Act1-30


クラスメイトが一人減っても、日常は変わらなかった。呪霊は無限に湧くし、任務も減らない。相変わらず皆忙しい毎日を過ごしている。少し変わったことといえば、私は腰あたりまであった髪をバッサリ切った。冷たい風が吹くと首がスースーするけど、案外短髪って楽ちんでいい感じだ。戦闘中も邪魔にならない。自分では気に入ってるけど悟はお気に召さなかったらしく、会うたびにはぁ、とため息をつかれる。


「ねえ、失礼なんだけど!」
「なんで髪切ったの?僕長い方が好き」
「………私も前の悟の方が好き」


そして悟も少し変わった。夏油からずっと言われてたように、一人称を僕に変えた。目上の人にはなんと『私』なんて言ってる。口調もずいぶん柔らかくなってきたし、今までは好きだとか愛してるなんて滅多に言ってこなかったのに最近は会うたびに口にしてきて正直あまりの変わりようについていけてない。本当にお前五条か?と硝子に言われてたけど本当にそう。慣れなさすぎてどうしていいかわからない。


「酷いな〜もう!僕今一生懸命まともになるべく頑張ってんだけど?」
「……まともじゃない自覚はあったんだね」
「あ〜あ、なまえが『早く当主になって』なんて可愛くおねだりしてくれたから僕頑張ってんのにな〜そんなこと言っちゃう〜?ひどいよな〜」
「そんな媚び媚びで言ってないでしょ!!」
「お前らイチャつくなら部屋でやれようぜえな」


冷たい視線をよこす硝子にはははと乾いた笑いを送れば、悟が抱きついてこようとするのが見えた。飛び込んでくる巨体の鳩尾に肘鉄食らわせたらひっくり返って悶絶し始める。だからなんで無下限切ってるわけ?


「おっ前、それが好きなやつに対する仕打ちなの…?!」
「いつも思うけどなんで私の攻撃あたるの?」
「は〜〜?なまえから触ってくるのにオートマ処理したら間違いなく脳は攻撃判定するでしょ全弾きだよ!に全弾きされたら悲しくなんない〜〜?だからお前といるときは無下限切ってるよ」
「……………あ、そ」
「わ、なまえ照れてる?照れちゃってる??可愛い〜!」
「うざい!!」
「ホントうぜえ〜〜」


今までは雰囲気が鋭すぎて近づきにくいと思われてたかもしれないが、最早今はうざすぎて近づきたくないと思われるんじゃないのその態度。キャラ変の方向性間違ってるでしょと思わないでもないが彼なりに頑張っているだろうので何も言わないことにした。






「あ、そうだ」
「どうしたの?」
「僕が当主になったらまず分家に養子に入ってもらうからね」
「ブンケ?ヨウシってなに?…私のこと?」
「今の流れでお前以外いると思う?」
「だからヨウシってなに?」


疑問に答えが返ってこないことに若干イラつく。五条って肝心なこと全然話さないよね!話の脈絡全くわからないんですけど!!


「戸籍も作ろうね。お前まだ透明人間だから。ついでに養子入れとこうと思って」
「コセキ?ヨウシ?わかる言葉で話してくれる?」
「え〜説明めんどくせえな、苗字ができるってこと!よかったねえ!五条なまえ!なんかもう結婚したみたいだね!ウケる!」
「ハ……?????」
「変な家じゃないから気負わなくていいよ。それに僕が本家のトップになるからね!養子入ったからって家いったりしなくていいから!本当に苗字ができただけだと思っといて」
「……意味がわからん……コイツ私と同じ言語喋ってる?」
「オイ、なまえ囲われ方がそろそろヤベーぞ」


いつもならケラケラと笑う硝子がマジでドン引きしてて本当にこれはスルーしたらダメなやつだという警告が脳内でけたたましく響いている。



「これでなまえは元の世界帰るなんて言わなくなるかな?って」
「いやもう言ってないし思ってないよそもそも一回、帰るかもしれないしって言っただけでいつまで引きずるの?マジで怖いな……」
「あ、誕生日は僕と同じにしとく?覚えやすいね」
「………めちゃくちゃだよ………悟ほんと一回どっかで頭打ったんじゃない?それか無下限使いすぎで脳が焼き切れかけてるとかない…?」
「ないよ、失礼だなあ!あー当主になるのが楽しみだな〜」
「……なまえ本当にアレでいいのか?」
「ね。なんか間違えたかもしんない……」



私はもう本当に元の世界へ戻れると最近は考えていない。そりゃあ、たくさん辛いことがあったしこれからも辛いことはあると思う。向こうに帰ったら、ここまで辛いことは起きないかもしれない。神威と阿伏兎と、第七師団のみんなと宇宙征服しながら楽しく生活できるのかも、と思う日がなかったとは言わない。正直会いたいなあと思ったことは数知れず。でも、ここにきて二年以上経ったし、未だに帰れる予兆もないし、なんだかんだ生活も気に入っている。呪霊なんて変なものいるしすぐ人の命が散ってしまう世界ではあるけれど、悟を置いてまで元の世界に戻りたいと思えないというほどにはあのふざけた男に好意を持っている。誠に不本意だが。いつ彼が当主になるのかは知らないが、その日が来るのを楽しみに待っている自分がいるのは事実。もし帰れることになったとしても、私は帰ることを選ばないんじゃないかと思う。薄情な女だね。


夏油がいなくなった夏の終わり、私たちはそれぞれ少しだけ大人になった。ちょっとしたことで起こってた喧嘩なんてもうなくなったし、ふざけ合う機会なんてとんとへった。将来目指す先は少しずつ違ってきているから三人ずっとべったり一緒にいることはできない。別に寂しいことじゃなくて、きっと当たり前のことなんだろう。反対方向に走り去っていってしまった夏油は、今笑えているだろうか。笑えているのなら、会えなくなってもそれでいい。相見える時はいずれくるのだろうか。できれば、もう二度と会えない方がいい。次あったその時は、今度こそ、殺さなきゃいけない時だろうから。
あれから秋が過ぎて、冬がきた。風邪ひいたりしてないといいな。もうすぐ私たち、四年生だね。できれば貴方も隣にいて欲しかったけどこればっかりは仕方がない。そう思えるほどには吹っ切れたよ。



「なまえ、そういえば今日任務って言ってなかった?」



硝子の声にそういやそうだった、とスマホを取り出して時間を確認すればもうすぐ補助監督に提示されていた時間だった。危ないセーフ。窓枠に足をかければ呆れた顔の硝子がヒラヒラと手を振る。悟はいつの間にかかかってきた電話に対応していて視線だけこちらに移して手を振ってくれている。あの様子じゃあ悟も任務かな。



「じゃ、いってきまーす」



さあ、今日もいっぱい呪霊を殺しちゃおう。






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