Act1-9


「こちら、庵歌姫センパイ」


家入がそう紹介する女性に、なまえはハジメマシテ。なまえデス。と挨拶する。庵と紹介された女性がニコリと笑って「歌姫よ。今日はよろしくね」と握手を求めてきたのでなまえはいつか五条といた女性だな、と思い出し、ハイと元気よく目の前の手を握り返した。そう、元気よく、だ。もちろんそれをみた家入は止めようと思った、が止める間も無くなまえは庵の手を握り返していた。


「いぃッ?!」
「あー、なまえ離してあげて」
「えっ、私なんかまずった?!」


なまえは慌てて握った手を離すと庵は離された手を涙目で摩った。なんだこの馬鹿力は。私もしかしなくても嫌われてる?初対面の一年に?と『今年の一年』に信用を置いていない庵がなまえからの信じられない挨拶を受け、そう考え至るのは当然とも言えた。


「なまえ〜、だめだろ?歌姫は弱っちいんだからお前みたいなゴリラが握ったら手粉砕しちまうぞ」


自分のことを舐め腐っている『今年の一年』の片割れをギロリと睨みつけ、なんでここにお前がいるんだと言わんばかりの視線を犬猿の男、五条に投げつける。
それより、この男は今なんと?私への罵倒はもちろんのこと、目の前の女子にゴリラと言わなかったか?この美少女に?

そういえば先日からよくグラウンドがクレーターまみれになったり、半壊したりしているのは転入してきた1年の仕業だと聞いていた庵はまさか目の前の虫も殺せ無さそうな華奢な女子が?!と目を剥いた。
あんなことをやらかす新入生は勝手に男だと思っていたし、今日の任務については五条と夏油が任務中に発見した呪霊の被害者で、呪力ゼロのフィジカルギフテッドの一年女子が同行すると聞いていた。身寄りの無い女子だと言うことも。目の前の女子を認識したときに、たとえ体格が天与呪縛で優れていようと、さすがにか弱そうなこの子であれば地形を変えるほどのことまではできるまい、今年の一年は転入生が2人もいるのか〜程度に思っていた。
先程の握手はどうもわざとではないらしくなまえは五条に言われた『ゴリラ』を気にすることなくごめんね、大丈夫?と申し訳なさそうにこちらを気遣っていた。タメ語かよ、と思わないでもなかったが、目の前の女子が件のグラウンドを大破した張本人らしいということ、日傘で覆われた顔の肌の白さや着用しているチャイナ服、ツッコミどころの多すぎる見た目等々いろんなことが頭の中を行ったり来たりして渋滞してしまい、深く考えるのはやめた。



「今日は、初めての任務なのよね」



そう、ついになまえは初任務に向かうこととなった。同行者は庵歌姫、呪術高専の四年生、先輩にあたる人物だった。



「うん、呪霊は私が全部ぶっ殺すつもりだから、歌姫は見てるだけでいいよ。楽にしててね。センパイだし。」


にこり、なんの嫌味もなく放たれた言葉に庵はピシリと固まった。こいつ、五条と同じタイプか?と家入を見やれば「すいません。ただの馬鹿なんです」と苦笑いしていた。



「そうはいっても、あなた呪力がないんでしょう。何が起こるかわからないからきちんと補助するわ。そもそも今日あなたは見学!あと先輩には敬語ね、それと歌姫先輩。」
「け、けいご?」
「いーよいーよなまえ、歌姫、生理だからって人に当たるのはよくないよ」
「生理じゃねーよ!!!!!!てかなんでお前がいるんだよ!!!!!」
「お見送り〜なまえ、たかが三級呪霊なんだからさっさと帰ってこいよー、俺もサクッと済ませてこよー」



ヒラヒラと手を振って五条は立ち去っていった。
人を煽るだけ煽ってあのクズ野郎と庵は思わないでもなかったが、これからいくのはまだ四級の新入生を『見学』に連れて行き、任務に慣らせるため指導を促す先輩としての任務でもある。二級である自分にとって三級程度の呪霊に手間取ることはないだろうが、気を引き締めなければ、とストレスの原因である男は思考の中からぽいっと投げ捨てた。


「今日は私が呪霊を祓うからきちんと見てるのよ」
「え?イヤです」
「は?」
「せっかく闘えるのに。大丈夫、一つ残らずぶっ殺します」



ニコリ、と美しく微笑んだ女に庵はふらりと倒れそうになった。そんなに言うなら勝手にしちまえ!ちょっとくらい痛い目に遭ってしまえ!
なんてことを思いながら庵がじとりとなまえを見やれば家入と「敬語ってこれであってる?」「間違ってはないけどあってもない」「エー」なんて会話している。
埒があかないので、さっさと行くわよ!といえばハァイと軽い足取りでついてきた。いや、緊張感ゼロか…?








庵歌姫は、美味しそうにクレープを頬張るなまえの横で白目を剥いていた。クレープを売るキッチンカーの横に並ぶ2人の姿を遠巻きに見る周囲はひそひそと「巫女服とチャイナ服ってやばくない?」「モデル?」「なんかの撮影とかかな?」などと言っては通り過ぎていく。
結果といえば、今回の呪霊の跋除は一瞬で終わった。なまえのぶん回した傘の一太刀で。帰路に着いた途中なまえの猛烈な腹の虫が鳴り、お腹が空いたと泣きべそかく後輩に仕方がないと何か食べたいものがあるか尋ねれば目を輝かせながらあれ!といって指差したのがクレープだった。奢るよといえばありがとうございます!!!と言って食べ始める様は素直で可愛いななんて思ったりしたが撤回させていただこう。今口に入っているのは9個目。左手に持っているのは10個目である。本当になんなんだこいつは。遠慮というものがないのか?それより胃袋どうなってんだよ。




東京はその土地柄上住む人が多く、他の都市と比べて呪いは集まりやすく力も地方とは比べようもない。
比較的近場の任務地に補助監督に連れられてきた二人は、人っこ一人いない人気のない暗い路地裏に入る。
ずっと差していた傘をなまえが閉じた瞬間、近くの建物から飛び出し襲ってくる呪霊に遭遇した。
三級だと思っていた呪霊が、二級に進化しそうだということもざらにある。今回はそうだった。かつ、その呪霊が蠅頭などの低級呪霊まで引き寄せていたのだから、面倒な任務になりそうだと時間のかかる己の術式を発動しようと庵が考えた瞬間だった。



「あれだね?もういい?」
「なに、がー」


言い切る前に隣にいたはずのなまえは一瞬で姿を消し、呪霊の目の前まで迫っていた。あ、と思った瞬間には右手に持った傘を遠心力を利用し、居合切りの要領で振り切り、飛んでいた蠅頭も一匹残らず射程に捕らえた見事な一撃だった。傘が振り切れるのと同時に周りの空気まで震え、周りの建物は突然吹いた大きな風にあてらればらばらと音を立てていた。全ての呪霊が霧のように消滅し、陰鬱だった路地裏のイヤな気配がすべてなくなるのを感じる。




「エ?やば。クッソ雑魚じゃん」



まじ?ウケるんだけどと言いながら笑ってなまえは振り返る。待って。これのどこが四級なの。少なくとも二級、いや準一級でもおかしくなくない?庵のひりつきカラカラになった喉は、それを言葉に出すことができなかった。



「センパイ?怪我ない?…デスカ?」



さっきまで呪霊に向けていた傘を広げて再び日除けにしたなまえは辿々しい言葉遣いでにこりと笑った。
庵が思ったことといえば、「今年の一年マジでどうなってんの?」だった。



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