Act1-15


「はじめまして!灰原雄です!」
「…はじめまして、七海です」


対称的な男の子2人だなあ、というのがなまえの新入生に対する第一印象だった。
学校内にあるたくさんの立派な木は4月に入ると急に花を咲かせはじめ、今では校内どこもかしこもピンクに染まっている。サクラだよ、と家入に教わったなまえは初めて見る光景に思わずおー!とテンションが上がって、家入と2人でサクラの下で菓子パしたり、五条と夏油もよんでお花見なんてものをしたりしてれば、あっという間に後輩なるものがやってきた。彼女等はついに2年生になった。



「なまえだよ。よろしくね」
「ハイ!よろしくお願いします!なまえ先輩!」
「よろしくお願いします…」
「アハ、畏まらなくていーよ」


なまえは任務の準備を終えて、サクラでも見ながらゆっくり鳥居の前まで降りようと思っていれば、前方に見知らぬ男の子が二人。誰だろう、と思案していればそのうちの一人と目が合い、トコトコと駆け寄って自己紹介された。なんとこの二人が噂の一年生!
元気溌溂とした灰原に、常に眉間に皺寄ってる七海。2人とも体つきがしっかりがっしりしててうんうん、いい感じだね!と独言た。


「私、呪力ないから術式のこと言われてもさっぱりだけど体術になら誰にも負けないから稽古したい時は声かけてね」
「!そうなんですか!すごいですね!」
「呪力がないのに呪術師に…?」
「ウンウン、変だよねえでもそこそこやれるから一緒の任務にでるときは安心してね」
「頼りにしてます!!」「…はぁ、」
「あ、2人とも他の2年には会った?」
「はい!夏油さんと五条さんは寮でご挨拶しました!」


そうなんだあ、もう1人ね、硝子っていう女の子がいるんだよー、なんていいながらわいわい話していれば、新入生のうちの寡黙なほうー、七海はいつの間にか存在を消すように無言になってしまった。
七海ってずっと眉間に皺寄ってるな…ウケる。灰原はなんか自分に似たものを感じる。2人ともいい子そうでよかったーなんてことをなまえが思ってれば最近口を開けば俺たち最強だなんだと言っている五条と夏油が今日も楽しそうに2人で歩いているのを遠目に捉える。そういえば今日の任務は夏油とだったっけ、と灰原と話しながら二人を見ていれば五条のサングラスがなまえを射抜いて、立ち止まった。真っ黒のそれはいつもの蒼を遮ってなまえからは窺えない。あの黒の向こう側の色を想像して、目が離せなくなるー、急に立ち止まった五条を不審に思ったのか夏油も同じ方向を振り返り、なまえを認識する。


あ、こっちへやってくる。



「なにしてんの」
「たまたま一年生に会って、自己紹介してたんだよ」
「ふーん」
「こら悟、一年を威嚇するな」


ポケットに手を突っ込んだままジロジロと品定めするように灰原と七海を見下ろす五条を夏油が窘める。私と初めて会った頃のように態度が悪いなーと内心なまえは呟く。灰原はニコニコとしているが七海の目は死んでいた。


「ガラ悪いなあ。顔面の無駄遣いだよ」
「はあ?俺どんな顔しててもイケてるでしょ?」


顎に両手を当てて目をパチクリアピールしてくる五条に思わずなまえはげんなりした。ー全然可愛くないし普通にゴツい。
そんな五条の振る舞いによって七海の眉間の皺が増したし灰原は五条さんは今日もイケメンですね!なんて的外れなことを発言するーー現場はカオスだ。
どうにかしてくれとなまえは五条のストッパー、夏油にヘルプコールを目線で送ればやれやれといった表情で肩を落とした。


「悟、常識がなさすぎて一年に引かれているよ」
「傑はいつも一言多いよな喧嘩売ってる?」
「ハハハ。…なまえ、準備は?」
「できてるよ」
「あ?なにお前ら任務?」
「うん。何気に夏油と二人とか初めてじゃない?」
「先輩たち、これから任務なんですね!頑張ってください!」


僕たちはこれでーとしきりにお辞儀を繰り返す灰原は一見すると先輩の顔色を伺い媚びへつらうような態度に見えるが、彼が浮かべる爽やかな表情や態度が幸いしてかそんな素振りは見えないーむしろただただいいやつそうだな、という印象をなまえに植え付けた。灰原に釣られて一度ぺこりと頭を下げて静かに立ち去る七海を、なまえは軽く手を振りながら見送った。


「私たちももう行くかい?」
「そだね、じゃ五条ばいばーい」
「おー土産よろしく」


先ほどまでの軽薄な態度を改め、片手をヒラヒラと振って別れの挨拶をする五条に「近場なんだからお土産なんてないよー」なんて笑いながらなまえは背を向け夏油と歩き出す。
「今日の呪霊はどんなかな〜」
「強そうなのがいたら祓わずに残しておいてくれよ」
「え〜手加減できない…」
「たしかになまえに頼む私がバカだったな」
「え??それナチュラルに貶してる??」
「ハハハ」
「笑って誤魔化せてないよ???」



軽口を叩き合いながら補助監督と合流し、本日の任務地へと赴く。






___________



『ァァァ゛ア』

眼前に突如現れた蛇のような巨体は驚くほどのスピードでなまえと夏油に襲い掛からんとしていた。思わず夏油を突き飛ばしたはずみでなまえは体を絡め取られ絞るように締め付けられる。「ぐえぇ」と今にも胃の内容物をぶちまけそうな嘔吐きに夏油はくくく、と笑いながら「助けようか?」と半笑いで宣った。
「結構、です!」と懐に忍ばせた短剣で体に巻きつく巨体を魚を下ろすかのように鮮やかに真っ二つにかっ捌こうとして、はて、と思い出す。

「夏油これ、いる?」
「結構余裕だね。まあなまえのスピードを凌駕する呪霊は珍しいからね。手持ちにストックしておこうかな」
「カッチーン。私がトロイって言いたいの?夏油がぼーっとしてるせいでフォローしないといけなかったからですぅ」
「はいはい、そういうことにしておこう」

相変わらず半笑いの夏油に眉を顰めつつも、ぐぐ、と巻き付けられた腕を広げるように力を入れる。反発するように更なる力で締め付けてくる呪霊に掻っ捌く予定だった短剣を突きつければその衝撃で一瞬呪霊が怯むー、その隙にハンマー投げがごとく太い呪霊の首根っこを捕まえグルグル、と足でステップを踏みながら回転を始め切りの良いところで吹っ飛ばした。それだけでは終わらず、呪霊が次の行動に移す前にぐっと軸足に力を込め呪霊の飛んで行った先までジャンプし、長い体躯の先端、実際の蛇でいう尻尾の部分をむんずと掴んで鞭のように地面に叩きつける。何度か叩きつければ抵抗を止めくてん、と力なく伏したところでそれをそのまま引きずりながら夏油に手渡した。



「……なまえも随分呪霊に慣れたね」
「まあねえ~。」
「ありがたくいただいておくよ」


夏油はなまえが捕獲してきた呪霊をシュルシュルと収束させ、一口サイズへ。それをそのままポケットに収納した。


「飴ちゃんみたいだねグロい色してるけど」
「飴ちゃんなんていいものじゃないけど」
「だってグロいもんね?どんな味するの」
「…食べてみるかい?」


ただの好奇心だった。ポケットに収納したそれを手のひらに乗せ、なまえに差し出す。どんな反応をするだろうか。「そんなのさすがの私でも食べないよ」とでも返ってくるかなと思いきやなまえは目をパチクリして己の手のひらに乗るそれを掴んで口に放り込んだ。


「は?」
「ん?!?!おっえ゛!まず!!!!!!」
「なまえ!!!何してるんだ吐きだせ!!!!」
「ゲーーーーーッくそやべえ!!!!」


見たことのない顔をしながら口に手を突っ込むなまえにおよそ女子がしていい顔ではないと冷静に考えながらもさすがの夏油も慌てた。まさか本当に飲み込むなんてー!バカにも程があるッ!



「あ゛ーーーお、出た出た」



小さな上品なはずの口から出てきたいつも飲み込むソレはなまえの唾液を浴びたからかテラテラと煌めいておりひどく淫靡なものに見えてしまって瞬間頭を振った。


「何やってるんだ…」
「夏油が食ってみるかつったんじゃん」
「本当に食べるなんて思わないだろ」
「うん、この世の食べ物の味じゃないね。てゆーか地球の美味しいご飯に慣らされた私には地獄だよ。
…ん???それってつまり夏油も地獄では????」
「ふ、ふふ、あはははは!!!」



まさか、この味を知ってくれる人がいるなんて、感想を言い合えるなんてー、自分以外の知り得ないはずの呪霊の味を共有することが、こんなに胸の空く思いを抱けるとは思ってもみなかった。
気づかないところでストレスを溜めていたのだろうか。



「げ、夏油?おかしくなった?」
「ふふ、す、すまない…な、なまえ」
「や、いいけど…大丈夫?」
「ああ…なまえ、たまにでいい。これを飲み込む時、隣にいてくれないか」
「?そんなの、いつでもいいけど…」
「ありがとう。とても、助かるよ」


あぁ、こんなに笑ったのはいつぶりだろうか。
なまえと初めて出会ったあの時から、初めは存在を怪しんでいた彼女を受け入れて、仲間と認めて共にあって、親友の、想い人でー、ただの同期で仲間。それぐらいの認識をしていた。舐めていた。
あの親友が、あの軽薄で自分を頂点に据え他の人間を見下しがちなあの悟が、彼女をあそこまで気にして想う理由が、少し分かった気がした。
ついに白状した思いの丈を聞かされる前から、悟の感情はわかりやすかった。何も反射しないサングラスの奥にある瞳は彼女への憧憬と時折自分にさえ向けられる嫉妬の炎を携えていたから。
自分たちの常識を覆す彼女といれば、自分を少し『普通』だと思える。どこか異常でイカれてるはずの自分がそう思えたことなんて今までなかった。きっと悟もおんなじだ。


「なに?夏油ほんとに変だよ?大丈夫?」と怪訝にこちらの様子を伺うなまえに大丈夫だよ、と頭を撫でれば不満げに口を尖らせながらそう、と、頷く。



「さ、悟と硝子が心配するから早く帰ろう」



悟と君の関係が明確に変わるまでは、4人で肩を並べて歩いていけたら、なんてことを考えながら高専への帰路についた。


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