Chapter 8 : 勝負


エースは寝ていた。

店のテーブルも椅子もなぎ倒し
フォークに肉を突き刺したまま、寝ていた。

「起きろ、海賊。」

アンジェリカの冷たい声がエースに舞い降りる。

殺気、その格が違った。

それを感じ取ったのか、エースはむくりと起き上がった。

破壊、奪略、殺人、その絶対悪が目の前に居る。
愛する町に危険が迫っている。
アンジェリカには刀を抜かない理由がなかった。

「また寝てた、っておいおい。刀しまえよ。」
「・・・それはできない。」
「どうやら、ただのお嬢さんじゃないみたいだな。」
「だったら、何だ?」
「女が、そんな危ないもの振り回すんじゃねーよ。」
「憎悪、強欲、虚栄心。この町にとっての危険因子以外
何者でもないおまえが、此処に居る限り、わたしは戦う。」

「へえ、おれと戦うか・・・。勝負したいってのか?」

「・・・。」

終わらない睨み合いに加え、刃紋を見切りそれが
すでに自分を殺せる位置にあることを知りながら、
一向に自分の武器を抜かないエースに、アンジェリカは苛立った。


「断る。」

「なにっ!?」

「女と勝負?やなこった。それより、おまえ、金持ってねえか?
飯代がねえんだ。なあ、返しにくるからさあ、払っといてくれよ。」

「ぐっ・・・ふざけるなあっ!」


椅子に座り直し、また食事をしはじめるエースにアンジェリカは激怒し、
思い切り刀を振り下ろした。
エースがひょいとよけると、刀はまっすぐにテーブルを通り、
床までをまっぷたつに切り裂く。

「へえ、上等じゃねえか。」

エースはアンジェリカの腕を掴み、その鬼のような形相を笑顔で覗き込んだ。

「なあ、女。海賊と勝負するってのが、どういうことだか分かってんのか?」
「うるさい、離せ!」
「海賊とやりあうには、何かをかけて勝負するこった。さあ、何が欲しい?」

「・・・この町から出て行け、二度とここに来るな。」

「いいだろう・・・。」

エースは表情を変え、アンジェリカの腕を放した。

「おまえが勝ったらおれは出て行く、二度とここには来ない。
じゃあ、おまえが負けたら・・・どうすんだ?」

アンジェリカは刀2本で構えなおし、エースに飛びかかった。

「わたしは・・・負けない!」

アンジェリカの二刀流の威力にエースは少し驚きの表情を見せた。
だが、高く飛び上がり、よける。

「いい自信だ、そうだなあ・・・おまえが負けたら・・・。」

エースは笑いながら、ハットを深くかぶりアンジェリカに飛びかかる。
その打撃のスピードはアンジェリカを遥かにしのぎ、
防御するアンジェリカに反撃の隙を与えなかった。

「アンジー!やめろー!手を引け!何をされるかわからんぞー!」
「アンジーお願い!けがする前に逃げて!」

町の人々は、おのおの大声で叫んでいたが、アンジェリカの怒りの前では
そんなものはまるで意味をなさなかった。

「おまえが・・・負けたら・・・はははっ。」
アンジェリカは防御に回り、反撃の隙をうかがう。
エースは対照的に戦い慣れたような動きで
アンジェリカを翻弄する。

二人の実力の差は、既に目に見えていた。

「おまえが負けたら・・・一生消えない敗北の印をタトゥーで彫り込んでやる。
どうだ、この勝負、もっと本気出したくなっただろ?」

「ふざけるな!」

アンジェリカは怒りまかせに刃をエースに向けた。

「こっちは白ひげ海賊団、2番隊隊長の名にかけても女には負けられん。
おまえも大事なからだに、辱めの印を彫られない為にも負けられん。
さあ、どう戦う女よ・・・。」

「女じゃない・・・。」
「ん?」
「わたしは・・・戦士だ。戦士の名に賭け、この勝負・・・負けない!」
「ふふん、いい心構えだ!」

目の前に立ちはだかるエースをめがけ、
アンジェリカはすぐさま二本の刀を振り下ろした。

「早い!なかなか腕がたつようだな・・・だが。」

振り下ろした先にあったものは、燃え盛る炎だった。

「勝つのは、おれだ。」

実体のない炎を斬る虚しい音は早く、より早く、あたりに響いた。
まるで赤子を相手にするかのように、エースは笑みを浮かべながら
アンジェリカの刀を止める。

「うあああぁぁぁぁ。」

アンジェリカの叫びは更に強い斬撃となって飛ぶ。
だが、素早いエースの動き、そして炎の前では
何の手応えも感じられなかった。

力任せの一撃がエースの腕をかすった。

「っつ、武装色・・・、いや少し違うか・・・。」

エースは飛び上がり、少し間合いを取った。

「悪いな、もう終わりだ。」


ものの数分でアンジェリカは地に倒れた。
悪魔の実の能力者、火拳のエースを斬る事ができず
無惨にも地に頭を押し付けられ、
じたばたと手足を動かしている。

「ほら、負けを認めろよ。頭ふみつぶすぞ。」

「まだ・・・まだだ・・・。」

「おれだって、こんなことしたくないんだ。ほら!」




「やめてくれ。」

アンジェリカの虚しい抵抗をみかねた男が声をあげた。
エオリオの町でただ一人の医師、ジュノだ。

「ジュノ・・・。じゃま・・・すんな。」
「アンジー、お前の負けだ。」
「まだ・・・戦える。」
「こんなところで、命を無駄にするな。
おまえは、負けた。」

アンジェリカはジュノを真っすぐ睨みながら、
手足をばたつかせるのを止めた。

「決まったな。」

エースはアンジェリカの頭から足をどかすと、アンジェリカの手を取った。

「じゃ!行こうぜ!」

「え?」
エースはそのままアンジェリカを担ぎ上げ、ジュノの方を見た。

「おっさん、診療所はどこだ?」

ジュノは低い声でエースを自分の診療所へ案内した。




アンジェリカは診療所のベッドに降ろされ、呆然と敗北の苦みを噛み締めた。

「ほら、リュック降ろせよ女!」
「嫌だ。」
「じゃあ、『エースに負けました』って顔にタトゥー彫るぞ!」
「嫌だ。」

エースは診療所の棚を漁り機械を取り出すと、それをビーッと鳴らした。
うつぶせのアンジェリカの顔を覗き込み、涙をうかべるその顔を眺めた。

「・・・じゃ、やるぞ。」
「・・・うるせえ。」
「ふん、かわいくねーの。」

エースはアンジェリカの長い髪を上に流し、うなじにしたたる
汗を拭いた。

「ホントにやるぞ!」
「さっさとやれよ!」
「やっと、負けを認めたか!ハハハハ!」

針が少しずつ進んで行くのをアンジェリカは首の後ろに感じた。
微弱な痛みと、エースのほくそ笑みがアンジェリカのプライドを
崩していく。

その様子を、ジュノはタバコを吸いながらじっと眺めていた。

「おまえ、この町の女なのか?」
「・・・。」
「なんとか言えよ!」


「ちがう、アンジェリカはこの島の住人ではない。」

ジュノはタバコの煙を吐きながら、アンジェリカの首に手を伸ばすエースに言った。

「そうか、おまえ何でそんなに海賊が嫌いなんだ?」

「以前住んでいた場所で、父親が海賊に襲われたそうだ。」
「そうか、そりゃ大変だったな。親父は無事か?」
「無事だ、父親はアンジェリカと一緒に暮らしている。」

「って、テメーに聞いてねえよ!」
エースは顔を上げでジュノに叫んだ。

「ジュノ、もう何も答えなくていいよ。」
「ふん、やっと喋ったか。」
「破壊、殺人、略奪、どうせおまえはそればかり考えているんだろう。
それが海賊だから。」
「そんなことないさ、おれは悔いのないように生きてる。それだけ。」
「じゃあ、なんでこの町に来た。何の為だ?」
「おお!そうだった、ある男を探してるんだ!」

エースは手を休めると、口を開いて指差した。

「はがかけてて!大柄で!黒い髭に黒い髪・・・
マーシャル・D・ティーチという男だ。何か知らないか?」
「うむ・・・聞いた事がないな。なぜその男を捜している?」
「まあ、知らないならいいが・・・ちょっと事情があってね。」

「理解できない。白ひげ海賊団がその男を探すなら、
どうしておまえ一人でここに?」
「おお、白ひげ海賊団を知ってるのか!うれしいなあ!」
「痛っ!」

脇見をしながら握った針が、アンジェリカの皮膚を滑った。

「ああ、ごめん。」


沈黙の中、針の進む音が部屋に響き渡る。
ジュノの最後の質問に、エースは答えることはしなかった。

代わりに、エースは白ひげ海賊団の冒険話、
自分の弟の海賊団のこと、アンジェリカにとっては下らないこと
ばかりを彼の気の済むまで聞かせた。
アンジェリカは、ふてくされた顔のまま黙って話をきいていた。

「よし!完成!」

エースが針を置く頃、外は昼の明るさを隠すように
厚い雲が覆っていた。

「ほら、見てみろよ!」
「いやだよ!」
「ほらほら!我ながら芸術的な出来上がりだ!」

アンジェリカは差し出された鏡を払いのけた。

「うむ、悪くない。」

30本目のタバコを灰皿に押し付けながら、ジュノも微笑んでいた。

「ジュノ・・・あんたまで・・・。」


「アンジー!やばいぞ!」

大げさに血相を変えたエステバンが診療所に駆け込んで来た。

「嵐がきてる、このままじゃ島へ帰れないぞ!」
「なんだ、ジャックは一緒じゃないのか?」
ジュノは31本目のタバコに火をつけると、驚きの表情でアンジェリカを見た。
「うん、今日はパパの船できたから。」
「いくらあの船でも今日は無理だ、ルイージで泊まって明日出発したほうがいい。」
「えー、やだよ。あの町は行きたくない・・・。」
「そんなこと言ったって・・・。」

アンジェリカが外へ出ると、雨は横殴りに音を立てて降っていた。
続いて出てきたエースも、あまりの強い風にハットを押さえた。

「ホントだ、おまえの家はどっちの方角だ?」
「・・・南。」
「向かい風だな・・・。」

ふう、とため息をついたアンジェリカは振り返り、エステバンの顔を覗き込んだ。
「おじさん、わたしの荷物は?」
「ぜんぶ船に積んじまったよ。積んでるときに降り出したから幌は張ってるけど、降ろした方がいい。港の船も転覆しそうだ。」
「ありがと、でもわたし帰る。」

「むりだな、このグランドラインの嵐を女一人で行こうってのか?」

エースは横からアンジェリカを覗き込むと、ぷぷっとバカにしたように笑った。

「おんなおんな言うな!わたしはアンジェリカだ!」
「わかったわかった、アンジェリカ。なんでそんなに帰りたいんだ?」
「パパが待ってるから。」
「・・・そっか。」

「おさまらないかなあ・・・。」
アンジェリカは降り続く強い雨を見上げながら呟いた。

エースは診療所のテーブルに置かれた荷物を持つと、
アンジェリカの肩を抱き外へと引っ張った。

「なんだよ、なにすんだよ!」
「なにって、帰るんだよ。」
「はあ?」
「普通の帆船じゃ進めなくても、おれのストライカーなら進める。
送って行ってやるよ。」
「そんなこと・・・できるの?」
「ああ、おれは能力で船を走らせてるんだ。渡れねえ海はねえ!」
「・・・でも。」
「帰りたいんだろ?それに、おれもアンジェリカの親父さんに謝らないとな。
ボコボコに打ち負かしましたって。」
「いっ・・・それは・・・。」

アンジェリカは激怒するミホークの姿を脳裏に浮かべた。
帰らなくても雷、帰っても雷、エースがいてもいなくても雷だろうと
予感した。

「じゃぁ、頼む・・・。」
「よし!じゃあ行くぞ!」


アンジェリカとエースは港に向かい、歩き出した。

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