Act1-26


「なんか面白いことになってるじゃん」


ぴょんぴょんと高専に聳え立ついくつかの建物の上を跳ねていれば、建物の死角となった場所にいる見知った存在が目に入る。背を向けているから何をしているかはわからないがおそらく煙草だろう。何度担任に言われてもやめない愛煙家の彼女は度々授業や訓練を抜け出して一服しているのを知っていたが喫煙場所までは知らなかった。確かにここなら静かに邪魔されずに吸えるだろうな、ときょろきょろと気配を探ってその人物以外の者が周りにいないから確認してから地面へと降り立つ。急に現れた私に驚いたのか僅かに瞠目させたあとすぐにニヤリと笑った。私の顔を見るなりニヤニヤと揶揄う表情を浮かべる硝子に思わずむっとする。


「何が」
「五条めっちゃキレてんぞ」
「…ふ〜〜ん」
「お、なかなかの強硬姿勢じゃん」
「……その話題まだするなら逃げるけどどうする?」
「なんで。私にも話せない?」


面白そうにこちらを見ていたと思いきや無表情で煙草を咥え深く息を吸い込む硝子に思わず言葉が詰まった。


「さすがのクズでもあんな風に避けられたら傷つくよ」


フゥーと息を吐くのと一緒に白く細い煙が彼女の口から上空の青い空に向かってゆらゆらと伸びていく。彼女はその軌跡を追って目線を空へと送りこちらをちらりとも見ようとしない。表情は全く笑っていなかった。硝子が五条を庇うなんて珍しいな、と思ったと同時に自分はそんなに酷いことをしているんだろうかと彼女とは反対に地面に視線を落とす。

あの花火の日から、私はとにかく五条を避けている。
視界に入った瞬間脱兎の如く逃げ出している。…夜兎だけに。
四人しかいないクラスの中で私がこんなことをしていては迷惑がかかるだろうし本当はこんなことをしても仕方がないことは分かっているのだがいかんせん彼と顔を合わせられない。
視界にあの白髪が入ってくるだけで動悸がする。尋常じゃないくらい手汗が出てくるし目もぐるぐる回る。こんな状態でどうやって接しろと。焦って錯乱して校舎を壊しそうな気がする。ーやっぱり無理だ。

携帯には夥しい量の着信とメールが入るが全て無視。任務の連絡だけには応答して任務はでているが授業も全部サボっている。
引きこもって自分の気持ちをなんとか整理して気づいた。
私は五条に硝子や夏油に感じているような気持ちとは違う感情を抱いている。近くにいれば触りたくなるし、優しく名前を呼んでほしいし、そして姿を見た瞬間に心臓がぎゅーっと絞られるように痛み出す。いつの間にか呪われたのかと思ったがそうではないらしい。そして、多分五条も私と同じ気持ちを抱いているのだと漸く理解した。きっとあのときの『あいしてる』も去年の冬の日の『好きだよ』もそういうことだったんだな、と。

五条から与えられる優しさは別に特別なことではないのだと思っていた。懐の中にいる人間に甘いだけなのだと。けど、その優しさがもしかして『好き』の延長線上の特別な優しさだったのだとしたら、そんなことを想像し始めると彼の行動全てがもうそれはそれは恥ずかしくてまともに受け取ることができなくなってこの状況が生まれた。視界に入った瞬間飛び出すぐらいには逃げ惑っている。最後に会話したのはあの花火の日だ。先日の七海との任務の間にかかってきていた電話はもちろん出るつもりなどなかったのだけれど、七海が突っ込んでくると思わなかったから焦ってボタンを押し間違えてしまった。電話口の五条は終始不機嫌で、七海と一緒に任務に出ているとわかると私を凄い剣幕で捲し立ててきた。私は私で逆ギレしてしまったけど、硝子の言う通り酷い態度で傷つけてしまったのだろうなと一応、悪いなとは思っている。私だって去年の冬、五条に避けられてた時期があったし、恋心を自覚していたわけではなかったがショックだったことを思い出して思わずため息をつく。



「めっちゃ酷いことしてんね……」
「で?」
「で?とは…」
「やっぱり好きなの?」
「うぐっ…」
「フッ…わかりやす」
「うう…硝子…私もう五条と顔合わせられない…動悸がしすぎて死ぬ気がする…」
「…………は」


何言ってんだこいつ、みたいな顔をして半開きになった口からポトリと咥えていたタバコが落ちていった。落ちた煙草はアスファルトの上でじじじ、とゆるい紫煙を上げながら燻っている。火元を踏みつけ消して拾ったところで硝子の意識が戻ってきたらしい。私の手にある吸殻を摘んで携帯灰皿にそれを押し入れた。



「めっちゃ好きじゃんウケるわ、キャラちげー。」
「やめて。明言するのはやめて!羞恥心で死ぬ…!」
「へえ〜〜なまえがねえ、ちなみに聞くけど初恋?」
「しょーうーこー…!!!」
「ふはっ、弄りがいあるな」

睨みつけると「悪い悪い」と相変わらずニヤニヤし続ける硝子。全然悪いと思ってなくない??


「私、なんでよりにもよって五条を……」
「なまえって見る目ないな。まあ五条もか」
「え?まってクッソ失礼だな???」
「だってアンタとまともに付き合えるのなんてそうそういないだろ。ゴリラだし。付き合った男抱き合うだけで死ぬわ」
「わー!硝子までゴリラって言ったー!!!」
「なまえにもちゃんと恋愛感情が芽生えて安心したよ、オメデト」
「ぜーんぜん心こもってないし!!」
「あいつもなまえのこと好きになるまで恋愛感情なんて持ち合わせてなさそうだったし似たもの同士なんじゃない?」
「へ?どういうこと?」
「他人からの感情に興味ない感じだったけど。入学したての頃なんてめっちゃ尖ってたからな。夏油にめっちゃ喧嘩売ってたし。アイツ顔だけはいいから結構外の女とも遊んでたぞ。気づいてなかったか?」
「え、ええ〜うそでしょ?あ、たまに休みの日とか夜とかいないなあ、って思ってたけどそういうこと?!」
「相手側に好意あんのわかってて利用してたアイツの方がクズだけどな」
「え〜…それ硝子が私にチクっていいの?」
「別にアイツ隠してなかったしむしろ『これが今のセフレ〜』つって自慢してきてたからな。なまえに私が知らせても自業自得じゃね?」
「た、たしかに…五条…まあまあ、クズだね…」
「まあそんなことしてたのもあんたのこと好きだって自覚する前のことだけど。最近はパッタリなくなったよ」
「…………」
「照れんなよこっちが恥ずかしいわ馬鹿」
「硝子が恥ずかしいこと言うからじゃんか!!!!」


そ、そうか…五条はなかなかの遊び人だったんだなあ。そういえば団長も『女は強い子を産むかもしれないから殺さない』とか何とか言って結構遊んでたっけ。
そっか、爛れてんな、あいつ。そう思うと五条を目の前にして恥ずかしがってんの馬鹿らしいな私。なんかちょっと冷静になれた気がする。
ん…?ちょっとまって?私の周り爛れた男しかいなくない…???げ、夏油は?!まさか夏油も遊んでるの?うわー!うわー!!なんか五条よりショックだわ…


「ま、まさか夏油も…」
「あっちのクズの方がモテるんだなーこれが」
「ま、まじか…………しょ、硝子も…?!」
「私は一応彼氏としかしない」
「い、一応…?!ちょっと待って?硝子彼氏いたの?」
「ハハ」
「え???なに?私のことはぐいぐい首突っ込んでくるのに自分のこと全然教えてくれないじゃん」
「いや?なまえにはまだ早いかなって」
「イヤーーー硝子が、硝子が大人なこと言う…!!」
「あんただって愛情表現はセックスだっつってたじゃん」
「だって!周りは!みんなそんな感じだったんだもん!当事者になるとは思わなかったんだもん…!!」


思わず顔を覆ってしゃがみ込めば上からアハハハと腹を抱えて笑う硝子の笑い声が聞こえてきたのでじとりとした視線を送ってやった。どうせお子ちゃまですよ!!!


「で、どうすんのさ」

『五条』だよ?と急に真面目な顔をして私に問いかける硝子に固まる。そうなんだよ、そこなんだよね。思わず苦笑を漏らした。


「うん、ずっと考えてたんだけどねーー」




___________


ムカつく。最近なまえに避けられている。四人で花火をしたあの夜からまともに話せていないし目も合わないしなんなら顔を突き合わせてもいない。どうなってるんだ。メールも電話も無視。授業はサボったりわざと任務を入れたりしているらしく担任がよく額に青筋を浮かべている。
あの日に起こったことといえばなまえの口から出てきた男の名前にみっともなく嫉妬して冷たく当たってしまったことくらいだ。寝起きに名前を呼ぶなんて夢でも見てない限りあり得ないだろ。だいたい俺の呼びかけに対して違う名前呼び返すなんてキレてもいいだろ普通に。

…でも、もしかしたらそれがあいつの気に障ったのかもしれない。そしてなまえから避けられていることが殊の外ショックだった。

人生で初めて人から『避けられる』という状況に陥っている。今まではこちらが話したければ、嫌われていようが向こうに避ける意思があろうが、俺には関係ない。僅かでも呪力を持ってる人間ならすぐに『見つけられる』から。あいつに全力で逃げられると普段なら簡単な『探す』という行為の難易度が跳ね上がる。呪力がないせいで気配が全くわからない。いつかの伏黒甚爾との戦いを思い出す。
これは最近自覚したことだが、なまえと一緒にいる時、視界に入れる時、あいつに呪力がないせいで六眼に無駄な呪力の流れが映らないからすげー楽。目が疲れない。もしかしたら、そういうところからもなまえを意識し始めていたのかもしれない。そんなこんなで物思いに耽っていたところ、渦中の気配を背後に感じて思わず勢いよく振り返った。


「五条」


今日の今日まで俺のことを避け回っていたなまえがニコニコしながら悪びれもせず立っている。思わず幻覚かと思った。


「…なまえ?」
「うん」
「……なんでそんなにヘラヘラしてんだよお前は」
「ごめん」


ごめんという割に、反省した様子なくへにゃりと笑ってみせたなまえに肩透かしを食らった。いつもの態度と変わらないなまえの様子に。なんなんだよ、避けてたんじゃねーのか俺を。


「五条、あのね。私五条のこと、好き」
「ーーーーは?」


頬を染めて照れたようにそう言うなまえにやっぱりこれは幻覚なのではないかと疑った。俺の願望が見せる存在しない記憶かなんかか??急に、なんだ?どれだけアピールしてもこいつは全く良い反応を示したことなど一度もなかったというのに。これはあれか?『みんな大好きハッピー』第二弾か?なまえの言動の意図が理解できなさすぎて脳の処理速度がどんどん落ちていく気がする。


「私の名前をゆっくり呼んでくれるところ、少し意地悪なところ、やさしいところ、一緒にふざけてくれるところ、つよいところ、つよく在ろうとしているところ、全部好き」
「ーーーは、なん、え?」
「私のこと好きなところも好き。避けててごめんね。緊張しちゃってうまく話せなかったの」
「は?え?現実?」
「ふふ、ウケる。処理落ちしてんじゃんどんだけ私のこと好きなんだよ」
「え」
「でね、本当に、ほんっとーに、良く考えたんだけど、ごめんね、私夜兎だから五条の恋人にはなれないや」
「…は?」
「……多分、私が考えてるより五条ってこの世界でとっても大切な人だと思う。いつ元の世界に戻っちゃうか、戻らないかわからない私と一緒にいちゃダメだ。それにね、私ね
この世界に来るまでにいろんな生き物殺してきてる。この世界的にいえば死刑になるような奴だよ。だからー」


処理が追いついていない脳がなまえがうだうだと並べてくる御託を理解した瞬間に水が突然沸騰したような瞬間的な怒りを覚えた。何お前だけ言いたいこと言って結論勝手に決めつけてんだよそこに俺の意思は関係無ぇのか。お前が勝手に考えただけだろんなもん知るか。


「言いたいこと、それだけ?」
「………うん。ごめん」
「なあ、俺がお前に昔言ったこと忘れてね?」
「…ん?」
「俺、五条悟なんだよね。五条家の次期当主で六眼と無下限の抱き合わせ。もうすんげー貴重な存在で最強の特級呪術師。」
「うん、そう、だね?一応知ってる」
「俺はいずれ五条家の当主になる。そうなったらもう誰も俺の言葉に盾つけなくなる。誰にもお前のこと文句言わせなくする。もしお前が元の世界に帰りたいって思ってんだとしても、もう無理だから。俺のこと好きって言った時点でお前もう帰れないから」
「え?え?ええ?」
「俺、拾った猫の面倒くらいみれるって言っただろ。もう帰す気ないし手放す気ないから。
お前いろんなやつ殺してきたって言うけど、俺だってそうだし。歯向かってくる呪詛師なんて何人殺したかいちいち覚えてない。
最強のコイビトが宇宙人なんて面白くて最高じゃん。俺に釣り合うのなんてお前くらいだよ。
なあ、なまえ、俺が当主になったら、その時俺の恋人になって」


目をまん丸に見開いたなまえは唖然とした様子で俺を見つめる。なまえから好きだと言われて舞い上がりそうな気持ちを努めて平然とした態度を装った。悪いけど、もう元の世界に帰すつもりなんて端から無ーから!もしそんな機会あっても全力で潰してやるしなまえはここで生きて最後は隣で死ねばいい。もうお前俺に呪われてんだよとっくに。残念だったなバーカ!



「当主になるのってどれくらい?」
「さあ、成人したぐらいじゃね?三年、四年くらい?」
「ふむ、」
「なまえ乗り気じゃん」
「うん、いいよ。五条が四年後まだ私のこと好きだとは思わないけど」
「ーーーーは?」
「硝子から聞いた。女癖のこと。五条が四年も女抱かないなんて無理でしょ」
「…………え?しないの?」
「は?」
「だって好き同士じゃん。良くない?」
「ーーーーマジで最低死ね五条」


瞬間、飛び上がったなまえの踵落としが俺の脳天ぶち抜こうとしたが危機管理能力が働いたのか無下限がオートマ作動した。あっぶね。その威力脳漿飛散するわ!!!てか硝子!!!!余計なことなまえに言うなよ!!!!!



「言っとくけど別の女抱いた瞬間この約束は破棄だから」



ふんっと鼻息荒く踵を返したなまえにぽかーんとした。え?待って俺なまえとも他の女とも当主になるまでエッチできないの?俺ピチピチの16歳なんだけど。冗談だよな?え??…………マジ?







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