた。
ミホークは重たいマントを取ると、分厚い本とペンを持ち
アンジェリカの横に膝をついた。

「・・・126、」
「えー、1センチしか変わってない。」
「1週間しか経ってないじゃないか、あたりまえだ。」
「いつ300センチになるんだよー!」
「水だけでここまで大きくなったんだ、それだけでも不思議だがな・・・。」

夕暮れに鳴く虫の声だけが聞こえる、静かな森のはずれに
平和に暮らす親子2人。

やがて邸には、ゆらめくキャンドルの灯がともり
本を読み聞かせる、親子のシルエットが
テラスの壁に映し出された。

父の腹の上でうたた寝しはじめた子は、幸せそうな顔をしていた。
夏の心地よい夜にすら、愛されているかのように。


だが、遠くに聞こえるビーチの波の音が親子に異変を知らせた。

邸に近づいてくる足音に眼を見開いたアンジェリカは、あわててミホークの
上で起き上がった。

「アンジェリカ、灯を消せ。」

アンジェリカは言われた通り、テラスに灯されたキャンドルの灯を消して回った。

ミホークはマントをはおり、巨大な黒刀を背負い
駆け寄ってきた子の耳元に口を寄せた。

「アンジー、部屋に行け。おれがいいと言うまで出てくるな。」

アンジェリカは頷き、自室へと駆け上がる。
窓からは、邸を出てビーチへ歩き出した父が見えた。

その先には、たいまつを掲げた汚らしい格好の男達が、
粗暴な足音と共に近寄って来ていた。




「ジュラキュール・ミホーク・・・ひっさしぶりじゃねえか。この裏切り者があ。」

男は、低い声で威嚇するように言った。







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