Act1-2


何棟かのビルが聳える都会の一角に突如現れる闇。一般人には知覚できない闇の中では外の静寂とはかけ離れた轟音が鳴り響いていた。


「チッチョロチョロめんどくせーなどうせ廃ビルだろ?全部壊していい?」
「ダメだよ悟。被害は少ない方がいい。」
「蒼使えば一瞬で終わるのに?」


苛立った表情で相対する異形ー呪霊を追い詰める白髪の青年、もとい悟と呼ばれた男ー名を五条悟というーは頭をぽりぽりとかくと気怠そうにため息をついた。その横でニヒルな笑みを浮かべる黒髪の青年は五条に声をかける。


「あっちのビルにも湧いてるね。私はそちらを始末してくるよ」


ビルは壊しちゃダメだよ、と軽口を言ってどこから取り出したか黒髪の男は使役する呪霊に飛び乗り、廃ビルを後にした。
仕方ないと身を竦めた五条は身を潜める呪霊に一歩、一歩と近づく。


「さっさと終わらせるぞ」


五条が掲げた手に吸い寄せられるかのように身を潜めていた呪霊はその瞬間には霧のように蒸発していた。
虫のように湧いていた等級の低い呪霊も、彼の手によって瞬殺されていく。建物はできるだけ傷つけないように配慮しながら。
全て跋除が完了したところで彼は黒い制服のポケットから折り畳み式の携帯端末を取り出した。



「あー傑?こっち終わった」
『私も完了したよ』
「じゃ、はやいとこーーーーなに?」
『悟?』



ぞわり、突如異様な呪力を感じた矢先、全ての呪霊を祓い終わったはずだった空間に歪みができた。歪みは徐々に大きくなり、にゅるり、新たな呪霊が顕現する。



「あー、もう一匹でてきやがった」
『そっちに行こうか?』
「や、俺一人で十分」
『では補助監督のところで待ってるよ』


おう、と返事をし電話を切って無造作にポケットに携帯電話を突っ込み、戦闘態勢に入る。



「オ腹イっっっパァい」


クネクネと腰を揺らせながら現れる呪霊に五条は眉を顰める。大きさは規格外のデカさだが、人型をとる呪霊は珍しい。しかも、人の言葉を操っている。今までいた雑魚とは呪力量も段違いだと彼の眼ー六眼は認識した。



「どっから湧いた?」
「ニィーーーオマエモ喰ッちャウぞッ」
「…傑、取り込むかな」



帳を下ろした補助監督の話では、被害者は避難が完了していたようで怪我人が数名いる程度だとは聞いていたが、この呪霊の話からどうも既に喰われた人間がいたらしい。調子に乗って己も喰おうとする目の前の呪霊に不快感を覚えすぐに掌印を組む。呪霊を操る友人はよく強い呪霊は生きたままにしておいてほしいというのでここ最近は、強そうな呪霊は半殺しにして差し出すようにしている。少し手加減をすることにして術式を発動させた、その瞬間呪霊の右肩から腹部のあたりまでに風穴が開いた。



「アガッ?」
「あれ、意外と弱かったな。ま、この程度じゃ傑もいらないだーーー」



ろう、と続けるつもりだった言葉がつまる。呪霊に空いた風穴、腹部のあたりに五条は違和感を覚えた。腹部、人間で言う胃のあたりに見える脚のような細長いそれ。まさか、喰われた人間が生きている?六眼には何も映っていない。死んだ骸か?怪訝にそれを見つめていると先程の攻撃が致命傷になったか呪霊がさらさらと消滅しかけていた。
呪霊と一緒に消えるのも可哀想かと彼にとっては滅多に発動しない人への情けが気まぐれに湧いてきたので、飛び出る脚をひっぱることにした。



「助けてやれなくてわりー…な…?」



呪霊の腹から出てきたのは、透き通るほど真っ白な身体、薄桃色の長い髪を持ったまぎれもない人間だった。チャイナ服のような衣服は所々千切れ、服の役目はほぼ果たしていない。曝け出された脚には何箇所か銃弾のようなものが撃ち込まれているのが確認できる。五条は驚愕の表情を浮かべるもすぐに頸元で脈を確認した。
とくん、とくん、特に微弱になることもなく規則的な鼓動を感じひとまず安堵し、ポケットに先程突っ込んだ携帯を慌てて引っ張り出す。



『終わったかい?』
「傑、怪我人がいる。呪霊の腹からでてきたけどいちおー生きてる」
『……呪霊に喰われても生きてたってことか?とりあえず、硝子に診せよう。』
「わかった」


とりあえず着ていた服を女にかけてやり、そのまま肩に担ごうとするも、しばし逡巡したのち膝に腕を入れて横抱きにした。その際髪に覆われて見えなかった顔が露出する。身体と同じようにシミ一つない真っ白な肌は少し青ざめているように見えた。スースーと規則的に息をしていることを確認し、己を待つ友のいるところまでなるべく抱える女を揺らさないように少しだけ意識をかけながら歩き始めた。







「急ごう、硝子には連絡してある」


己の姿を視認した黒髪の男ー夏油傑は、両腕に抱かれる女の姿を一瞥した後一瞬目を見張ったが、すぐに帳を解除した。暗かった景色は次第に昼の明るさを取り戻し、太陽の光を数時間ぶりに浴びる。今年の夏は特に日差しがきついな。急に明るくなった視界に思わず顔をしかめる。



「…っ…」
「悟、待て。様子がおかしい」


今までピクリとも動かなかった女の呻き声に夏油が反応し、女を見やれば、五条がかけてやった上着から露出していた脚や顔が真っ赤に爛れ始めていた。



「急になんだ?」
「…もしかして、肌が極端な白さなのは日光に弱いからなのかもしれない。」
「……こいつ、呪力も全く感じられないし、変なやつだな。」
「呪力がない?全く?それで違和感があったのか」
「天与呪縛かもな」
「…ひとまず、車に運ぼう」



夏油は急いで上着を脱ぎ女の足にそれをかけてやり、できるだけ日光が当たらないよう五条は影を歩くことにした。
高専から乗ってきた車の前で待っていた補助監督は夏油からの連絡があったからか落ち着いた様子で後部座席を開けた状態で待機していた。
五条は素早く女を運び込み、自身もその横に体を滑り込ませた。夏油も助手席の扉を開け、大きな体を滑り込ませる。



「銃弾食らって呪霊に喰われて、何の欠損もなく生きたまま発見される日光に弱い呪力ゼロの女ってやばくね?」
「それだけ聞くと何か漫画のストーリーの1つでも始まりそうだね」
「設定盛りすぎだろ!」
「ハハ、違いない」



そもそもこの日本で銃弾食らうなんてありえねーしとつぶやく五条は車窓に体を預けたまま寝こける女の銃槍を確認しようと足元を見やる。
コロン、コンコン。脚に埋まっていたはずの女の脚から銃弾がおもむろに抜け落ち、傷にはなっているものの出血は止まっているようだった。



「こいつ、ロボットかなんかじゃねーよな?」


じゃねけりゃ宇宙人?自嘲しながら落ちた銃弾を拾って助手席に座る夏油に手渡しする。



「……怪しい人間なのは間違い無いな」


なんにせよ、放置するわけにはいかないだろと夏油は銃弾を眺めながらどっかりと腰を皮張りのシートに落ち着かせた。





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