Act1-7


ぶらんぶらんと揺れる紙袋は中に入る衣服が動くに合わせガサガサと大仰な音を立てている。紙袋を揺らす張本人はとても気分が良いと言わんばかりにスキップをしながら歩いていた。



「嬉しそうだね」
「うん、私こっちの服が性に合わなくてさ。慣れなくて。カスタムいっぱいしてもらったんだ〜」
「なるほど」
「あとで夏油にも見せたげる」



浮き足立ったなまえはきゅるん、と効果音がつきそうなウインクを夏油に飛ばして女子寮の棟に入っていく。教室では急に脱ぎ始めようとして夜蛾に止められるほど制服を着たかったようなのですぐにでも出てくるかもしれない。談話室にでも行くか、と夏油は自室に向かっていた足を方向転換させる。
愛嬌があって明るくて程よく馬鹿。そんな彼女は陰鬱な職業である呪術師には珍しいタイプでまだ共同生活をし始めて日が浅いが、周りの雰囲気も少し明るくしているような、そんな影響を感じられた。







夏油から受け取った紙袋は寮に帰るまでに乱暴に扱いすぎたのか若干ひしゃげて形が変わっていた。中の衣類もおそらくきちんと畳まれていただろうにぐにゃりとあらぬ方向に曲がっている。特に気にした様子もなくひょい、とお目当てのものを抜き取りばっと大胆に広げれば、同級生となった3人と同じような黒、しかしその形状は他の3人とは全く異なる制服が日の目を浴びた。



「わー!完璧じゃん!」



出来上がりに大層満足しているのか着ていた長袖のシャツワンピースを早々に脱ぎ去り、手慣れたように制服を着用する。セットにされていた黒のホットパンツとニーハイブーツを履き、室内に設置された全身鏡に映る自分を確認し、満足げにポージングを決めた。



「いい感じ〜硝子に見せよっと」



今日予定あるって言ってたっけ?部屋にいるかな?と勢いよく自室の扉を開け、隣室をノックする、も室内から気配は感じられない。残念、留守だったか、せっかく着たんだから誰かに見て欲しいな〜と思ったところで先程夏油にあとでみせるねと言ったことを思い出した。男子寮の方まで行ってみようと思い立ち軽快なステップで駆け出す。男子寮で大声で名前呼べば出てくるよね?となんとまあはた迷惑なことを考えていたが、基本的になまえの頭の中に配慮という文字は登録されていなかった。



「げーとーおーくーん!」



空気はビリビリと震え、窓ガラスはガタガタと鳴る。どこかで地割れでも起きているのかと思うほどの騒音だった。離着陸の直前の飛行機の真横にいるのかと思わずにはいられない爆音が東京都立呪術高等専門学校の男子寮で鳴り響いた。



「うるっっっせえ!!!!!!」



バァン!と扉を蹴破らんばかりの勢いで男子寮の一室から五条は飛び出した。こんな規格外のことしでかすやつは1人しかいない。あいつだ。グラウンドでたまたま見かけた歌姫をちょちょーいとからかって楽しみ、ふんふんとご機嫌で帰ってきた直後の公害レベルの騒音。
ふざけんなあいついっぺんしめると男子寮の入り口まで長い足を利用してずんずんと歩くと想像した通りのピンク頭。ぴくぴくとこめかみに浮立つ青筋、右手をグーに拳を作りあの腹立つピンク頭に一撃お見舞いしてやろうと近づけば「あ、五条じゃん」とふわりと笑うなまえの姿を認識し、五条は思わずぴたりと静止する。



「どう?みて?制服できたの。かわいーでしょ?」



出会った時に恐らく着ていたのであろうものと似たスリットの入った黒の長袖のチャイナ服がくるん、と回ると同時にひらりと舞い上がる。タイトなそれはなまえの体にピタッと沿い、ラインを表現していた。足元は黒の長いブーツ。脚のほとんどがそれに覆われているが、舞い上がった裾、スリットの部分から制服の色とは対局的な真っ白な太腿が現れた。
それは、果たして制服と呼べるのか?いくらカスタムが可能とはいえこれはカスタムの次元を超えているのでは?そもそもお前肉弾戦のはずだろ?そんな服着てたら邪魔だし中見えるだろ?馬鹿なの?馬鹿だろ。馬鹿だったな。馬鹿の三段活用だった。



「あ、いまえっちなこと考えたでしょ!えっちな顔してるー!!」
「お前なんかで考えるわけねーだろこの馬鹿」
「中はちゃんとはいてるよーだ!あ、見たい?」
「おまっ本当に女か?!」
「ほらあーえっちなこと考えてたー!」



五条きゅんはお子様ですねー?ぷーくすくす、と揶揄うなまえに鎮まった五条の青筋が再び浮き上がる。



「おまえ、肌晒すのよくないんだろーが…」



もっと別のことを言うつもりだったのに、まるでなまえの体質を案じるようなことを言ってしまった五条は、思わずしまったと顔を顰めるが、もう既に言葉は口をついて出てしまった後である。頭をガシガシと掻きながらなまえを見やれば、キョトンとした表情でこちらを見つめていた。



「心配してくれるんだ」
「…せっかくいろいろ整えてやったのにすぐ死なれたら時間の無駄だろ」
「ふふっ大丈夫だよお、地下に潜って生活してたりしたらますます悪くなるみたいだけど、適度に浴びてたら日に晒されてもすぐ死ぬことないし。」
「そうなの。この前はすぐ赤くなってたぞ」
「ほんと?呪霊に喰われて肌が弱ってたのかもね。
こっちのが慣れてて動きやすいし外套もあるからさ。あんまり可愛くないから着てこなかっただけ。暑いし。
それにこーゆーの着てた方が相手油断するから楽ちんなんだよ。まあ呪霊にはきかないだろうけど」



今の五条みたいにね、と言う言葉は言わないでおいた。顔を突き合わせば売り言葉に買い言葉で喧嘩をしているけれど、なんだかんだ心配してくれたりするんだと嬉しくなったからである。
にこにこ見つめていれば五条はそうかよ、と言ってそっぽを向いてしまった。なんだ、可愛いところあるじゃん。
ふふふ、と思わず笑ってしまう。揶揄われたと思ったのかクソっと悪態付きながらこちらに視線をよこす、と同時に後ろに現れた男の存在に五条の視線が止まった。




「なまえ、さすがに声が大きいよ」
「えっ、あ、ごめん。早く見て欲しくて。部屋に戻ってなかったんだね」
「任務帰りで寝てる人がいるかもしれないから、寮ではできるだけ静かにするんだよ」
「はぁい、ごめんなさい」
「制服、驚いたな。とても似合っているよ」
「だよね?めっちゃ可愛くしてもらえた。任務行くの楽しみだなあ」
「そんなこと言うの君ぐらいだよ、ね、悟」




傑がこちらに近づいているのは気配で察していた。それは目の前のなまえも同じだったようで突然かけられた声に驚くそぶりもなく流れるように続けられる会話に仲の良さが滲み出ていて。お前らいつからそんなに仲良くなったんだよ、と少しモヤモヤとした感情が浮上していた。そのことに、違和感。
なんだ?と逡巡しているうちに声をかけられてはっとした。



「はっ?あ、…あぁ。…」




なんとも気のない返事をしてしまって、いつもの俺らしくない。そういえば、こいつは馬鹿でかい声で傑を呼んでいた気がするし、傑もこいつが頓珍漢な制服着ていることに特に驚いた様子もない。もしかして、待ち合わせでもしていたのだろうか。




「へぇ、悟のそんな顔初めて見たな」
「は?何…」
「いや?何もないよ」
「どうしたの?」
「ふふ、そういえばなまえ、硝子にはもう見せたのかい?」
「ううん、どこにいるのかわからなくて。」
「さっき談話室ですれ違ったよ。もう部屋にいるんじゃないかな」
「ほんと?じゃあ女子寮もどるね!ばいばい」
「またね」


「………お前ら仲良いな」
また流れるように和気藹々と続けられる会話。何だか面白くなくてぴょこぴょことピンク頭が跳ねるようにこの場から離れたのを確認して傑に話しかければぽかんと呆けたのちにぶは!と盛大に吹き出した。



「何笑ってんだよ」
「いや?君達見てると退屈しなさそうだ」
「あ?」
「ふふ、怖い顔して。嫉妬も大概にしないと嫌われるぞ」



は?嫉妬?誰が誰に?と問いかける間も無くじゃあねと傑は自室に続く廊下をスタスタと歩いていった。
何言ってんだあいつ?俺が?あの単細胞馬鹿力女を?絶対ねえわ!ーーーー今日何度目かわからない不快感に頭をがしがしと掻いて、ムカつくから夜中にAV大音量で流してやった。隣だし聞こえてるだろ。





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