Act1-18


「てんげんさま?」
出てきたワードに聞き覚えがあった。どこで聞いたんだっけ?いや見た?あ、ああそうだそうだ。こちらにきたばかりの頃硝子に借りたテキストに書いてあったあった。
んーと……ハイ、覚えてません。


なぜか昔から呪術師として育ったはずなのに私と同レベルの理解力の五条と一緒にふむふむと夏油と夜蛾先生の話に耳を傾ける。
どうも天元様とはこの呪術界の根底を支えている不死の術式を持った人?人?らしい。人なのかな?
500年も生きてるって、私よりやばくない?人間辞めてるよねそれ。
その方が今まさに人でなくなろうとしているらしい。それを防ぐために星漿体と呼ばれる天元様と適合する人間と同化するというのだ。いや、もうすでに人辞めてますよ、ソレ。と言いたいがやめておいた。
夏油と夜蛾先生の話は非常に難しくて、わかったりわからなかったりする言葉ばかりで、途中で理解するのを辞めた。納得しながら話を聞いている五条はやはり私とは違ってちゃんと呪術師なんだなーと思ってなんだか少し胸がズンと重くなった気がした。



「星漿体って生まれた時から決まってるの?」
「あ?そうだな。天元様は星漿体の少女が生まれてすぐその気配を認知したらしい」
「えっ、じゃあその子は天元様と同化するためだけに生まれてきたってこと?」



私が呟いた一言で場がシーンとしてしまった。あれ、やば。なんか言っちゃいけないこと言っちゃった感。



「………オマエは答えにくいことばかり言ってくれるな」
「ハイ、黙ってます……」



やっぱりこの世界の人間って、大変だ。







「今回の任務、失敗すればその影響は一般社会にまで及ぶッ、心してかかれ!!!」

突然決めポーズを取って大声で捲し立てた夜蛾になまえはドン引きしながらも任務に向かう五条と夏油を見送った。


「なあんか大変そうな任務だなあ」


呪霊ぶっ殺してる方が楽だ。これから500年という長い時間をひとりで生きるということを少女に託すのだから。


「ま、あの二人だから失敗することもないか」


窓の向こうを見やれば先ほどまで手を振っていた五条と夏油が背を向けどんどん小さく遠ざかっていく。さて、今日は座学の後は七海と灰原と呪具を使った訓練の予定だ。こちらも準備に取り掛かろうとなまえは席を立った。






____________

グラウンドに直立不動で立つなまえは迫ってくる七海と灰原を適当にいなしながら度々地面に沈めてはさっさと立てと言わんばかりにハードな訓練を行っていた。
「灰原ァー攻撃したあとの右脇甘いよ〜そこいっつもがらんどう、機動力あるんだからわざと隙にしてカウンターするとかできるでしょ、何回注意させんのー」
「ぐぅ…っスミマ、セン!」
「あと七海ぃー術式のセンスはさすがだけど得物使うこと多いんでしょ?扱い下手すぎるよ!力の乗せ方がなってなーい!さっきのちゃんと見てたの?こうでしょ!!」
「…なまえさんが使うとこっちが壊れかねないのでやめてください」
「こんなんで潰れる武器とあんた達の方が悪い」
七海から奪った呪符の巻かれた鉈を振り落とし空を切る。素振りのくせに風がびゅうと吹いて砂塵が巻き上がった。当たれば怪我間違いなしのかまいたちが起きている。
「ホラホラ私一歩も動いてないよー、一歩ぐらい動かしてみなー」
クイクイ、とハンドサインで挑発されて思わず七海の額には青筋が浮かんだし、灰原は悔しそうに顔を歪めた。





「なまえさんめっちゃ食べるんですね〜!」
「そーなの、動くとお腹すくから」


なまえによる後輩二名のしごきは動けるギリギリまで動いた夕刻まで続き、へばった男二人を両脇に抱えたなまえが男子寮に二人をぶち込んで終了した。
それは動けなくなった二人を優しさから連れて帰っていたつもりだったなまえに向かって「なまえさんは実はゴリラなのでは?ゴリラが人間に擬態しているのでは?」と七海は脳内で考えていたことを正常に回らない脳がミスって本人にぶちまけてしまったことで起こったプチ事件だった。
這いつくばって寮内の風呂場まで行き、どろどろの体を清めれば健全な男子高校生二人は睡眠欲よりも食欲が勝り、食堂へへろへろになりながらやってきた。
やっとご飯にありつけると思った二人にはまた処理落ちを起こしそうな珍事が目に飛び込んできた。
いつの間にこの食堂はテレ東の大食い王決定戦会場になったのだろうか。参加者は一名だったが。
もくもくとなまえの口の中に水のように流し込まれる食糧に先ほどまで空腹を訴えていたはずの七海の腹が鳴りを潜めた。隣をチラと見れば妙にキラキラした灰原。嫌な予感がする。まだ短い付き合いだがこの表情をする灰原に碌なことがないと七海は知っていた。


「僕、いっぱい食べる子が大好きです!!」



やめとけ。お前。五条さんがいたら殺されるぞ?そしてこれはもはやいっぱい食べる子の次元ではない。七海はもう突っ込む元気もなかった。力なく寮母から自分の食事を受け取り、空いた席に座ってさっさと帰るに限る。そう考え動き始めたーーー、



「なまえ、七海、灰原」
「ん?夜蛾先生どうしたの」



数刻前に教室で話した時のようにどこか緊迫した様子でなまえらの前にやってきた夜蛾は「任務だ」と3人に告げる。
「え?3人で?珍しいですね。場所は?今から?」
「…………沖縄だ」
「オキナワ?」
「………沖縄だ!」
「どこ?」
「え!?なまえさん沖縄知らないんですか?!」
「え、あー?うん、わかんないね私馬鹿だから」
「馬鹿とかいう次元でしょうか…」
「そのオキナワ?に呪霊が湧いてるんですか?」
「……悟と傑の補助だ」
「ん??護衛の?」
「今、星漿体に懸賞金がかけられていてな。彼女の世話係が呪詛師共に拉致され沖縄がその取引場所となった。明日の朝取引が行われる。その後15時頃沖縄を出る手筈となっている」
「はあ。」
「お前達には那覇空港の見張りを頼む」
「ナハクウコウ。」
「……すまんが七海、なまえと灰原を頼む…」
「………はい……」
なぜ?上級生の面倒を後輩が見なければならない?というよりなぜ沖縄?そもそも星漿体の任務なんてこの前入学した一年にやらせるものか?これが以前なまえさんの言ってた等級違いの任務ってやつか?でも連絡すべきなまえさんは一緒に行くし、なんなら馬鹿すぎてあてにならない。七海の目は死にすぎてもう何も映したくないとばかりに閉じられた。頭も痛い。脳筋はこれだから…と思うが口には出さない。もう頭の悪い会話を聞きたくないししたくもなかったからだ。呪術師はもしかするとクソかもしれない。







____________

灰原と七海とは食堂で「明日はよろしくね」と別れ、早朝向かわされる任務のために今日は早く寝ようということで満場一致した。どうやら沖縄は飛行機という宇宙船のようなもので江戸のターミナルに似た空港というところから出発するらしい。宇宙には簡単にはいけないがこの日本という国は国内を飛行機で空を飛びながら移動することも可能らしい。やっぱりこういうことを聞くと、違う世界なんだなあと実感する。



ブブブッ
「ん?メール?」


布団をかぶってさあおやすみというところで携帯からの通知音が聞こえてそれに手を伸ばす。



『明日よろしく』


短い文だったがピースした五条とベロを突き出しながら目を細める夏油の写った写真付きのメールだった。背後には不安そうに佇む少女。この子が星漿体だろうか?可愛らしい女の子だ。そういえばこの星漿体の子の世話係が拉致されて沖縄に行くことになったんだっけか。たかが世話係を見捨てずに迎えに行くなんて随分リスクを犯すんだなあ、春雨だったら見捨てられてるだろうなと考えてぶんぶんと頭を振った。
夏油もいつも言ってるではないか。「弱きを助ける」ことこそが呪術師なのだと。私は今弱肉強食の春雨にいるわけではない。助けられる命は助けなければならないのだ。
そもそも側近が拉致られてこんな不安そうな顔した女の子の横でこんなふざけた写真撮ってる場合か?やっぱりこの二人はクズだなあ、と思いながらぽちぽちと返信メールを打つついでにセクシーポーズでも撮って写真を添付するか、と悪ノリして作成したメールを送信してそのまま眠りについた。





ブブ、
「お、返事だ」
『まかせて 五条もがんばるんだよ』

五条は徹夜覚悟のために購入した加糖のコーヒーを飲みながら送られてきたメールを即座に開いてメッセージを確認した。自分と同様添付ファイルがあることに気づき、ぽちぽちと操作して写真を読み込む。


「ブッッッッッッ!」
「……悟」


五条によって口に含まれた甘いコーヒーは目の前にいた夏油に全てぶちまけられることになった。突然コーヒー濡れになってしまった夏油の額には青筋が浮かんでいる。加糖のせいでベタベタ、最悪である。
ゴホゴホと咳き込みながらも真っ赤な顔で携帯を見つめる五条に一体なんだと頭をタオルで拭きながら近づけば夏油はなるほどと独言た。



「あっ!傑!テメーは見んな!」
「これはこれは眼福だね」
「忘れろ!殴れば忘れるか?!」
「フフフ、私の脳はそんなに簡単にできちゃいないよ」


五条の携帯には家入とお揃いと言っていたワンピースタイプのパジャマを着て白い太腿を存分にさらけ出しながらベッドに腰掛けるなまえの姿が収められていた。斜め上の角度から撮っているためか緩んだ襟口からは寄せられた谷間が見えている。絶妙な角度である。五条はこっそりと変えたばかりのグラビア待受を差し替えた。
ギャアギャアと喚く男二人に星漿体ー天内理子の雷が落ちるのは間も無くのことであった。


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