Act1-23


話し合いの結果、なまえ、山田、佐藤、夏油、五条の順番で個人戦が行われることとなった。
個人戦は呪符によって相撲の土俵のように仕切られた区画の中から出たら負け、体を沈めて3カウント取られても負け、呪力術式呪具使用なんでも可。殺したり今後の戦闘が不可になる程痛めつけたりすることは駄目。一人ずつ対戦していき、勝者が両校どちらかにいなくなるまで続くという至ってシンプルなルールである。


「よろしくおねがいしますー」
「………」


なまえの前に現れたのは大人しそうな女子だった。なまえは目の前の女子を歌姫先輩、歌姫先輩と呪詛のようにつぶやいて思い込む。そんななまえを侮蔑するように女子生徒は睨みつけていた。幾度となく向けられたことのある視線にすでに慣れていたなまえは苦笑いを溢した。


「ねえ」
「?なに?」
「あなた、呪力がないんですってね」
「そうだね」
「あなたみたいな呪力もない非術師風情が、本当に呪術師として認められていいと思ってるの?!」
「さあ、一応準一級だから術師なんじゃない?そろそろ始める?」
「〜〜!!!!見てなさい!!!」


「弱いくせに」小声で呟いたなまえの声は誰の耳に届くことなく始め、の合図にかき消された。今までニコニコしていたのにゾッとするほどの冷たい眼差しを湛えた無表情で目の前の相手を無感情に見つめるなまえ。
一瞬それに恐怖を覚えるも呪力のない人間に『下』に見られたことに対して顔を真っ赤にさせた京都校の女子生徒がバッと掌印を組むと女子生徒の手足が鉤爪のついた獣足へと変貌していく。


「わあ、すごい」
「っそんなに余裕なのも今のうちよ…!」


グッと脚に力を込めた瞬間、発達した足の筋肉が盛り上がり、バネを使ってなまえに飛びかかってくる。
なかなかのスピードだったがなまえにとっては犬猫がじゃれつきにとびかかってきたようなものだった。ひょい、となまえに避けられたそのままの勢いで場外に飛び出そうだったところをなまえによって制服の上着の裾を引っ張りあげられる。脚で蹴ったり自由な腕でなんとか体勢を変えようとするもびくともしない、なまえは相変わらずなんの感情も表情に乗せていなかった。


「うーん、浅慮だなあ」
「なんですって…?!」
「まずは相手の力量を見極めないと、危ないでしょ?一発目に正面から飛び込むのは馬鹿がやることだよ。先生に習わなかった?」
「くっ…離しなさい!」
「うーん、あなたとやっても楽しくなさそうだし、手加減の仕方もわからないからこのまま外に出てもらうね。」


そう言ってエリア外に放り投げようとするなまえに離せとばかりに右腕で攻撃を繰り出そうとしたが、ワインドアップしたなまえの動きに釣られ突然グン、とまるでボールのように回転運動に巻き込まれた女生徒はそのまま高校球児もびっくりなスピードで放り投げられた。



「キャアアアアアアアア!!!」
「わはは、思ったよりスピードでちった」


豪速球が如く投げられた女子生徒は途中で気を失い、大きな音を立てて地面に激突した。


「……勝者、東京校なまえ」
「おーい、なまえもうちょっと加減しないと危なかったよ」
「ごめんごめん、硝子のとこ連れて行くよ」


よっこいせ、と気を失ったせいか獣の腕と脚を失った女生徒を横抱きにし、家入の待機する救護スペースへそのまま送り届けた。呆れ顔の家入は救護スペース内の簡易ベッドに女生徒を置くよう指示し、用が済んだなまえにはシッシと退室を促した。








_________


「さ、なまえ行くぞ!」


交流会終了を告げる合図と共にガシィと強く握られた左手に苦笑いするなまえ。

個人戦も団体戦と同様圧倒的すぎる夏油と五条によって、お開きとなった。三年生が京都校に敗北を喫したが、続く二回戦にはじゃんけんの結果五条と夏油が出場した。個人戦一回戦、団体戦で見た五条の恐ろしさと、一回戦で下半身だけ夏油の呪霊にぱっくりされてしまった仲間を見て(大した怪我はさせなかったが)戦慄した京都校の棄権宣言で幕を閉じた。交流会が終了する頃にはなまえに向けられていた嘲りや見下す視線は鳴りを潜めていた。
見学していた庵は額に青筋を浮かべ、アンタら来年出場禁止、とブチギレている。なまえが第一試合で怪我をさせた女生徒は呪術家系の出身の女性らしい。まだ気を失っていることも含め、庵から聞かされた。呪術家系出身の女性は男系社会のこの世界においてとても弱い立場におり、自分は抑圧されながら耐え忍んで生きてきたのに力もないのに自由気ままに振る舞うなまえの態度に我慢ならなかったらしいとのことだった。

「別に気にしてないよ。大変だなーとは思うけど同情もしてないし怒ってもない。そんな人もいるんだなーって感じ。目覚めたら頑張れって言っといて」
「…ハァ、本当にアンタ気をつけなさいよ。……禪院のこと聞いたわ」
「うん、大丈夫。ありがとうね。歌姫先輩」

心配そうな庵を後に、夜蛾は大きなため息をついたが、圧倒的な勝利を飾った教え子たちに大きく態度には出さないが誇らしげにしていた。




「何するの?」
「なまえは何したい?」
「えー、お腹すいたしご飯かなー?硝子と夏油は?」
「なまえと外食はしないって決めてる。怪我人の様子も見とかなきゃだしパス」
「デートに第三者はついていかないよ」
「は?どういうこと?」
「私たちは勝手にやってるから二人で行っておいで」
「えー、五条、いいの?」
「いいよ」
「じゃあいってくるね」


ヒラヒラ、と手を振る家入と夏油に見送られながらなまえと五条は京都校を後にした。

タイミングよくやってきたバスに乗車し、しばらく子気味の良い揺れにゆらゆらと揺られていれば京都の都心へとバスは進んだ。なまえはバスの車窓から見える東京とは違った街並みに目を丸くした。特に人通りの多くなった場所、満員のバスの半分くらいが下車するバス停で五条は降りるようなまえに指示する。

降り立った場所は京都校や東京校のしん、とした静かな様相とは違い、ガヤガヤと往来を何人もの人が行き来している。東京ほどではないがなかなかの人混みである。しかしまるで高専内にいるような街並みでなまえは少し混乱した。そして町中に溢れる陰鬱な空気感になるほどだからここにも高専があるんだなとなまえは納得した。
往来の人間は真夏にも関わらず全身黒づくめの服を着た男女、方や白髪、方やピンク頭という出立ちの二人を遠巻きに見つつ通り過ぎてゆく。


「もしかしてこの格好目立つ?」
「知らね周りなんてどーでもいいし」


本当に興味がなさそうにいうのでなまえもまあいいか、と気にしないことにした。
なまえの左手を掴んだ右手はそのままに、左手で器用に携帯で何かを調べている五条をよそになまえは興味深そうにきょろきょろと周りを熱心に観察している。


「江戸じゃん………」
「は?」
「東京は江戸感皆無だったけど江戸だよここ!!」
「江戸じゃねーわ」


ゲラゲラ笑う五条になまえはむぅと口を尖らせる。調べ物が終わったのか折り畳みの携帯電話をパチリと閉じ、「行くぞ」という声かけと共に五条はコンパスのような長い脚を迷いなく動かし始める。


「何食べるの?」
「んー?パフェ」
「パフェ?私何皿食べると思ってるの?」
「ダイジョーブダイジョーブ」


すいすいと人通りを抜けて行く五条についていけばずらりとショーウィンドウにパフェのサンプルが並んだ店に到着する。すごい種類だ…、とぽかーんと見つめていればニコニコと店の中に入っていく五条に倣って自分も続く。店内に入ってきた二人を見て目を丸くした女性の店員はすぐにハッと正気に返り空いた席に案内する。


「ご注文お決まりになりましたらお呼びください」


ジロジロと見られることに慣れたなまえは不躾な視線を送ってくる店員に特に思うこともなくメニューを見ようと視線をやればある一点に釘付けになった。


「こっ…これ…!!!!」


そこには一体何人で食べるつもりなんだという大きさのパフェの写真が鎮座しており、見たことのない食べ物になまえはメニューを食い入るように見つめた。キラキラと目を光らせたなまえはしたり顔をしている五条に視線を向ける。待ってましたと言わんばかりの顔であった。


「私のためのパフェ…!?」
「ふはっ!この前京都来たとき見つけたからオマエ好きかなと思って」
「好き!最高!これ!」
「よしよしそれ一人で食える?」
「よゆー!!」


頃合いを見てやってきた店員にスラスラと注文する五条だったが、巨大パフェの名前を告げた途端店員が五条となまえの二人を交互に見つめ「お二人で…?」と言わんばかりの表情をしていた。サングラスをずらして「ダイジョーブなんで、持ってきてくだサイ」とキメ顔で五条が言えば顔を赤くした店員がパタパタと厨房にはけていった。そんな店員の背後を見て思わずなまえは顔を顰めた。


「ねえ」
「ん?」
「呪霊背負ってる人多すぎない?」
「あー、ま、京都って呪術全盛の時代のど真ん中にあった都だったから」
「そうなの」
「もういろーんなとこが呪霊スポットな訳。学生街って言われるほど学校も多いしな」
「ヤバいじゃん」
「東京も負けず劣らずだろ」
「ふぅん」


店内を見回して、呪霊の数を数える。低級ばかりだがこんなに湧いてて大丈夫なんだろうかと思わないではなかった。きょろきょろ見回すなまえを見て「そんな気になるか?」と言った五条がちょいちょい、と指を動かせば呪霊たちが一気に収束して、爆ぜた。


「………こんなとこで術式使うなんてどうかしてる」
「はぁ?オマエがぜーんぜんこっちに集中しないせいだろ」
「なんで私のせい????」


心底わからない、という顔をなまえが浮かべたので五条はこれ見よがしにはぁぁと大きなため息をついた。




「お待たせしました」


そんなこんなで交流会の話や、今年の繁忙期の話、五条が最近ハマっているゲームの話などをしていればお目当てのパフェがようやく到着した。
数人がかりで運ばれてきたそれは凄まじい大きさだった。テーブルのど真ん中に置かれたそれと、取り皿、五条が注文した一人用のパフェが三つ置かれて店員が下がって行く。
店員の顔は本当に食えるんだろうなとでも言いたげな相貌であった。



「いただきまぁす」


喜色満面の笑みで食べ進めるなまえを見て、五条は満足げに微笑んで自分のパフェに口をつけた。この男も、なかなかの甘党である。



「五条ってさ、甘いの好きだよね」
「あ?あぁ、無下限使ってると糖分いるから」

なまえがもぐもぐと盛られた大量のフルーツを口の中にバキュームが如く葬っていくのを見ながら五条は長いスプーンで深い底に溜まったチョコレートソースと溶けたクリーム漬けになったコーンフレークを掬って口へ運んでいく。

「そっか〜常に何か計算し続けてる感じ?」
「そ。いずれは今マニュアルでやってる処理をオートマにしたい」
「?それしたらどーなんの」

食べる手は止めずに五条の術式の話に耳を傾けるも五条は常人には到達できない現代呪術師頂点としての高みへ手を伸ばしているところだった。呪力のないなまえには到底理解できない次元の話だ。

「自分に迫る対象を勝手に判断して触れるものと阻むものを自動選別する感じだな。たぶん無下限出しっぱなしにできる」
「?はあ…努力家だねえ」
「ふはっ何それ。俺にそんなこと言うのオマエくらいだわ」
「なんか手伝えることある?」
「あー、緩急つけた手数ある攻撃とかいろんな種類の暗器大量に投げたりできる?呪具も含め」
「余裕だけど」
「じゃ、頼もうかな。実験手伝って」
「いいよ、普通に怪我させるつもりでいけばいいんだよね」
「じゃねーと実験の意味ないわ」
「術式を常時出しっぱなしって大丈夫なの?」
「反転術式で常に脳は回復し続ける」
「発想がヤバ。できそう?」
「来年の夏頃までにはできるかな」

そこまで聞いてなまえはパフェの真ん中あたりに鎮座していた丸ごとのメロンを取り外して取り皿の上に移しながらハッとする。

「えーーー!じゃあ私五条に触れなくなるの?」
「いや、呪力量、質量、速度、形状とかから危険度を判断して、そのための実験ー………は?」
「?じゃあ敵意がなければ触れれる?」

スプーンを口に含みながら座高の差からか上目遣いでこちらを見やるなまえに思わず五条はドキリと心臓が高鳴った。

「え?うん?え?」

五条にはなまえがどういう意図を持って発言しているのか汲み取りかねていた。触るつもりがあるということ?触り合える関係になりたいってこと?この世に生を受けて十六年間、呪術師としての人生を生まれてきてからずっと歩んできた五条は対人関係、特に初恋なんてものは拗らせに拗らせていたせいで好きな女の子の発言の意図を汲む技量なんて親友たる夏油の半分にも及んでいない。目の前の女、しかもこちらも一癖、二癖もある女だ。こいつから発せられるたった一言なんて大抵意味もないアホな発言ばかりなのにいつも五条を戸惑わせ、思考回路がショート寸前になるくらいには日頃からはちゃめちゃに振り回されていた。
触りたいってことはやっぱり脈アリじゃん?てかそもそも京都で二人っきりで外出オーケーなんだったらもうそれはオッケーってことだろ?思考はいつも通り小学生のように宙を飛ぶが如く飛躍していた。

「無下限常に使えるようになっちゃったら五条に『参りました』って言わせられなくなるな〜って。どうやって攻撃したら有効か考えてた」
「あ、あぁ、そういうコト…」
「え?なに?」
「や、なんでもない」

わかってた、こいつが鈍感馬鹿野郎でただの戦闘狂なのはわかってたよ。こいつほんとに…!わかってやってたらとんだ悪女。酷くない?俺の気持ちわかってんの?わかってないの?この前なんか言っちゃったぽいのは言うつもりなかったやつだからいいけどよ!少しは意識してくれてもよくね?なんで逆に俺がさらに意識させられてんだよふざけんな!という気持ちでジトリとなまえに恨めしげな視線を送れば丸ごとのメロンを嬉しそうに綺麗にほじくって食べているなまえは、控えめに言っても五条の目には可愛く映っていた。
はぁ〜〜惚れたもの負けってこういうことか、と五条は世の中の不条理さに項垂れた。



とっくに自分の分を食べ終わった五条は丁寧に食べ進められる巨大パフェと、最初から最後まで幸せそうにもぐもぐとパフェを食むなまえを見て難しく考えるのも馬鹿らしくなって小さく笑って「まあいいか」と独言た。


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