佳き日

話したいことがあるから今度二人の家に行っていい?硝子も都合つく日に。と言ってきた傑に勿論、と答えてからというもの、なんの話をされるんだろうと二人でドキドキしていれば、数日ぶりに集まった四人で囲んだテーブルで、ふふ、と赤らめた顔を弛緩させる傑は、照れ臭そうに後輩のあの子との交際を始めたことを報告してくれた。少し…いや、かなり驚いたけれど、幸せそうに微笑む傑の表情を見てずっと喉の奥に刺さっていた小さな小骨のようなものが取れたような気がした。
ほっと胸を撫で下ろす硝子と私に対して、幸せそうな傑をむすっとした表情で見つめるのは─夫であり彼の親友であり相方の悟。お行儀悪くテーブルにつけた片肘で頬杖をつきながら口をとんがらせてわかりやすく拗ねていた。


「おめでとう、昔からあの子のこと好きだったもんね」
「……やっぱりバレてた?」
「気づいてない奴いたか?」
「……僕聞いてないけど」
「気づいてない人ここにいたね」
「悟はまあ……うん。そういうとこあるから」
「どういうとこだよ!」
「そういうところだよ、クズ」


お前あいつのこと好きだったの?!いつから?!ていうかいつの間にあいつらのこと見つけてたの?!教えてよ!僕なーんも聞いてないよ?!え?!僕相方だよね?!ていうかその前に親友だよね?!なんで?!なんでこんな全部事後報告?!いい加減にしろよ!お前昔からそういうとこ変わんねーな!!
…急に立ち上がって学生時代を彷彿とさせる言葉遣いで唾を飛ばすぐらい怒鳴り始めた悟にちょっと落ち着いて、と宥めるけれど傑とあの子の関係に気づいてないあたりは……と、当時のあれこれを思い出してしまってどうしても胸が痛む。昔から心の内を見せるのがあまり得意でなさそうだった傑が、あの子と二人きりでいる時にひどくリラックスしているように見えることがよくあった。その時の二人の雰囲気がすごく柔らかくて繊細そうで、すごくお似合いだなあと思ってはいたけれど、なんらかの報告を受けるまでは見守ろうと思っていた矢先、あの子と灰原くんが任務で亡くなった。その後の傑は見ていられないほどで、なんと声をかけていいのかも分からなくて、毎日の呪霊討伐に追われて結果的にちゃんと傑をフォローできなくて、でも、あの時に執拗に声をかけていれば、何かあの先のことが好転したのかなと後悔した回数は数知れず。そんなあの子が私たちと同じように生まれ変わっていて、やっと結ばれたんだと思うと自然と涙腺が緩んでしまいそうだった。



「…ごめんね、悟。あの頃の私は彼女と恋人になりたいとかそういう気持ちはなくて、…それでも、急にいなくなられることなんて、ちゃんと覚悟してるはずだったのに、どうしても受け入れられなかったんだ」
「…………それは、まあ、わからなくもないけど」
「……ずっと悟となまえが羨ましかったよ。学生時代から恋人同士だったことも、生まれ変わってもこうして運命みたいに導かれてたことも。…私には前世からのあれこれをどうこうするなんて許されないと思って諦めてたんだ」
「そんなこと!」
「…悟や、硝子となまえとこうして呪いのない世界を生きてるだけで充分だって思って生きてたんだよ」


少し寂しそうに微笑む傑の表情で、その言葉が紛れもない本心であることはすぐにわかって、あまりの切なさにきゅうと心臓が縮こまる。
前世で学生時代を共に過ごした時も、再会してから何度も顔を合わせてた時も、一度も見せてもらえなかった傑の内側に漸く入れてもらえたような気がして、私の涙腺が決壊した。「なんでなまえが泣いてるの」とさっきまで怒っていた悟があわあわし始めて、勝手知ったるように我が家のティッシュケースを取りに行ってティッシュを差し出してくる硝子から渡されるティッシュを目頭に押しつけてなんとか涙を引っ込ませた。「私のために泣いてくれてありがとう」とあんまりにも優しい表情で微笑む傑が見たことないくらい幸せそうで、少し引っ込んだ涙がまた溢れてきた。


「やだあ〜もう泣かせないでよ…っ!明日の撮影目がパンパンだったらどうしてくれるの…!」
「あはは、大丈夫、なまえはどんな顔でも綺麗だよ」
「嘘でしょ傑がフェロモン垂れ流しで怖い……やめてちょっとドキってした!」
「傑?!?!?!僕の前でなまえ口説くなんて死にたいの?!」
「ええ口説いてないけど。私が口説くのはもうあの子だけだから」
「オエ、砂糖吐きそう」
「硝子失礼だな」


おめでとう、よかったね、なんて言いながら泣いて笑って、怒ったと思えば思い切り笑って、瞬きの間にみんなの感情がすぐコロコロ移り変わっていくのが、やっとやっとあの頃に戻れたみたいで嬉しくなって、やっぱり泣いてしまった。
どうしてこうもみんなして生まれ変わっているのかは全然分からないけれど、きっと前世のみんなが心の中に抱えていたささやかな願いにも似た呪いが何らかの形でこうやって具現化して、生まれ変わらせたんじゃないかなと思った。いや、そうだといいな、と思う。


「硝子、傑」


私の声に、硝子が持参したお酒を開け始めていた手を止めて、傑が子供みたいに煽る悟の口元を引っ張っていた手を緩めた。ずっと準備していた白い封筒を二通取り出して二人の眼前に差し出せば、さっきまで傑とやいやい口喧嘩をしていた悟も居住まいを正して畏まるから、急に気恥ずかしくなる。そんな私を察したのか、傑への招待状を勝手に開けた悟がじゃーんと嬉しそうに二人にそれを見せつけた。

「結婚式、きてよね。僕となまえが幸せになるとこ、一番いい席で見せてやるよ」

瞳がこぼれ落ちそうなほど目を見開いて、「仕方ないな」と二人して珍しく目元を潤ませるもんだから、今日の私たちずっと情緒不安定だねと言えばみんなして泣きながら笑っていた。







昔はこうでさ、あはは、そうだね。なんて、懐かしすぎる前世の話を肴にお酒を酌み交わしていれば、あ、そういえば。と硝子が唐突に触れて欲しくない話題をぶっ込んだ。

「なまえ、ドラマ見たよ。アレ、マジでヤってないの?」

硝子のニヤニヤした悪巧みする笑顔で思わず口に含んだお酒を吹きかけた。ようやっと沈静化した悟の不機嫌が火山の噴火前のようにまたぐつぐつ沸き始めている気配がした。

「してるわけないから。前貼りもしてるし」
「なんだ。全裸じゃないんだ。いい体してるよね、あの人」
「………」

そうだね、ともそんなことないんじゃない?とも言えずただ閉口していることしかできない。悟の顔が段々般若の面のように歪み始めているのが視界の端に映る。なんとか悟の機嫌を回復しようと「でも、悟の方が綺麗だし、昔から変わらない目で見つめられると安心するし、私のこと全部わかってくれてるからいつも全身で愛されて包まれてる感じするし、幸せだし……」なんてフォローするつもりで言ったそれが、惚気のように余計なことまで漏らしてしまったことに気づいて全身がカッと燃えるように熱くなった。

「………なんか浮気した後の言い訳にしか聞こえなくて余計イラつくんだけど」

え、ええ……私かなり恥ずかしいこと言ったのにその上怒られるの……?相変わらず眉を釣り上げる悟と絶望する私を面白がる硝子に挟まれて、あまりの居た堪れなさに体がどんどん縮こまっていく。傑助けて、唯一救世主になり得るかもしれない存在にアイコンタクトを送ればそれに気づいてくれたのか、お酒を飲んでやけに上機嫌な傑が「ああ、」と口を開いた。

「そういえばこの前大喧嘩したんだって?」

………全然助けてくれる気がない。むしろ火に油注いでる。…え?嘘でしょ?この場に私の味方はいないわけ?

「お、大喧嘩っていうか…まあ、私が悪いんだけどね…」
「そうだよー!なまえが僕のこと忘れて平気で今世生きてきたなんて愛の浅いこと言うからわからせたんだよ僕の愛。大きくて深ぁあーーーいの」
「あー、なまえついにバレたんだ。それに五条のソレは重いの間違いだろ。ヘビー級だよ」
「待って硝子なまえが昔のこと思い出したの最近って知ってたの?っていうか重いの駄目なの?よくない?軽いよりいいでしょ、ホラ大は小を兼ねるって言うし、ね?」
「うんうん、わかるよ悟。前世の分も積み上がってるからもうドロドロに熟成されてるんだよね」
「傑わかってんじゃーん!なんだよお前あんなに何にも興味なさそうにひらひらしてたくせにがっつり拗らせてんじゃん」
「まあ、熟成ワインって美味しいもんね」
「……そういうことじゃないぞ、なまえ」


私たちを呆れた眼差しで見つめる硝子が「ま、幸せの形は十人十色か」と笑った。
この日は結局、みんなで夜通し昔話をして、あの頃のようにトランプしたりゲームしたり、気づけば四人でリビングで雑魚寝をしてしまった。目が覚めた瞬間に痛む体には顔を顰めたけど、昔とちっとも変わらない三人の寝顔を見たらこんな日があっても悪くないかと思える。もう二度と戻らないと思っていた、昔は当たり前だったはずのこんな朝を迎えられるのが奇跡としか思えなくて、カーテンの隙間から差し込む朝日がやけに神々しく目に映った。









コンコンッ軽いノックの音にはぁい、と返事をすると、キィ、と開いた扉から入ってきた硝子と鏡越しに目が合った。すぐに振り返れば、昔懐かしい面々が続々と入ってきてくれて、思わず頬が緩む。私を見て少し驚いた表情を浮かべたみんながそれぞれヒールの音を鳴らしながらこちらに近づいてきた。


「おめでとうなまえ」
「キャー!なまえ綺麗!」
「冥さん、歌姫先輩お久しぶりです!お忙しいのにすみません」
「構わないよ。五条くんが行き帰りの飛行機をファーストクラスで用意してくれてたからね。優雅な旅だったよ」
「まさか来てもらえるなんてねって悟とも話してたんですよ」
「今日は各所のお偉方が来ているだろう?五条くんと君にはまだ用益潜在力を感じるからね」
「もう、冥さん?!こんな席までそんなことやめてください!五条はさておいてなまえが可哀想でしょ!」
「あはは、悪い悪い」

いつのまにか悟が所在を見つけていたらしい冥さんは現在海外在住らしく、久しぶりにあったとは思えないぐらい変わりがなくてなんだか少し安心した。
相変わらず銭マークを手で作る冥さんにお変わりないですねと笑えばまあね、と微笑まれる。悟の今世でのお父様は大きな会社の経営者で、そういった関係の方や芸能関係のお世話になった方も方々お招きしているので、もしかしてコネクション作りに来たのかも。歌姫先輩と冥さんの昔と変わらないやり取りに本当に生まれ変わったのか、昔の夢を見ているのか、よくわからなくなりそうだった。

「なまえ」

薄く微笑みを湛えながらスッキリとした表情の硝子と目が合う。なんだか、親友というよりも母のように見守られているみたいなその眼差しに、ぶわわと急に涙腺が緩む。…最近の私の涙腺、ガバガバになりすぎだ。

「今まで見たなまえの中で今日が一番綺麗だよ」
「……硝子……、」
「お、すごい。女優ってほんとに化粧崩さずにポロポロ涙溢せるんだね」

パシャパシャと私の写真を撮る冥さんに思わず笑ってしまう。

「もう、それ売らないでくださいよ冥さん」
「ああ、駄目かい?マスコミに高値で売れそうなのに」

口端を釣り上げて笑う冥さんは相変わらずだった。冗談か本気かわからない言葉に堪らず声を出して笑ってしまえば、ダメですよ!なんて叱っていた歌姫先輩も、硝子も笑い出す。

「ほら、せっかく綺麗なんだから、泣いてるより笑ってる方がいい」
「…うん、」
「あとでまたお話ししましょ!」

白いハンカチを差し出す硝子からそれを受け取って涙を拭き取れば軽く化粧を直される。鏡に映る白いドレスに包まれる自分は、自分ではない誰かのようだった。少し、緊張して顔がこわばっているからだろうか。それとも、今日朝起きて、この会場に来てから一度もまだ悟に会えていない不安からかも。みんながいなくなった控え室で最後の調整をして、ゆっくり立ち上がる。薄いレースでできたヴェールを下ろされて、視界が柔らかな白に包まれた。…昔は見える景色黒ばっかりだったのに、今世は白がよく目に入る気がするなあ、なんて思いながら白髪の増えた今世の父の腕を取った。目元を赤らめる父はとても嬉しそうで、前世の父にもこの姿を見せてあげたかったな、と思い出したらまた泣きそうになってしまった。

生まれ変わってから今まで、似たようなシーンを数え切れないほど撮ったことがあったから、流れもわかっているし緊張なんてしないと思っていたのに、これが本当に悟と私の迎えた結婚式なんだと思うと、急に緊張感が襲ってきて指先どころじゃなく体が震え始める。これから入場する重厚な扉が開くのがやけにゆっくりに映った。全てを反射する大理石の向こうにウェディングドレスを纏っているこちらが霞んでしまいそうなほど真っ白な悟が私を待っているのが、薄い布越しに見える。

─……なまえ。
近くて遠い距離にいる悟が、賛美歌の響く中で私の名前を呼んだのがはっきりとわかった。

ゆっくり、ゆっくり、悟に向かって歩く。参列してくれている人の中に悟が忙しい中探してくれた昔から見知った顔がちらほらと目に入る。こちらを見つめるその視線に挨拶をしたいけれど、一歩一歩悟に向かって歩いて行くのに柄にもなく緊張してしまってそれどころではなかった。悟まであと一歩、そんな距離で父に腕を離されて、悟へと託される。差し出された手と手が触れる時、かつてないほど手が震えてしまった。そんな私の震える手をぎゅうと強く握りしめてくれたのにつられて見上げれば、眉根を顰めた悟が口をキュウと引き結んでいて、なんとも言えない表情を浮かべていた。それはどういう表情なの?なんて思えば無駄に力んでいた力が抜けていく。突然体の震えがぴた、と止まり、握られた手からじわじわと温もりが伝播してくるみたいだった。悟に手を引かれて、そのまま腕を絡める。牧師から紡がれる聖書のことばが教会内に響き渡るのを、どこか遠くのことのように感じながら静かに聞き入った。ただ、死が二人を分つまで、と言われてもあまりしっくりこなくて。少しの違和感を感じながらもお互いに愛を宣誓し合って、悟の手によって視界を遮断されていた白い帳をあげられる。ようやく何の隔たりもない悟の瞳と目があった。


「…また、いつか死がやってきても、なまえを離さないよ。僕たち魂で結ばれてるから」
「……え、」
「すごく、綺麗だね。ずっと、ずっとなまえとこうなる日を夢見て生きてきた。ありがとう、なまえ。あの日からの約束、守ってくれて」


悟が、そう言って一筋涙をこぼした。もうその瞬間に、本当にいろんなことを思い出した。…結婚式で、血塗れの自分が死にゆくところを思い出す新婦ってあんまりいないんじゃないかな。あまりにも今この瞬間が幸せすぎて、少しだけ怖くなった。「愛してるよ」と私にだけ聞こえる涙声が鼓膜を揺らしたことで、つられるように私の瞳からも涙が落ちていって、お互いに泣き顔を誰にも見られないように吸い込まれるようにキスをした。









「はい、誓います」


式場の中で反響したその声に、え?と思わず声が漏れそうになって慌てて口を閉じた。本当にこれ五条先生の声?と思わず声に出して言ってしまいそうなほど、俺が頭の中で記憶していた声と全然違うその声に、隣で参列してた釘崎も、先輩たちもちょっとびっくりしたみたいに目を丸くしてて、だよね、俺だけじゃないよね!と少し安心する。ただ、俺たちが顔も知らなかった『五条先生の恋人』を知っていた伏黒だけは、安堵するみたいにゆっくり胸を撫で下ろしていたから、きっと今俺は信じられない奇跡みたいな瞬間を目の当たりにしていることだけは分かった。
五条先生の、嬉しそうな幸せそうな、それでいて覚悟のようなものが滲んだ真剣なその声は、俺が知ってる『五条先生』のものとは全然違っていた。
五条先生は俺にとって先生で、世界にとっての抑止力で、強くて、隣に並び立てる人なんていない、唯一『最強』に君臨してた人だった。

「先生彼女とかいんのー?」
昔単なる興味本位でそう先生に問いかけたことがある。隣で伏黒がオイ!と咎めてきたのには気づいたけど、先生はそんな伏黒をいいよいいよといつもの様にケラケラ笑って制止して「うん、いるよー。もう何年かなー君たちの歳の頃から付き合ってんの」なんて幸せそうに優しそうに笑ってたから、「すげー!ジュンアイじゃん!じゃあもうすぐ結婚とかすんの?!」って聞いたら「それはあの世でのお楽しみに取ってあるんだ」なんて少しだけ寂しそうな声が返ってきて、その場の空気が凍った。そのまま伊地知さんに引きずられるように任務に行った先生がいなくなったあと、事情を唯一知ってた伏黒が先生の恋人が何年か前に任務で殉死したことをそれとなく教えてくれて、釘崎と伏黒に殴られた。悪いことしちゃったな、今度謝らないと…そんなことを考えながら先生がその恋人を過去形で一切話してなかったことを思い出して、胸が少し引き攣れたことを今でも覚えている。

『みょうじなまえさんと結婚します!!!!』

─生まれ変わってから初めてテレビで五条先生と羂索…じゃなくて、夏油傑を見た日、全部思い出した。思い出してから、それを思い出したくなかったと思った日がないとはいえない。先生め〜!って思った日もある。けどまあ、先生も芸人なんてやってるくらいだから今は『今』だって割り切った。それからずっとテレビの向こうでの活躍を応援してた先生が、綺麗な女優との結婚を宣誓した。うっそお。先生あんなに一途に恋人のこと想ってたのに結局生まれ変わったら違う人なん?しかも自分は芸人で相手は男みんな憧れの人気女優。
そもそも昔のこと覚えてないとか?いやいや先生に限ってそれはねーよな!俺先生のせいで思い出したようなもんだし!ていうかまあ、あの女優綺麗だけどさ〜!…いや、うん、前世からの恋人と結ばれるなんて、そんなこと普通ないわな。そもそもみんな生まれ変わってるとは限らないわけだし。…いや、でも、それでも先生にはジュンアイ貫いて欲しかったっていうか。なんか先生も結局普通の男なんだなあ、なんて思ってちょっとがっかりした。そんな矢先のこと。



「ヤッホー悠仁、久しぶりぃ。突然だけどね、僕今度結婚式するんだー、ほら悠仁たちには教えてあげたことあったよね?僕の恋人の話。招待状渡すからみんなで僕の純愛見届けにきてよ」
「ご、五条先生…!?」


テレビで見るサングラス姿の五条先生が、突然目の前に現れた。相変わらず神出鬼没だし、何で俺が住んでるとこ知ってんのとか、もういろいろ突っ込みたいところ満載だったけど、やっぱり『五条悟』は『五条悟』なんだと思わされた。─まさか、女優のみょうじなまえが前世の先生の恋人だなんて、思いもしなかった。


ゆっくりと歩いてくるウエディングドレス姿の先生の恋人は、びっくりするぐらい綺麗だった。当時「彼女を他の男に見せたくないんだよね、たとえ写真でも」なんて嫉妬心丸出しで写真さえ見せてもらったことがなかったその人は、今世でテレビで見てた時より、もうそれは何百倍も綺麗だった。先生の隣に女の人が並び立つところなんて今まであんまりイメージがつかなかったのに、先生が彼女を見つめる瞳があんまりにも優しくて穏やかで、びっくりするくらいしっくりきて驚いた。
二人して涙をこぼしながらキスを交わす瞬間なんて本当に映画やドラマみたいで。全然、ホント二人がどういう馴れ初めで結婚に至ったのかなんて全然知らないのに、勝手に涙が出てくる。スンスンと鼻の啜る音がそこらで聞こえる中で、先生と先生の恋人は信じられないくらいの時を超えて夫婦になった。


豪華な披露宴はさすが芸能人〜って感じで、バラエティでよく見るMC芸人がその場を回してて終始笑いが起きていた。余興なんて最早テレビ見てんのかってくらいの盛り上がりだったし。その後先生が声をかけて集められた前世の呪術関係者だけの二次会で漸く、見慣れた面々が目立った傷も怪我もなく、健康にちゃんと生きてることを実感して、またガキみたいにボロボロ泣いてしまった。

「悠仁どうしたの〜?!めっちゃ泣いてんじゃんウケる。そんなに僕らの結婚式感動した〜?!」
「ぜんぜ〜〜〜ッお゛め゛でどおおおあ〜〜〜ッ」
「…………アレ…誰悠仁に酒飲ませたの」
「……シラフよ。ジュースしか飲んでないわ」
「こんにちは、みんな悟の生徒さん?はじめまして」
「…っ…!…〜〜〜?!ほんとにみょうじなまえ…!」
「あはは。私も呪術師だったから、変に緊張しないでね」
「バイ゛ッ゛!虎杖悠仁ですっ!なまえさんって、呼んでいいですか!」
「ふふ、いいよ〜、悠仁くん犬みたいで可愛いね」
「ふっふ〜ん生徒諸君、どうよ僕の奥さん。可愛いでしょ?綺麗でしょ?羨ましいでしょ〜〜〜?!」
「悟、いちいち横抱きしないで恥ずかしいから」
「いいじゃんもう無礼講だよ〜っめんどい関係者も締め出したんだし〜!みんなあ!僕のなまえもっと見て〜〜〜!?」
「………ありえない!なんでこんな人気女優がこんな馬鹿目隠しと!」
「ちょっとちょっと野薔薇〜?先生に向かってその言い草はないんじゃない?」
「うるっせえ!今は芸人だろーがッ!大体なんで諸悪の根源とコンビ組んでんだ!テレビであの顔見るたびに背筋竦むんだよ!」
「だーかーらー、渋谷のアレは僕の親友じゃなくて〜…」

「恵くん久しぶり。元気だった?」
「…はい、あ、おめでとうございます。なまえさんほんとにアレでいいんですか」
「あはは。うん、アレがいいの。…あ、お父さんと仲直りした?」
「………親父は……まあ。すみません、今日。五条さんと会いたくないそうです」
「あはは、うん、そうだと思ったよ…えーっと、そっちは…」


先生と釘崎が言い合いをしながら、先生に抱かれてるなまえさんが楽しそうに笑いながら伏黒や先輩たちと話している。遠くの方では、夏油、さんがこっちの騒ぎを困った顔で見つめてて、あの人も大変だなあとなんとなく体を乗っ取られたことのある同志のようなものを感じて共感しながら見つめていれば見たことのない女の人が夏油さんに寄り添いながらナナミンや家入さんたちと楽しそうに話していた。…ナナミンの周り、知らない人多いな……。ナナミンのあんな穏やかな顔初めて見たかも。


「悠仁〜!みんなで写真撮るよー!おいで!」
「あ、はーい!」


カメラマンが構える大きなカメラに向かって、みんながポーズを決める。はいちーずぅ!五条先生のやけにテンションが高くてホワホワしてる…うーん、悪い言い方をするとバカっぽい声で、みんながわははと笑った。誰がどう見ても幸せがこの空間に溢れていて、終始先生となまえさんを取り巻く全てが眩しくて仕方がなかった。



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