Chapter 28 : 殺人


「((ルフィ・・・ルフィ!!))」

「ん・・・ああ、寝てた。」

「寝るな!」

・・・目を開いた

身体の感覚が戻らない

ただひとつ、強く握られた手の感触

それがアンジェリカのものだという感触

「アンジー・・・見えねえ。」

「まだ、もう少し・・・そのままにしててくれ。」
「どうなっちまったんだ・・・おれ・・・」
「半分死んだ。でも、わたしが必ず、おまえを助ける。」

「ふんっ!」
ルフィはぐっと手に、足に力を入れると
起き上がり、立ち上がった。

「ふう、なんかやな感じだな・・・死ぬって。」
「あたりまえだ、わたしだって・・・。」





異界の地の、その淵に立ち尽くしたルフィは、ふと後ろを振り返り
口をあんぐり開けて静止していた。

「おいアンジー、手を離せ。」
「イヤだ。」

「・・・あっちに・・・エースがいる。」
「・・・。」

「エースの声・・・エースの声が聞こえる!」
「ルフィ・・・やめろ。」
「なんでだよ!?おれを呼んでるんだ!エ・・・エース!!」

ルフィの向く先にあるのは、エデンの門。
勇壮にそびえる柱とその扉の向こうから、エースの声が聞こえてくるのである。

((ルフィ・・・よく来たな。こっちに来い・・・メシもたくさんある!))
「エース・・・エース!ここにいたのか!」

ルフィはアンジェリカを引きずるようにその声の方へ歩き出した。

「ルフィ!その声はおまえの欲が生み出したものだ・・・真実ではない!
エデンに入れば二度と出てくることができなくなる!」

「エース!!おれはここだ!今からそっちに行く!」

「ルフィ!よく聞け!おまえが完全に死んで、デスボックスが開き、
チョッパーたちがおまえを引きずり出したそのとき、
わたしはおまえをココから蹴り落とす!

おまえがエデンに入ってしまったら・・・それに失敗したら!おまえは本当に死んでしまうんだぞ!」

「離せ!おれは、エースに会いたいんだ!」

「いいかげんにしろ!いくらバカなおまえでも理解できるだろう!
おまえを死なせたくないんだ!・・・ここから離るんだっ!」


アンジェリカはルフィの手を強く引くが、ルフィの腕はぐんぐんと伸びていき、ルフィはエデンの門の扉にまっすぐ突き進んだ。



「わたしだけを信じると、約束したじゃないか!!」

アンジェリカの一言に、ルフィはぴたりと体を止めた。


「わたしの言ったことが聞こえなかったか・・・エースは、どこにもいない。」

「おまえには聞こえないのか?エースが、あの中にいるんだ!」

「聞こえるさ!!!!
わたしにも・・・見えてるっ・・・!」

アンジェリカは言葉を詰まらせながら、唇を噛み締めた。

((なあ、アンジェリカ・・・これからは、ずっと一緒だ。))


「エースが・・・両手を広げて・・・。」


((愛してる・・・もう離れたりはしない・・・))


「幸せそうに・・・ぐっ・・・」


((アンジェリカ・・・))

「やめろぉおおおおおおおおおお!!!!」


アンジェリカの悲痛な叫びが、果ても見えない天に響き渡る。

エデンの扉が、二人を招き入れるようにゆっくりと開きだした。

「アンジェリカ!!はやくこちらへ!!」

突然、大きな翼に包まれたアンジェリカとルフィは
どこかに運ばれて行くのを感じていた。

しかし、アンジェリカにとってそれは懐かしい、熾天使ミカエルの翼だと
よくわかったのだ。

やさしく身を下ろされたのは、古い小屋のような場所の扉のまえだった。

「熾天使ミカエル様・・・わたし!」
「話は中に入ってからだ、さあ、早く。」

中へ押されて入ると、アンジェリカはやつれきった表情の老人に
駆け寄りその腕に飛び込んだ。

「長老・・・!」
「うむ、世話をかけたな・・・大天使。」
「うっ・・・うっ・・・。」

嗚咽を漏らすアンジェリカは、次第に呼吸を整えゆっくりと立ち上がった。


「・・・長老、あなたが・・・あなたがウリエルの子孫だったなんて・・・。」
「そうだ・・・。」
「どうしてそう教えてくれなかったんですか!」
「教えたところで、お主はどうした?わしを力づくでも殺したであろう?」

天、その中に存在する楽園エデン
その永遠の快楽を約束された地にすら踏み込まず
じっとその動静を見守ってきた男

ジュラキュール・ノクタはアンジェリカを見つめると
重たげに腰を上げた。

「聞こえるか・・・
神の声・・・
エデンに入ってゆく生命の声・・・
天使たちの声が。」

ノクタはアンジェリカの肩に手を置くと、深いため息をついた。

「・・・はい。」
「あれが、安息の地であるエデンの声か・・・答えよ、アンジェリカ。」


感情の無い精霊の天使だった小さなアンジェリカは、何を思うこと無くその場所でそれを聞いていた。

聞いていたはずなのに、今ではこの声、騒がしいこの声が何なのかがよく判った。

自分の欲を封じ込め、耳を澄ませば聞こえてくるのは・・・まるであの日見た
聖地の空気にそっくりだった。

誰かは高笑いし、誰かは泣き叫ぶ。


アンジェリカは雷に打たれたように飛び上がり、目を見開いた。

「本当の・・・エデン・・・。」

そう呟き、熾天使ミカエルに目をやった。

「熾天使ミカエル様・・・あなたはこれを知ってて・・・。」

「・・・だが、神のおられる場所だ。
 私にできることは、その門を守ること・・・。。」

「でも、天使たちは・・・。」

「人間を学び、感情を体得し、自ずと生まれでる欲に駆られ、
 みなエデンへと入って行く!
 いくら止めても・・・。」

「待ってください、ならばどうしてガブリエルは・・・。」

((大天使ミカエルよ・・・聖杯の前へ・・・。))

どこからか聞こえてくるその声に、アンジェリカは急に頭を抱え
苦しみだした。

「・・・!こんなに早く、気づかれるなんて。
ルフィ君!アンジェリカに近寄るな!!」

「ど、どうなってんだ!」

熾天使ミカエルはルフィを抱きかかえ、その場に伏せた。



「ぐっ、アンジェリカ!いいかよく聞け!
ミホークの、父の教えを忘れるな!必ず、お主を救い出す教えだ!良いな!」

「長老!」

アンジェリカは何か強い引力に引かれるように、壁をすりぬけた。

「アンジー!・・・おい!アンジーが・・・いなくなっちまったのか?」

ルフィは自分の頭に巻かれた目隠しに手をかけると、熾天使ミカエルはルフィの両手を押さえ込んだ。


「ルフィ君、まだだ・・・まだ君には早すぎる。自身の欲の幻想の前に、君はまだ耐えることができないだろう・・・。」

「離せーーーー!」

ルフィはミカエルの腕に噛み付くと、その布を
取り払い、アンジェリカの気配を探して小屋から飛び出して行った。




アンジェリカは力なく、激しく水の流れ続ける聖杯の前で膝まづいた。

((大天使・・・ミカエル!神の教えに背き、禁忌を破った・・・。))

「・・・はい。」

((、ポートガスDエース・・・彼の命を削りとり死に追いやった。))

「神よ・・・それは、」

((そしてその義弟である、モンキーDルフィの命をも・・・奪い去った。))

「お願いです!わたしの話を聞いて下さい!」


聖杯から湧き出るその神の声は、アンジェリカに向かって語り続けた。


((許されざる大罪を犯してなお・・・償う気もないのか、大天使ミカエルよ・・・。))

「ごめんなさい・・・でも今は!ルフィに旅を・・・つづけさ・・・」

((愛する生命といえ海賊を・・・どうしようというのだ?))
おまえの心が、悪に満ちあふれているのだ・・・おまえは天も世界をも滅ぼしかねん))

「ごめんなさい・・・お・・・お許しを・・・。」

アンジェリカはひざまずき、両手でささえた身体をガタガタと震わせていた。

((どう救おう、この世界と・・・おまえの魂を・・・。))

「神よ・・・どうか・・。」

(( 堕天だ ))

「御救い下さい・・・。」




アンジェリカの姿は、影も残さずにそこから消え去った。


「アンジー・・・アンジー!!」

その瞬間を目の当たりにしたルフィは
かつての惨劇を思い起こし、震えた。

なかまが消されていくあの恐怖と後悔
その感触が、生々しく蘇った。


((モンキーDルフィ・・・残酷な天使に奪われた悲壮の生命よ・・・
エデンへ来るがよい・・・欲を全て満たし、永遠の快楽を約束しよう・・・。))

聖杯はそう唸るように言うと、その水の流れを弱めた。


熾天使ミカエルが翼を広げて、ルフィの目の前に着地した。
アンジェリカがいたであろうその場所を見つめ、ルフィは思わずあたりを見回し、
果てしなく広がる、乳白色の大地に手をついた。


「どうなってんだよここは!なんでアンジーは消えたんだよ!」

「堕天した。」

「堕天ってなんだよ!!」

「地獄に・・・堕ちることだ・・・。」

「じ・・・地獄?」
「そうだ・・・地獄だ。」

「地獄ってやべーところなんだろ?おい!
なんでだよ!なんで助けないんだよ、おまえ!」

「神の意志だ・・・。」


ルフィはギリっと熾天使ミカエルを睨みつけ、飛び掛った。


「神がなんだ!アンジーよりも大事なのかよ!
 おまえは平気なのか!?アンジーが消えたんだぞ!」

「・・・君にはわかるまい。」

「そんなに・・・神が怖いのかよ?」
「神が怖いのでは・・・ない。」
「じゃあなんだ!?」


「・・・信じてきた事が、間違っていたと知ることが・・・怖いのだ。」


震えて唇を噛み締める熾天使ミカエルの姿に、ルフィは苛立った。

「よわっちいな、羽男・・・。何を信じるかとか・・・そんなことよりも
なかまが消えちまうほうが痛てえじゃねえか!」
「・・・すまない。」

ルフィのぎらつく睨みに、熾天使ミカエルは目を閉じて答えた。


「おい、おれを堕天させろ。」

「君には無理だ・・・。」


「アンジーを助けに行く。」


ルフィは、麦わら帽子をかぶりなおし
熾天使ミカエルに背を向けた。

「ルフィ君・・・とにかく今の君には堕天することはできない。

今は静かに待とう、あの忌まわしい箱が開くのを・・・君が蘇生すること
それが今一番大事なことなんだ!」


熾天使ミカエルはルフィの頭を地に押さえつけ、一緒に下を見下ろした。

「!!チョッパー・・・ゾロ・・・みんな・・・。」
「ああ、そうだ・・・あの場所が見えるだろう?」
「・・・みんな止まってんのか?」
「違う、時の流れが違うのだ。君のいた場所で流れる1分は、天の約
10分に値する・・・。」
「んー・・・どういうことだ?」
「えっ、・・・だから・・・10倍の速度で我々はいま・・・過ごしているんだ。」
「いや、わかんね。」
「だから・・・あの箱が開くのは、おそらく君の心臓が停止してからだ
だから心停止までおよそ20分・・・ここであと約3時間・・・待つのだ。」
「だったら、そんなに時間あるんなら、アンジーを!」
「・・・ルフィ君。少し話しをしよう、長老のところへ戻るんだ。」

「はっ離せ!!羽男!」
「おとなしくしないか・・・。」


熾天使はルフィを抱え上げると、力強く羽ばたいた。

[ 36/44 ]

[*prev] [next#]
[もくじ]
[しおりを挟む]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -