Act1-10


衝撃の初任務以降、なまえは何度かの任務を難なくこなし、夏の暑さも和らぎ金木犀の香りが風に乗って香り始める頃には、三級術師に昇級した。
昇級の推薦をしたのは何度かの任務で一緒になった一級術師の人間で、素直で人懐っこいなまえは任務に行く度特に意図したわけではないが呪術界に根を張るように人脈を築き上げていた。

中にはもちろん呪力がない猿のくせに呪術師を名乗るとは、とも言いたげな態度の人間も一定数いて、そういった人間が突っかかってくる度に「私より弱いのに何言ってんの?暇なら修行でもしてれば」等と突き放していた。

だが、何度も何度もそういった事態に陥ったことでそういう人間に限ってどうも呪術界において高い地位にいたり、良い家柄で育てられた術師であったりすることが多いようで、「誰に向かって口を聞いてる」「御三家に楯突くつもりか」と、まあ弱い奴ほど吠えること吠えること。
春雨でも似たようなことがあったなあ、なんて過去に想いを馳せることもままあった。そう、きっとこいつらは大した実力も持ち合わせてないのに権力だけはもってて、それを振りかざしているんだろうな、ぐらいの思考能力は持ち合わせていた。そういった類の者の対応は、多少ムカついてもハイハイと下手に出ておいたほうがよかったりする、というのがなまえの経験から得た持論である。



「あのさ、ゴサンケ、とは?」



心の底から湧き上がる疑問だった。口を開けば御三家。歴史ある名家がうんたら。お前には胎の価値もない、など。多分嫌味を言われているのだろうが何を言っているのかちんぷんかんぷんで、こちらとしては世間話としても成り立ってない。「ふーん、で、帰っていい?」と笑顔で言えば顔を真っ赤にして憤慨していた。ヤバ、ミスったかも、とは思わないではなかったが最適解がわからない。次につっかかられたときはこの人ストレスでも溜まってるのかな、と思って「そうなんだ。力がないのにいい家に生まれて大変だねえ」と哀れめばものすごい形相で睨まれた。解せない。
毎回毎回同じような人たちにつっかかってこられて私1人ではそろそろ解決が難しいし、悩む時間も無駄だなと思ったので、珍しく同期4人揃って五条の部屋でゲームでもしようと招集された際に晴れない疑問を打ち明けることにした。



「なんで?」



今までワイワイと盛り上がって楽しんでた五条が、スッと目を細めて問いを発したなまえを見つめた。



「最近メンド臭い人に絡まれてて」
「名前は?」
「え、なんだっけ、忘れちゃった」
「何言われた?」
「エ?うーん、猿って言われたり歴史がなんたらとか…あ!あとハラがどうとか!」


私のお腹ってほどよく割れててまあまあセクシーだと思うんだけどどう?と笑えば周りの3人はブリザードが吹いているかのように無表情だった。アレ?みんな笑ってくれると思ったんだけど。



「ごめん、私が悪かった」
「え?」
「呪術師になるんだったら、呪術界のことちゃんと教えなきゃだった。最初に歴史のわかる本でも渡しておけば」
「え?まってまって?なんで硝子がそんなに謝るの」
「非術師の家系出身だと結構言われるからね」
「傑も言われてんの」
「さぁ?直接態度に出されたことはないな」



再び、沈黙。さっきまで楽しい雰囲気だったのになんで。そんなにやばいことでも言ってしまったのか。
イヤな空気の中口を開いたのは不機嫌そうな五条だった。


「そもそも呪術師の成り立ちについてはわかってんの」
「え?えーっと、呪霊をたおすため?」



私の回答にため息をついた五条は「そっからね」と呟くと、むかーしむかし呪霊がもうそれはわんさかいた時代があって、呪術全盛の頃があったというところから話は始まり、そこで力をつけた家の話をし始めた。その家は今も御三家として強い力を受け継ぎながら呪術界に存在を知らしめている、と。
「禅院、加茂、そして五条。それが御三家」
強い術式は種族みたいに血をもって継承されるってことかな?と理解して、ん?と固まる。



「五条って、五条?」
「そ。俺がその五条。うん百年ぶりに生まれた六眼と無下限呪術の抱き合わせ」
「そ、そうなんだ…?大変なところに生まれたね…?」



きっとそれだけレアな存在なのだとしたら生まれた時から『トクベツ』だっただろうし、呪術師になるしかなかったんだろうなあ、私みたいにあっちにふらふらこっちにふらふら〜とは生きられなかっただろう。



「お前ってやっぱ変わってるよな」
「だって私宇宙人?だし」
「血筋は良くてもクズはクズだもんなー」
「悟はどうしてそんないい家柄なのに柄が悪いんだろうね」
「あ?喧嘩売ってる?お前ら」


口は悪いけど、その顔は全然怒ってなくて、五条はいつの間にかゲームで遊んでた時みたいに楽しそうな表情に戻ってたし、硝子も夏油も、もういつも通りだった。



「そういえばさ、夜兎ってほかにもいんの?」
「んぇ?何急に」
「お前みたいなのがいっぱいいたら世界征服なんて余裕じゃね?」
「うん?夜兎はねー昔滅ぼされかけてるから絶滅危惧種らしいよ。あんまり数もいない。私が所属してたとこは夜兎だけだったけど」
「出た。お前まだ他にも闇背負ってんの?」
「なまえはあれだね?漫画でいうところの設定が盛り過ぎて後半はその設定を活かしきれてないキャラクターになりそうだよね」
「ちょっと夏油?!設定じゃないから!」
「宇宙海賊、馬鹿力、大食い、日光に弱い、呪力ゼロ、ピンク頭、チャイナ服で戦う絶滅危惧種」
「おいっ硝子やめろよ!!冷静に分析するのは!笑うだろ!」
「…ねえ、私いじめられてるの?もしかしてみんな私のこと嫌い?」



呟けば、ケラケラ笑ってたみんなが静止してこちらを見つめる。え?別にそんな本気で言ったわけじゃないよ私も?そんな神妙な顔しないで?めっちゃメンヘラみたいじゃん私?



「1人ぐらいクラスメイトに宇宙人がいたっていいよね」



硝子の一言に爆笑が起きた。普通のクラスメイトには宇宙人いねーだろ!と腹を抱えて笑う五条に、そういえばNASAには連絡しなくていいのかな?とスライドの携帯をぽちぽちする夏油。
…やっぱり私いじめられてない?????




「あ、あと昔から呪術師をまとめ上げて呪霊とやりあってたのが今の上層部。今は腐敗して見る影もないけど。ここに目をつけられないように気をつけろよお前は」





ひーと笑い過ぎて涙目になった目を擦りながら言う五条に、え?まだいんの?偉い人。…手遅れかも〜〜、ハハハとは言い出せず、やっぱり面倒な人たちみたいだから今度会ったらとりあえずへーこらしとこかな、程度には意識が改善した。
とりあえず私には圧倒的に知識が足りないらしい。…辛いけど、ちゃんと勉強しよう、心に決めた。
あとみんな、そろそろ笑うのやめて。



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