夜兎と七夕の追憶

「たなばた?」

なにそれ?ー聞き慣れた彼女の「なにそれ」に苦笑を漏らす。難なく終わってしまった任務でやってきた商店街の店先に下がる笹の葉と短冊飾りを見てあれなに?なんかの祭り?と聞いてきた彼女への回答にさらに疑問が返ってきた。
血生臭い人生を送ってきたらしい彼女が七夕にまつわるあれそれを知らないのも当然か、とだいたいの七夕伝説の概要と伝承を伝えれば聞いてきたくせに興味のなさそうな返事が返ってくる。


「じゃあ、夏油は何をお願いする?」


今日晴れそうだからそのコイビトたち会えそうじゃん、という彼女の言う通り、梅雨真っ只中の七夕には珍しく今日は快晴だった。


「なんだろうな…願い事なんてしばらく考えたこともなかった」
「私はね〜おなかいっぱいご飯食べられますようにー!かなー!?」
「その願いを叶えてくれるのは寮母さんだね」
「たしかに…」


うーん、と顎に手を当てて真剣に願い事を考え始めたなまえにくすりと笑みを溢す。



「おっ、兄ちゃん姉ちゃん、デートかい?」


ふいにかけられた言葉に振り返れば、笹の葉が大量についた大きな竹を担いだ男性が快活な笑みを浮かべていた。



「ーいえ、学校の課題で商店街の調査中なんです」
「へー最近の学校ってそんなことまですんのか」
「おじさんその竹すっごいねー!!いろんな飾りついてて綺麗」
「お、そうだろそうだろ。商店街のお客さんにつけてもらったやつでなー、今夜の星祭りで神社に飾るんだァもう出店も出てるからよかったら寄ってって」
「「星祭り」」


きらきらと輝く蒼い瞳の中には星が瞬いているようで本当になまえは子供みたいだ。
「寄ってみる?」と言えばこくん、と頷いて提灯の続く道を歩く。
「お祭りってなにがあるのかな」
「さあ、なまえは楽しめると思うよ。出店って焼きそばとかりんご飴とか…食べるものが多いだろうし」
「えーっまじ?!速攻願い叶っちゃうね」
「君の願いが簡単すぎるんだよ」
「いいじゃん。簡単に叶う願いのほうが、すぐ達成するから幸せな気持ちになるよ」
なんでもないように言ったなまえの言葉にたしかに、と胸がすくような気持ちになった。
「夏油も難しく考えないで!今一番したいことって何?」
今一番したいこと、呪霊を祓う?義務だとは思ってるけどしたいことではない。なんだろう?そういえばいつも義務と責任のことばかり考えていたような気がする。
自分のしたいこと、今、何がしたいか。


「なまえと星祭りを楽しむことかな」


そう言えば少し驚いたような表情をしたあとになまえはニコリと笑った。


「いいね!すぐ叶う!」


行こう!と私の手を取ってお囃子の音が聞こえる神社に駆け出そうとするなまえに仕方ないなと笑って豆がたくさんできている手を握り返した。





雨粒の音が聞こえて意識が浮上する。懐かしい夢を見た。ブーブーと音を立てるスマートフォンがしばらくすると鳴りを潜め、見知った名前の着信があったことを知らせる通知が表示される。その上の日付を見て、あぁ、だからあんな夢を見たのかと合点がいく。窓から空を見上げれば、音からわかっていたが曇天が広がっており、今年は願いは叶わないのだろうかなんてことを思った。


ディスプレイにはまだ幼い双子がぎこちなく笑った写真が収められており、少し時間が経つとそれも暗転する。


もう会うことができない彼女の笑う顔を脳裏に思い浮かべて、それを霧散させる。叶っても無駄なことは願わない。いつもの袈裟に袖を通すことにした。