Chapter 2 : パパ





「よし、小舟を出せ。」
「はい!」

威勢のいい若い衆のかけ声が響き渡る。

「お頭ぁ、何人乗せましょうかい?」

「俺と酒樽と刀一つだ、それ以外は必要ない。」

「へ?でも、お頭、ここは!!」

「これはなあ、1対1の決闘だ、おれの最後の我が儘だと思って聞いてくれ。」

「う、、、お頭ぁ。」

赤髪海賊団、シャンクスは降ろされた小舟に飛び乗り
意気揚々と漕ぎだした。

「心配するな!すぐ戻るさ!」

シャンクスは慣れない手つきで1本のオールを漕ぎ、苦痛の表情を浮かべながら岸
へとたどり着いた。


枯れ草を踏みしめてゆっくり、ゆっくり目的地へと歩みを進めて行く。




「ジュラキュール・ミホーク!出て来い!おれと決闘しろおお!!!」

目的地に辿りついたシャンクスは息つく間も無く、腹の底から声を張り上げた。

しばらくすると、眼光するどく巨大な十字の剣を携えたミホークが崩れそうな邸より
姿を現した。

「人様の玄関先で決闘とは、失礼にも程があるぞ赤髪、下がれ。」

「おお、居たか。苦労してここまで来たんだ、ここで決着を付けさせてもらう。」

「ふん、聞き分けの無い・・・。いいだろう、その決闘、、、受けて立つ!!」

ミホークはひらりと身を沈めると、眼にも留まらぬ早さで剣を抜いた。

シャンクスは右手に刀を握り絞め、その鷹の眼を見据えた。

剣がぶつかり合う音、空を切る音、それぞれが信じられない早さで交差し、
島じゅうに響き渡る。
その衝撃に木々は身を揺らし、邸の傾いた窓はガタガタと音を鳴らした。

刀を振り回す腕力だけではない、体力だけの問題ではない。
二人の剣士の知能までもが激しくぶつかり合うような決闘、終わりも見えない重苦しい"時"が
乾いた寒々しい孤独な島に、流れる事無く閉じ込められていく様だった。

「はん、なんだその構えは!貴様は安海賊の下っ端か!がっかりさせるな。」

「そう言うな、お前こそこんな寒いとこで篭りきって、鈍ってるじゃ、、、ん?」

「隙だらけだぞ、赤髪!」

ミホークは急に表情を変えたシャンクスの隙を見極め、刀を振りかざした。
その卑しくも黒く光る刃先はシャンクスの心臓に狙いを定め、襲いかかる。

「いいいい!やっべええ!」

シャンクスはすぐさま回避に入ったが、ミホークの剣はシャンクスのマントを貫いた。
ミホークはすばやく反転し、剣を再び振りかざしたが、
眼を見開き体をぴたりと止めてしまった。



「赤髪、、、貴様。」



座り込んだシャンクスは、とっさにマントをたぐりよせ、自らの体を覆った。

「き、、、きったねえぞ!ミホーク!」

「貴様こそなんだ!その左腕は!」

「あんな子供使って、油断させやがって!」

「子供?・・・っ!」

シャンクスの指差すその先には邸のドアから顔だけ出したアンジェリカが居た。

「アンジェリカ!来るんじゃない!」

ミホークは柄にもなく慌て思わず叫んだ。
アンジェリカはまばたきもせず、二人の様子をじっと凝視している。
ミホークの言葉も聞かず、ドアから駆け出し今度は門柱にしがみついて
尚も二人の様子を見つめた。

ミホークは決闘相手共々、剣を握りきっているため、安易にアンジェリカにも
近寄ることができない。


すると、シャンクスの大きな笑い声が聞こえた。

「ははははは!聞き分けのねえガキだ!どうやら今日は決着をつけるにはーちと日が悪かったな!」

「くっ、」

ミホークはシャンクスの言葉に嫌悪感を示しつつも、黒刀を背に戻した。

「まあ、日は悪いようだが・・・。」

アンジェリカは門柱にしがみつき、初めて見るミホーク以外の人間をじっと観察していた。

「酒も持ってきたんだぜ、鷹の眼よ。まあ、俺の話も聞いてもらいてえところさ、
で!あの子供はなんだ?お前の子供か?」

ミホークは渋々と枝を拾い集め、シャンクスの問いかけには応えなかった。
それを見たアンジェリカはミホークに駆け寄り、真似するように枝を拾いはじめた。

「アンジェリカ、外へ出るなと言っただろう。」

「好奇心。」

シャンクスはその二人の姿を見ながら、満面の笑みを浮かべた。

「アンジェリカというのか!年はいくつになる?」

「・・・6さい。」

すこしぶっきらぼうに、アンジェリカは答えた。





宵の月の下、3人は小さく炊かれた薪を見つめながら、一つの丸太に腰掛けていた。

「イーストブルーの小さな村に停泊してたんだが、面白いガキに会ったんだ。
アンジェリカ、君と同じくらいの年の男の子だ。こいつがもう、海賊になりたいと言い出すわ、
顔にナイフ突き立てるわ、大事な実を食うわ!もー大変なガキでよ!」

聞いているのか聞いていないのかという様子で、ミホークは静かに酒を飲み下した。

「まあ、そんなことでな。あいつ、小さいし、泳げないしよ、しょーもねえ海獣に襲われちまって
つい、まあ、必然的にかばっちまった。」

「なんと、つまらんことを・・・」

「いや、おれは大きな意味のあることをしたと思ってる。確信はできねえけどな。
だから、帽子もそのガキに預けてきたんだ。・・・あいつな、ロジャー船長と同じ事を言うんだよ。」

シャンクスは口角を意味ありげに押し上げ、空を仰いだ。
ミホークも大きな帽子の下から、シャンクスをじっと見つめた。

「モンキーDルフィ、、、あいつは必ず、俺との約束を果たしてくれる。」

「"D"・・・。」

「・・・お前との決着はいずれつけるさ、腕一本無くなったって、俺はお前に勝つ。」

「ふん、ぼざけ・・・」

ミホークはシャンクスの樽ジョッキに酒をあふれるほど注いだ。
アンジェリカは二人の会話を興味深そうに、
首をあっちにこっちにと振りながら聞き入った。

「それで、この子は本当にお前の子なのか?鷹の眼よ。」

「・・・空から・・・降って来たとでも言うべきか。」

「ほう、そりゃ興味深い。じゃあ、このリュックサックには羽でもしまいこんであるのか?」

シャンクスはアンジェリカの背負うリュックサックをぽんぽんと叩いた。

「そうだよ、よく分かったね。」

アンジェリカの言葉にけらけらとシャンクスは笑い、ミホークは少しうつむいた。

「こんなかわいい子が居たんじゃ、まあ今まで通りとはいかねえなあ・・・。」

「これは、もう3ヶ月ここに置いてやってるだけだ、すぐにでも箱に詰めて海に流したい。」

「ひっでえ言いぐさだなあ、、、なあ、アンジー、おめえの父親は氷の心の持ち主だなあ」

「ちちおや?氷の心?」

「ああ、おれみたいなやっさしー男とは大違いだ!」

「やっさしー・・・?」

アンジェリカは不思議そうな顔を浮かべながら立ち上がり、シャンクスの胸に顔を近づけた。
シャンクスはそれにも気づかず、楽しそうに樽ジョッキごと天を仰いだ。


「・・・楽しい。」


アンジェリカはシャンクスの胸に顔を優しく押し当てると、そう呟いた。

「んんん!?どうしたアンジー。」

「赤髪、、、こいつはな、普通じゃないんだ。」

ミホークは腕を組み、考え込むような顔で口を開いた。

「アンジェリカは、単純に人生を歩むだけでは感情を会得できない。そうして、人の心を
口から吸い取り、得た感情を積む事で人間を学んでいるんだ。」

「何だそれ・・・聞いた事もないな。だけど、、、確かに、少し吸い取られた。」

アンジェリカは少し笑みを浮かべると、またシャンクスの胸に顔を押し当てた。

「おいおい、今度は何を吸い取るんだ、ははは!」

「・・・へへへ!楽しい!楽しい!」

今度は、大きな笑みを浮かべて、アンジェリカはシャンクスに笑いかけた。

「こいつにとって、お前の感情はチョコレートのようなものなんだろうな・・・。」

「お前の感情は鉄の味しかしなさそうだからな、鷹の眼!わはははは!!!」

「ミホークはたくさん教えてくれるの、それも楽しいの。」

「赤髪・・・こいつの子守りはお前の方が適任だ、、、持って帰らんか、このアンジェリカを。」

ミホークは顔を上げ、シャンクスを真っすぐに見据えた。
けらけらと笑うアンジェリカの頭を撫でながら、シャンクスは目を見開いた。

「バカ言え!アンジー、パパの心を食べてごらん、、、さあ。」

シャンクスはそういうと、そっとリュックを押した。
アンジェリカも逆らうことなく、ミホークの目の前に駆け寄り、
ニコニコしたままミホークの胸に顔を押し当て、そのまましばらく動かなくなった。

シャンクスの「思ったとおり」という満足げな顔をにらみつけ、ミホークは
顔を押し当てて動かないアンジェリカの肩に手を置いた。

「…悲しい。」

ぽつりとアンジェリカはそう呟いた。

「心配・・・不安・・・それに、、、」

「やめろ、アンジェリカ。」

ミホークはアンジェリカの顔を離そうとしたが、簡単には離れる様子も無い。
ため息をついたミホークは、アンジェリカの頭を上から鷲づかみにし
くるりと顔の向きを変えてやった。


「七武海への誘い・・・承諾するつもりだ。」

シャンクスにかけられた小さな声は、どちらかというとアンジェリカにかけられているようでもあった。




「きわめて賢明な選択だ、お前にしちゃあな!
敵は少ないに越した事はないさ、お前のポリシーにだって
何ら反する事も無いんだし。・・・アンジー、
いい勉強になったな、人は時々、こういうふうにウソつくんだぜ。」


「・・・パパ。」





アンジェリカが地上に降りて約半年が経過していた。

「アンジー、いいか、お前は天使であることを人に知られてはいけない。
よって、そのでかい翼は人前に出るときは隠しておく事だ、いいな。」

「うん、わかった。」

「・・・そして、食事をしてはならない。
お前は人間ではないからな、いいか、水だけだ。」

「うん、わかった。」

「本当に、わかったんだな。
では、おれは少々仕事をしてくるから、1週間ほど邸を空けるぞ。
一人で生きのびるがよい。」

そう言いつけられ、アンジェリカは邸での留守を任せられた。



一週間ではあいにく"仕事"が終わらず、ミホークは約2週間ほどで邸へと戻った。
そして、待ち受けるアンジェリカの姿に愕然した。

体中に無数の傷、血まみれの上、服はぼろぼろ、
眼は腫れ上がり、ダイニングテーブルにぐったりと突っ伏したアンジェリカは
ミホークを出迎えた。

「アンジェリカ!どうしたお前!」

「うううん、屋根からおちて、階段からも落ちて、木からも落ちて、
でも町には出てないよ。
誰にも翼もみられてないし、お水もちゃんと飲みました。」

「バカめ、、、」

「パパも、こうやって強くなったの?」

「・・・違うな。」

「ちがうんだ。」

「・・・痛いか?」

「わからない。」

「わからない・・・か。」



ミホークはアンジェリカの後頭部を掴み、自分の胸に押しあてた。

「口を離すんじゃない、痛みは絶対に知らなくてはいけない感情だ。人間として、、、そして強き者として。
いいな。」

そう言うとミホークは、小刀を振りかざし自らの左腕を貫いた。

血がどくどくと流れ出し、力のこもった右の拳は小さく震る。
ミホークの感情から激しい痛みを覚えたアンジェリカは、
即座に顔を離そうとしたがミホークの腕はそれを拒んだ。


「痛い・・・痛い・・・」


アンジェリカは嗚咽にも聞こえるような声がもごもごとミホークの胸をくすぐる。

「・・・痛いだろう。」

ミホークは握ったナイフを床に落とし、アンジェリカの頭を大きな手のひらで包み込んだ。

「痛ーーーーーーーーーーーーーーい!!!!」



アンジェリカは初めて、泣き叫んだ。

効率の悪い方法ではあったが、ミホークは彼なりにアンジェリカに人間を教えていった。

シャンクスから学んだ、楽しいという感情のお陰か、
楽しいときには満面の笑みを向ける。
ミホークもいつしか、そんなアンジェリカをわが子として
認識ができるようになったのだった。



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