Act1-22


「京都姉妹校交流会ぃ?」


呪術師にとって一年で一番過酷な労働が強いられる繁忙期も終わりに差し掛かり、暑い日差しが差し込み始めた教室には、珍しく同級生が勢揃いしていた。『普通』の学生とは違って人数が少ないにも関わらず、普段はそれぞれが任務等で誰かしらが外に出ていることが多い。
そんな担任夜蛾と生徒四名しかいない教室に、怪訝ななまえの声が響いた。


「なにそれ」
「高専に京都校があるのは知ってるか」


夜蛾の問いかけにふとなまえは記憶を辿った。そういえば、歌姫先輩がキョウトとやらに行くと言ってはいなかったか?モラトリアム期間にキョウトでジッシュウするとか…?よくわかんなかったから「へえーがんばってね」と軽く言えば先輩が地団駄踏んでた気がする。うんうん、と唸るなまえに小さく嘆息しながら夜蛾は説明を続けた。キョウトなるものの場所を地図で指差しながら京都校の概要を説明する担任の声を頭に入れながら、なるほど、だから西側の任務が少ないのかーと思いながらなまえは納得した。


「で、何するの?」
「東京対京都のなんでもありのバトル」


隣で五条がこちらにバチンとウインクをしてきた。楽しそうに舌なめずりをしている。


「毎年二・三年でやることになっている。来月にな。」
「殺したり再起不能にする以外はなんでもありなんだよ」
「ーや、ちょっと待って。それめっちゃむずいじゃん」
「まあなまえは力抑えないと相手死ぬかもだけど」
「え…?それ私だけの問題じゃなくない…?二人より強い…いや、二人ぐらい強いやついない感じなの?」
「「いない」」
「クソつまんないじゃん」
「ハァー…、普段関わることのない生徒との交流を兼ねているんだ。活躍すれば昇級のチャンスもある」
「あーでもたしかに三年生ってあんまり会わないね」
「雑魚も雑魚だから」
「コラ悟。本人がいないところで言うのは悪口だよ」
「いや、本人がいても悪口だろ」


そういうとこ、ほんとクズ、と五条を視界に入れることなく美しく磨かれた右手の爪をチェックしながら言う硝子に反応するものは誰もいない。
なまえは上級生の顔を思い出そうとするも、うまくいかなかった。初めて邂逅したときに「まさかお前がグラウンド大破したっていう中途入学の…?」と言われこくん、と頷いてからというものの、挨拶しようにも遠巻きにされてなかなか話す機会がなかったのだ。が、上級生になかなかエンカウントしないのは実際は五条家の麒麟児、珍しい呪霊操術の天才、反転術式が使える美女、呪力なしで五条夏油とやりあう馬鹿力という烏合の集まりに上級生が敬遠しているからなのであるが。


「いつどこでだれと任務がバッティングするかわからん。こんな仕事だ。連携を取れなければ命を落とすことだってある。文字通り交流会なんだ。不必要なほどの力を発揮する必要はない」
「手加減しなきゃいけない交流したくない〜めんどくさい〜〜本気でやりたい〜〜」
「なまえが本気出したら京都校壊滅するじゃんね」
「硝子〜〜!そんなの五条も夏油もじゃん!もうやる前から勝敗わかってない?やる意味ある?マジで」
「いつも私たちと楽しげにやり合いしてるなまえが戦うの嫌がるって珍しいね」
「だあって、夏油も五条も本気出しても死なないもん。力の調節してやらなきゃいけないなんてストレス溜まるだけ。歌姫先輩複数相手にしてやるみたいなもんでしょ?イッライラして禿げるわ!」
「おーい、なまえ、オマエも大概だな」


家入から非難まがいの視線を送られるも、なまえは特段気にした様子なく悪びれもせずに悪態をついた。
その様子に家入は若干顔を顰めたが、なまえが星漿体の一件から思うところがあってこうしていることがわかっていた家入はそれ以上追求することなく再び己の爪へ意識を戻した。
なまえはぐてーと上半身を机の上にへばりつかせていかに自分がやる気ゼロなのかをアピールすると。隣に座る五条が悪どい笑みを湛えていた。


「じゃあ繁忙期も抜けたし東京校が勝ったら1週間俺がなまえのシェフやってやるよ」
「ん???」


ピクリ、微動だにしなかったなまえが五条の言葉に反応し目を見開く。かかった。なまえはメシにがめつい。そして俺がわざわざ、わっざわざ作ってやるメシが好きだ。こんなこともあろうかと忙しい合間を縫って寄り付きたくもない本家に帰って料理人に頼んでレシピを頂戴してきた。悟様がお料理を?そんな暇があるのですか?と言いたげな視線を無視して強奪してきた。なまえをオトすならもう胃袋からガッチリ掴むしかない。五条は案外先日の一件にショックを受けていた。まさか自分がまがりなりにも『女』から袖にされるなどとは思ってもいなかったからだ。五条は本気である。



「なまえが腹いっぱーいになるまで作ってやるよ?」
「…まって。それはジャンル問わず?」
「朝昼晩和洋中なんでもござれデザート付きも応相談」
「乗った」
「いつの間になまえは五条に胃袋掴まれてんだよ」
「ちょろい。というか繁忙期が終わったからってさすがに悟に1週間任務が入らないことないだろ」
「任務が入ったらその日の分は後ろ倒し」
「さー!交流会気合入れて頑張ろー!!」



しめた。五条は悪どい笑みを更に悪い顔に染めた。別に一週間シェフなんていつでもやってやるが五条には京都で叶えたいことがあった。今回の交流会はいわばチャンスだ。五条はなまえと二人きりで高専外を歩いたことがない。京都で初デートなんて最高じゃん!決まり!そのためにはなまえにはやる気を出して京都に行ってもらわねば!というワケだ。単純に喜んでいるなまえには見えていないが他の同期と担任はばっちりニヤついている五条を視界に捉えている。



「そのかわり、東京校が勝ったら交流会の後京都デートね」
「キョウトデートってなに」
「んー?京都で美味しいものたべること?」
「なにそれ!サイコーじゃん!」
「おーいだまされてんぞー」
「硝子、やめておいた方がいい。巻き込まれたら面倒だ」
「それもそうだな」



なまえを正常な思考に戻そうとする家入に五条はシーと人差し指を立てて牽制する。夏油もそれを見て家入を窘めれば面倒臭いことには首を突っ込まないことが信条の家入はそれ以降口を噤み、ウキウキする五条とテンションの高いなまえを見守ることに決めた。


暴走する教え子たちを見て担任の夜蛾は深く長いため息をついていた。
ひとまず生徒たちのやる気があるのはいいことだ。ありすぎると別の心配事も増えるが。もう夜蛾は頭が痛くなるので教え子のことを深く考えることはやめにした。


「必要ないかもしれないが、活躍できるように鍛錬しておけよ。上級生とも連携するんだぞ」
そう言った担任の声は4人しかいないはずなのにガヤガヤと喧しい教室に収束されて誰の耳に残ることはなかった。





____________

「えっ?あっつ………」


あれよあれよという間に交流会当日。やる気に満ちた表情で新幹線に乗り込んだなまえは東京から約二時間、同級生、担任、先輩と連れ合いながら京都へやってきた。新幹線から降り立ち、駅のホームに立った瞬間数ヶ月前の沖縄を彷彿とさせたそのむわっとした気温に思わず顔を顰めた。京都、思ってたんとちゃう。日差しは沖縄に比べるとマシだった。


「盆地だからな」
「ボンチ…?」
「湿度が高いせいで暑く感じるんだよ」
「シツド……」
「フフ、なまえは日除けの外套もあるからね。暑いだろうな」


頭のいい同級生たちの会話と耐え難いじっとりとした暑さになまえはうまく回らない頭で呆けている。
「そんなにボーッとしてたら雑魚に負けるぞ」とニヤつく五条にようやく意識を暑さから交流会に切り替えたなまえは「ハッ、シェフゴジョウは私のもの」とメラメラ燃え出した。「誰も狙ってないよ」とは夏油の言。家入はなまえのシェフゴジョウ発言に腹を抱えて笑っている。
引率の夜蛾と三年生は緊張感のないふざけた二年のやり取りにため息をついた。


「そろそろ行くぞ。このままでは遅れる」
「夏油の呪霊に乗って行けたら早いのにねえ」
「一般人に見つかって偉い人に大目玉食らうよ」
「なまえ、呪骸はいつでもスタンバってるぞ」
「スミマセンデシタ。さあー気を取り直して出発〜!」


大きく拳を突き上げたなまえはぞろぞろと歩き出した黒の集団にはぐれないよう、トコトコと後ろをついていくことにした。気温は暑いが初めての姉妹校、なんだかんだどんな人間がいるのか楽しみにしているのであった。




ヒソヒソヒソ、到着するなり特にこれといった挨拶をするでもなく五条、夏油、家入、なまえを遠巻きに見て言葉を交わしている姉妹校の人間を見るなりなまえは上がったやる気メーターが下がるどころかマイナスにカンストしかけていた。
「あれが五条悟…」「五条悟って実在したんだ…」周囲からヒソヒソ聞こえるそれになまえは不快感を示したが当の本人は聞こえてはいるだろうが特段気にした様子なくそれどころかウキウキした様子なのでまあいいかとなまえは周囲から密やかに聞こえる声を脳内からシャットアウトした。
「反転術式使えるんだって?」「呪霊操術の夏油…」「あれがフィジカルギフテッド…呪力ないなんて非術師の分際で何様なの」次いで家入、夏油についても珍しい術式持ちの天才ということで畏怖の念で遠巻きにされはじめたが、なまえに関しては嘲りの対象で、酷い言われようである。成程、五条が特に気にする様子なく無視していた気持ちがわかった。弱い奴にどう思われようがどうでもいいのである。なまえも特に気にした様子なくニコニコと微笑んでやり過ごすことにした。

「硝子!なまえ!」
「えっ歌姫先輩じゃん〜!」
「わ、来れたんですね今日」
「そう、学長にお願いしてね、見学させてもらうわ」
「????なんで歌姫先輩がここに?」
「あんたねえ!前にも言ったでしょ!来年からここで教鞭取るから今実習中!」
「へ!?歌姫先輩先生になるの?!」
「本当にアンタは人の話聞いてないわね!…まあいいわ!私は見てるだけだから頑張りなさいよ!…いや、
程々にね!」


それだけ言って下がっていった庵にぶんぶんと手を振るなまえ。
そんな学生らを一瞥した京都校の学長はこほんと咳払いし、交流会の説明を始めた。姉妹校交流会第一戦目は『チキチキ呪霊討伐猛レース』と名付けられた団体戦を発表され、家入は簡易な救護スペースへ、学生らは所属校毎に簡単なブリーフィングが行われ、その後に戦いの火蓋は切って落とされた。


「呪霊近いね。私行こうか?」
「赫ぶっぱして終わりで良くね?早く終わらしてスイーツ食いに行こう
「え?嘘でしょ…?」
「悟、私も流石にそれはどうかとー」
「術式反転『赫』」


放たれた二級呪霊の位置を正確に捕捉した五条が放った術式は、会場となった京都校内に存在する森ごと破壊し、この一戦の勝利条件であった呪霊は跡形もなく消滅した。そんな五条によって団体戦は開始5秒で終了した。


「………ほら、言った通りじゃん」
「………悟」
「え?俺が悪ぃの?ホラホラ雑魚呪霊とっとと祓いにいったいった!」
「…決着ついてるのにやる意味ある?」
「ハァ……なまえは東側頼むよ。私は西側」
「なんなのこれ?見通し悪いしめんどくさいから私も森壊していい?」


五条のせいで見せ場のなくなった学生たちは呆然と団体戦終了の合図を聞いて立ち尽くしている。
その間に呪霊に乗って上空を飛んだ夏油と木を薙ぎ払って呪霊を猛スピードで祓いまくるなまえが三級呪霊を根こそぎ祓ったことで完全に終了となった。わずか10分の出来事である。ちなみに京都校の会場となった森は五条の無下限呪術とイラついたなまえの適当な攻撃によって東側が更地になってしまっていた。




「お・ま・え・ら・はァァ!!」
「い゛?!」
「おぅふッ」


顎が外れそうな程ポカーンと東京校二年の暴れっぷりを見つめていた夜蛾は我に帰るなり鬼神の如くオーラを纏ってスキップし出しそうな五条と不満そうに口を尖らせるなまえに立ちはだかり方や拳骨、方や呪骸による鳩尾攻撃をキメた。京都校の学長は怒りでぷるぷると震えている。地獄である。
「私悪くないと思いまーす!」と大声で主張する空気の読めないなまえの大きく開いた口には、夜蛾のお前はもう喋るな!という気持ちが伝わったのか呪骸のパンチがめり込んだ。


「ふがふがぁ!ふが!」
「やっば!ウケんねそれ!写メ撮っていい?」
「ふがああ!」


口に呪骸の腕が突き刺さったなまえを見て涙を流しながら爆笑し、携帯電話で撮影をする五条に、何を言ってるのかわからないなまえ、現場は混沌と化している。
改良に改良を重ねた呪骸はなまえの馬鹿力を持ってしても呪力をもって触らない限り破れない作りとなっていた。必死に呪骸を口から取り除こうとするも離れんとばかりに呪骸の足がなまえの首に巻きつき、なまえは呼吸困難に陥りかけている。涙目のなまえに夜蛾はため息をついて呪骸の動きを解除した。


結局姉妹校交流会団体戦は五条の放った一撃で東京校勝利にて終了。怪我人ゼロ、5秒で終了という異例の一戦となり、例年であれば翌日に持ち越される個人戦をそのまま行うことになった。




「夜蛾先生ひどくない?初めて死ぬかと思っ…あ、ニ回目だったわ」
「そのネタもうつまんねーぞ」
「えー!私のとっておきなのに?!」
「おーい二年共、駄弁ってないで順番決めるぞー」



交流会を通じて、なまえら二年組は三年組とようやくうまく交流をとるようになった。新幹線等で京都にやってくる道中、未だ遠巻きに見ていた三年生のニ人組に持ち前の能天気な明るさでなまえがぐいぐいと距離を詰めたからである。案外話し始めると気さくな先輩でなまえはすぐに懐いた。


「佐藤先輩と山ちゃん先輩は術式あるんですか??」
「今更かよ…俺は構築術式、山田の使ってる呪符も作ってるよ」
「私は術式がなくてね、結界術が得意なサポート型なんだけど、佐藤の呪符で一応攻撃もできるよ」
「ほお、構築術式使ってる人、初めて見た」
「そうか?オマエ思ったより絡みやすいなー!」


朗らかに会話しているなまえと三年組の様子に夜蛾はほっと一息ついていた。同期以外の繋がりができることはいいことだ。


「センパーイ、はやく順番決めたほうがいいと思います〜」


そんな空気を壊すが如くぬっと現れた五条が背後からなまえの首に腕を回した。そのままもたれかかってにこやかに微笑みながら会話に割り込むと、穏やかに流れていたはずの空気が固まった。


「そ、そうだな。早く決めよう」
「ちょっと、重いんだけど」
「なまえは何番目に出る?」
「えーやっぱ最初かな?」
「じゃー俺二番目ね」
「…五条と当たった人、可哀想なんだけど」



小さく呟いたなまえの言葉に三年生二人は大きく頷いた。


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