Act1-17


なまえと名乗る一つ学年が上の先輩はひどく不思議な雰囲気のある女性だった。
人当たりの良いニコニコとした笑顔に、誰にでも態度を変えない裏表のなさ。外ではいつも大きな傘をさしていて着ている制服は自分のものと本当に同じなのかと思うほどアレンジされているのを見て、やっぱり一癖も二癖もある上級生の中にいるぐらいだ、この人も変わっているんだろうなとは思った。

その見た目から自分と同じように外国の血でも入っているのだろうかと思っていれば同期が同じ質問をしていた。きっと明け透けに語るんだろうな、と予想していたが「うん?そんなの気になる?灰原ってば見かけによらずえっちだね?」などと言って(なにがえっちなのかは分からない)はぐらかされた。
そもそも何故呪力がないのに呪術師になんてなろうと思ったのか。天与呪縛のフィジカルギフテッドによって呪霊は見えているという。そこのところをやんわり遠回しに聞いてみたことがあったが、「七海は知りたがりさんだね?私のことそんなに気になるんだ?」なんてにやにやと言ってくるのでもう二度と質問なんてしてやるかと自分に誓った。結局彼女は表面的な性格や嗜好などはわかれども、生い立ちなどの詳しいプロフィールは全くわからない、自分のことには深くまで踏み込ませない人だった。



なんとなく苦手だな、と思っていた五条さんに珍しくも声をかけられ、「今日の夜歓迎会開こうってなまえが言ってたけどオマエら時間ある?」と不機嫌な顔で誘われた。気遣いは有難いが面倒だなと思って断ろうとしたが、隣にいた同期が元気に「嬉しいです!勿論大丈夫です!」なんて言いやがったので思わず舌打ちをしかけた。こうなれば己も肯定するしかあるまい、是と返事をすればみるみるうちに目の前の上級生の機嫌が急降下していく。誘ったのはそちらなのに、なんて理不尽なんだと思わざるを得なかった。
だが結局その日の夜にその会が開かれることはなかった。企画したなまえさんが任務で大怪我をして帰ってきたらしい。詳しくは聞かされなかったが、バタバタと高専内にいる人々が慌ただしく動き回っていた。その日から数日、一つ上の先輩たちはとても声がかけられない程の機嫌の悪さで、きっと何か良くないことがあったんだろうなと想像するに難くはなかった。数日後に当の本人とすれ違った際は、初めて会った日と同様にニコニコしていて大怪我したなんて思えないほど元気な様子だった。自分たちに気づくと「この前は私のせいでごめんね。今暇?稽古でもする?」と声をかけられ灰原と頷いた。




訓練中は恐ろしく容赦のない人だ。その細身からは想像できないほど一打が重い。柔軟性も高くどんな体勢からでも攻撃を仕掛けてくる。隙を一瞬でも見せれば的確についてくるし、フェイントをかけようにもスピードが凄まじくとてもじゃないが歯が立たない。しかも彼女は普段と変わらず傘をさしながら攻撃してくるので実質ハンデがあるようなものだ。呪力操作の訓練ついでに術式を使った稽古でも敵うことはなかった。彼女には呪力がないはずなのに。今まで女性にここまでコテンパンにやられたことなどなかったので、少しプライドを傷つけられた気がした。
「これでも手加減してるんだから早く強くなりなよ」
と言った顔はいつも笑みを崩さない表情からは想像もつかないほど冷たくて思い出しただけでも身震いしてしまう。


あんなに人当たりがいいのに、底が見えなくて恐ろしいなんて思ってからは正直苦手な人にカテゴライズをした。やっぱりあの学年にまともな人はいない、というのが七海の見解である。
しかし彼女は自分たちと顔を合わすたび稽古に誘い、的確に弱点を指摘してくる。身体の使い方、筋肉の動かし方を学び少しずつだが自分たちが強くなっているのは事実だった。担任やそこらの教諭から稽古をしてもらうよりよっぽど身になることばかりだ。そして稽古終わりに必ず一言忘れずに忠告をしてくる。
「任務に出た時、明らかに等級違いの呪霊に遭遇したら何より逃げることを優先すること、そしてすぐ私か五条か夏油、もしくは担任に連絡。わかった?」
有無を言わせない圧力だった。そんなこと学生の間で起こり得るのかと思わないではなかったが、あまりの剣幕にわかりましたと2人で答えれば満足げにニコリと笑っていた。




「あ、なまえさんだ。五条さんもいるね」


その言葉に灰原の目線の先を追えば、穏やかに笑い合う二人が見えた。相変わらず距離が近い。たまに二人でいるところを見ることがあったが、仲の良さそうな同期四人で一緒にいる時と、雰囲気がどこか違って見えた。傍から見れば恋人同士のような雰囲気で、いつもは傍若無人で異質なオーラを放つ五条さんも、人並みの普通の男に見えた。なまえさんも自分たちに見せる貼り付けたような表情ではなく、自然に笑い合っていることが見てとれた。


「あの2人、仲良いよね!付き合ってるのかな」
「さあ。そんなにじろじろ見るものでもないでしょう」
「それもそうだね。ね、ね七海〜、この前の任務なんだけどさ、ーー」


五条さんのことも、なまえさんのことも詳しくは存じ上げないが、浮世離れした二人の並んだその光景を見て見た目だけ見ればお似合いだな、となんともまあ月並みな感想を心の中に溢して立ち去った。 











静岡県、浜松市
一級術師冥冥と二級術師庵歌姫が任務に向かって2日、連絡が途絶えている。調査のために呪術高専2年の四名を派遣する。



「あ〜あ、歌姫先輩大丈夫かなあ」
「今頃泣いてるかもな」
「冥冥さんいるから死んではないよねえ?」
「結界の中にでも閉じ込められてはいるかもね」


プシュー、という扉の開閉音とともに新幹線から降り立ち、待っていた補助監督が四人に気づいて手を挙げる。そのまま補助監督の誘導に従おうとした四人だったが、突然五条が「誰が一番早くつくか競争な」と言い出し走り出す。
「はぁ〜?オマエらについてけるわけねーだろ」と家入がブーイング。五条を追うように走り出した夏油は「補助監督に帳を下ろしてもらわなきゃいけないよ」と窘めるも「自分で下ろすからいーじゃん」と五条が補助監督を置き去りにしていく。
それを見ていたなまえは「しょうがないなあ」と言って家入を軽々と横抱きにし、2人を追いかける。「ウケる王子様かよ」「硝子がお姫様なら王子様も悪くないね」キリッと真顔になるなまえの仕草にツボったのかゲラゲラと笑い出す家入。前を走る五条と夏油がペースをどんどん上げていくので家入を抱く腕に少しだけ力を入れた。
「スピード上げる。しっかり掴まってて」
思わず腕をなまえの首に絡めて抱きつく家入。

「うおーはや、怖え。」
「舌噛むから話さないほうがいーよ」

かなりのスピードで走っているが、余裕そうにニコニコしながら話すなまえは五条と夏油に遅れることなくついていく。何分か走り抜けると事前に情報として頭に入っていた洋館が見えた、その瞬間呪霊の結界を六眼で捉えた五条が術式を放った。


「あーあ、帳忘れてない?」


五条によって破壊された場所近くに抱えていた家入をそっと下ろしながらなまえが呟いた。





案の定結界に閉じ込められていた歌姫と冥冥を発見し、難なく呪霊を飲み込んだ夏油。いつものように軽口をかけあいながら高専に戻ってきた彼らに待ち受けていたのは担任夜蛾による帳のかけ忘れに対する鉄拳制裁だった。主に受けたのは同期に売られた五条だけだったが。



「そもそもさぁ帳ってそこまで必要?」
怪訝な顔をした五条はその長い脚を行儀悪く広げて呟く。


「硝子、サングラス似合うね」


五条のかけていたサングラスをかけた家入になまえはかわいいかわいいと言いながらその細い腰に抱きついた。夏油はそんな二人見やりながら不満げに口をとんがらせている五条を諭しているが、五条の方は夏油の言葉を遮りながらタラタラと不満を募らす。


「おい、なまえ離れろ」
「やーだよーん」


家入はぐりぐりと腹部に押し付けられるピンク頭をげしげしとはたいているがなまえにしてみれば蟻が歩いてるのかな?程度のものだった。五条は家入となまえのやりとりを視界に入れながらサングラスを返せとばかりに家入に手を伸ばす。


「硝子がつけてた方が似合うよ」
「いや、前見えねーからイラネ」
「今度お揃いのサングラス買いに行こーよ」



イチャイチャと擬音が聞こえてきそうな二人のやりとりとは裏腹に、夏油は人類全てを見下したような五条のその態度を矯正すべく「弱きを助けよ」という主張を懇々と説いていた。
なまえと家入は夏油と五条の話をろくに聞きもせずにキャッキャと楽しそうに話し込んでいる。男二人の雰囲気はどんどん雲行きが怪しくなっていく。


「弱い奴等に気を遣うのは疲れるよ、ホント」

鋭い顔をして俯く五条に今まで家入と話し込んでいたなまえが「それは同意〜」と口を挟む。やれやれといった表情で夏油は更に二人に言い聞かせるように説いた。

「弱きを助け強きを砕く。ーーいいかい 悟、なまえ
呪術は非術師を守るためにある」
「それ正論?俺、正論嫌いなんだよね」


五条の一言に突然ピリつく空気。今まで自分とよろしくやっていたなまえが男二人に加勢し出したことを察した瞬間ぴゅーっと逃げ出した家入。五条はといえばなまえが加勢してきたことを良しとして眼を瞼の裏側にひっくり返し舌を突き出しながら夏油を煽りに煽る。抱きついていた家入がいなくなったなまえは手持ち無沙汰になった手で頬杖をついて口を開く。

「ま、私も五条に賛成かな。私だって呪術使えないんだし非術師じゃん?ーん?あれ?私呪術師って名乗っていいのかな?てか、自分がやばいときくらい自分で自分を守れなきゃダメでしょ〜前から思ってたけど夏油は弱い人間甘やかし過ぎだって」
「何?ーー外で話そうか。悟、なまえ」
「寂しんぼか?一人で行けよ」
「あはっ、私はいいよ〜使役してる手持ち殺されてもいいならね


顕現する夏油の呪霊にひりつく五条の呪力、ぐっと柔軟を始めたなまえ、今にも戦闘が勃発しそうな空気に、響く戸の開閉音ーーーー、何事もなかったかのように席についた3人は入ってきた夜蛾を出迎えた。
口を開いた夜蛾が五条と夏油に視線を向け二人を指名し、任務を告げる。


「星漿体ー天元様との適合者、その少女の護衛と、抹消だ」



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