おやすみ

生まれて初めて、死を目の前にしているかもしれない。強いヤツと闘うのは日常茶飯事だが、こちらの攻撃を無効化するような相手と戦うのは、初めてだったからだ。何を言っているのかわからないって?大丈夫、私も今何が起こってるのかわからないから。


顔の見えない黒いマントを被ったやつらは、艶々と光り輝く数々の銃口の焦点を全て己に向けていた。それよりも恐ろしいのは、目の前に在るー禍々しい存在感を放つ化け物だ。おそらく、天人ではない。今まで感じたことのない気配に思わずゴクリと大きく喉が鳴る。この眼前に『いる』わけわかんない化け物なんなわけ?全容がわからなさすぎるせいでマジでどうしたらいいかわかんない。一人で余裕だと思って調子に乗っちゃったな。こんなに苦戦するなんて思わなかったよ。ーーと薄い桃色の髪を持つ女は窮地に立たされていた。

所属する宇宙海賊「春雨」の得意先であった『桃源郷』らは最近怪しい術?とやらを研究し始めたかなんだかできな臭い動きをみせていた、らしい。反乱されると面倒だから潰してこいと言われてやってきたら、たしかに、何か変な術を使っているようだった。はじめは視覚でもいまいち認識できなかった。第六感ようなものでそこに『ある』と知覚できるようになった『人型はしてるけど絶対に生き物ではないよくわからないもの』に攻撃されて、ギリかわせてるけどいつまでもつかわからない。ていうかこの化け物この怪しい団体が生んだんだよね???めっちゃ攻撃食らって死んでるんですけど。なんならあいつらあの化け物見えてなくね?やばくね?馬鹿なの???私の攻撃は物理は多分あたってるけど、ダメージがないのかこちらを襲う力が全然緩まない。攻撃が後手後手に回ってしまい、気づいたら討伐対象のヤツらに囲まれて、銃撃されそうになっている、という状況である。
発砲音が次々に耳を劈く最中、夥しい量の銃弾が己に迫っているのを、スローモーションのようにゆっくり感じていた。ムカつくから持ってた番傘で撃ち返してやったら生き残ってたやつらほとんど死んだ。いくつか銃撃受けちゃったけど。生き残りを殺そうと動き出した瞬間、またあの化け物がたぶんそこにいるし、何かエネルギーのようなものが集まっている気がして、本能がこれはやばいと警鐘を鳴らす。
やばい、たぶんあれに触れると死ぬ気がする。今まで感じたことのない死線に触れた気がして、冷や汗が背中を伝う。

『キヒッ。ヒヒッ、旨ソうダ。仕留メる止メる、食ウゾ』

気持ちの悪い笑い声まで聞こえてきた。その瞬間『何か』に体を拘束され、抵抗する間も無く身体ごと何かに飲み込まれるような感覚を受ける。ねちょり、これ化け物の唾液?まじできもい。


あぁ、ここまでか。ヘタこいちゃったなー。最後が訳のわからんものに丸呑みにされるなんて想像もしなかったなー。きっと弱っちい死に方しやがってって怒られるだろうなー。


「だんちょ、先に逝くね」


たくさんの生き物を屠ってきた私たちは、いったい最期はどこに行き着くんだろう。天国なんかつまんないとこ、行ってやらないもんね。きっと終着地は同じだと思うから、先に行って楽しんでるね。みんなは、ゆっくりおいでね。おやすみ。


意識を失う最中、眩い閃光が目に飛び込んできた気がした。何かに食われたと思ったんだけど死ぬ時ってこんなまぶしいんだ。あーやばい。眩しすぎて目開けてらんない。今度こそさようなら。暗転。








ぽつぽつ、ぽつ、ザァァァー…

突然降り始めた強い雨は、銃弾を食らって事切れた数多の死体から出る血液を洗い流していく。
そこには先ほどまで死闘を繰り広げていた化け物と女の姿はすでにない。


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記録
宇宙海賊『春雨』第七師団団長補佐 なまえ、討伐任務対象との交戦後に連絡が途絶える。同団団長 神威が調査に向かうも交戦の跡は確認できたが、該当団員の姿は確認できず。討伐対象は既に壊滅状態であり、数名の生き残りが確認されたが拷問のため確保した1名を除き全て神威により排除。拷問対象より『異世界より霊魂の召喚をしていた』『女は贄となり、霊魂は消えた、おそらく女が仲間を殺したことでこちらからの力の供給が途絶えたため』などと供述を確認。なまえの死亡を断定。拷問対象は必要事項確認後直ちに神威により排除完了。




「あいつなにわけのわかんない死に方してんの。死体もないなんてさ。」
「…団長」
「ハァ。行くよ、阿伏兎。おれたちも死んだらいつか会えるさ」
「へいへい。ーじゃアな、なまえ。また地獄で会おうや。」


いつもニコニコと人好きの笑みを浮かべる青年の目は珍しく開眼しており、その蒼い目で女の戦ったであろう場所を一瞥し、綺麗に編まれたコーラルピンクの髪を翻しながら踵を返した。阿伏兎と呼ばれた男は苦々しい表情を浮かべながらそれを見守るも、振り返る青年の表情が普段の様子に戻っていることを確認し、同様にその場から立ち去った。



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