祓本五条の爆弾発言でお茶の間が凍るまで

長い眠りから目が覚めたみたいに、すっきりした気持ちで目が覚めた日があった。今まで朧げに感じてた不安感、違和感みたいなものに全部答えを与えられたみたいな。
恐ろしいほど長くて、早く目覚めてほしいとさえ思う悍ましい夢を見た。夢だと思っていたそれは目が覚めた瞬間泣き腫らした顔の両親に抱きしめられたときに夢じゃないことに気づいた。その両親は確かに自分の両親なはずなのに、『違う』。そして自分の見えている景色が、今までと全く違っていた。それまで何の違和感もなく生活してたとは思えないほど『おかしい』景色だった。見えない。何が?呪力の流れが。呪力?そうだ、力が練れない。無下限が発動しない。無下限?自分の体が自分のものじゃないみたいだ。危険なものを排除する術がない。震える己の手を持ち上げて驚いた。小さい。何だこの体は?体が熱い。小さくなっている?何かの術式か?いや、待てー、違う。今までこの体で生活してきた、記憶がある。なんだこれ、なんだこれ。あ、そうだ。

「ぼく、しんだんだ」


発した声は、自分が想定してたものよりも高く、ずっと拙いものだった。そうだ、僕は『生まれ変わった』。この世界には呪力がない、術式もない、ましてや何でも見える六眼もない。すごく平等で、自由で、不便だと思った。だけど、生まれた時点で決まったレールもない、何にでもなれる、何でもできる、そう思うと心が躍った。生きていて初めて覚える感動だった。

どうやら僕は、高熱を出して何日か寝込んでいたらしい。そんな子供が、急に意識を取り戻したと思えば「しんだ」なんて言えば母親が卒倒するのは必然で。父親はそんな母親と僕を必死で宥めていて、あぁ、こんな『普通』な家庭に生まれ落ちてきたんだと驚いた。
体調が落ち着いて、自分の姿を確認するとさらに驚いた。前世の僕と全く姿形が変わらなかったからだ。タイムスリップでもしてんのかと思ったけれど、いつまで経っても練れない呪力、当たり前だったはずの六眼の視界が戻らない。『普通』の人間の視界ってこんなだったんだっていう感動と苛立ち。明らかに経験したことのない一般家庭で親の愛を受けながらの生活にやはりこれは生まれ変わりだと結論付けた。記憶さえ戻らなければ愛ある両親に育てられ真っ直ぐ『僕』は育ったんだろうなあと思った。もう手遅れだけど。

幼稚園に行くことになった。僕は同世代の人間とうまく遊ぶことができなかった。なぜなら精神年齢がもうそれはそれは、明言は避けるけれどもとてもじゃないが子供の遊びができる年齢ではなかったから。幼稚園に行くと聞いて本当に長いため息をつきたくなった。早く大人になりたい。そういえば僕と同じように生まれ変わった人間はいるんだろうか。会いたい人がたくさんいる。こんなに『何もない』世界ならきっと、あいつとも、彼女とも、彼らとも、楽しくて、平凡で、ただただ幸せな毎日を送れるんじゃないかとそればかりを楽しみに生きていた。だが、どれだけ待っても僕の前に『大切な人たち』は現れなかった。もしかして、この世界に生まれ変わっているのは僕だけなのかも。僕を置いて死んでいった彼らに会いたい。もう一度人生を共に歩みたい。あの世界のことを無かったことにして、新しい人生を歩まなきゃいけないことはわかっている。だけど僕には諦めきれないことが多すぎた。

今世の父親は、どうやら大きな会社を経営しているらしかった。以前と比べても遜色のない裕福な生活に僕ってやっぱりそういう星のもとに生まれる運命なんだなと思った。小学校、中学校は有名な私立の学校に入れられたけど、びっくりするほどつまらない。高校は自分で選んだ場所に行きたいと言えば、両親は特に反対することなく僕の自由に学校を選ばせてくれた。

高校生になった。僕が前世で『あいつら』に出会った年齢と同じだ。もしかして、と期待する気持ちがなかったとは言えない。だけど、これで出会えなかったら、もうこの気持ちは封印して、僕はこの世界の五条悟として生きていこうと決めていた。入学式の日、年甲斐もなくひどく緊張して学校の門を潜ったのを今でも覚えている。貼り出されたクラスと名前の書かれた大きな模造紙、自分の名前よりも先に『あいつら』の名前を探した。1-1、いない。1-2、いない、いない、いない。あぁ、だめかもしれないと思った。最後、特進クラス、僕が入るはずの、学年に一つしかないクラス、どくどくと心臓が嫌な音を立てている。意を決して模造紙を睨みつければ、1-8と大きく書かれたその下に、やっと見つけた『家入硝子』に思わず涙が溢れそうだった。いた、いた、いた…!自分の名前の一つ上には『夏油傑』、膝から崩れ落ちてしまいそうな感動を覚えた。嬉しすぎて、鼻がつんとする。今世では目を遮るものが必要のない僕には潤んだ目を隠すサングラスも目隠しもない。必死に涙を堪えて、残る一人の名前を探す。『みょうじなまえ』の名前はここまでくれば当然あるものと信じて疑わなかった。だが、何度上から下まで読み返しても、彼女の名前はそこに存在しなかった。


傑も硝子も『記憶もち』だった。入学式の間少し気まずそうにしていた傑とはぎこちなく式典の間過ごすことになり、教室に入った瞬間ゴングが鳴ったように殴り合いの喧嘩をして、慌てて教師が止めに入ってきた。お互いボロボロになった姿を認め合えばすぐに笑えてきて、傍観を決め込んでた硝子を巻き添えにして抱きついた。嫌そうな顔をしてたけど、拒否はされなくて、三人で馬鹿みたいに笑い合った。硝子も当然いると思ってたなまえの姿がなくて少し落ち込んでいる様子だったが、僕に気を使ったのか何も言ってこなかった。
体育祭や文化祭、この世界の青春は楽しいことが多すぎる。何となくノリでやった傑との漫才コンビが楽しすぎて「今度は漫才で最強目指そうよ」なんて馬鹿なことを言ってみれば案外傑は乗り気になってくれた。

なまえが死ぬ直前にした約束は、呪いになっていると信じて疑わなかったから、当然僕と一緒に生まれ変わっているのだと思い込んでいたが、どれだけ待っても彼女は僕の前には現れない。転校でもしてくるのだろうかと思っても、彼女はいつまでたっても僕たちの前に姿を現さなかった。諦めきれない。傑も硝子もいるんだから、絶対になまえはいる。とっくになくなった六眼でなまえを世界中から探し出してやりたい。この世界は自由だけど最強だったはずの僕にできることは少なくなった。ないものねだりもいいとこだ。



「悟!!!!」
「うるさ、なんだよー傑。そんな叫ばなくても聞こえるっつーの」
「ニュ、ニュース、見てないのかい」
「は?ニュース?見てるに決まってんじゃん。円高どこまでいくかなー、そろそろ買い時じゃね?って親とは話してるんだけど」
「モーニングサテライトなんて見てる場合じゃないッッ!!」
「はぁ?傑、お前そんなこと言ってたらこんな競争社会でやってけねーよ?いくら芸人になろつっててもやっぱ副業は大事でしょ。投資でリスクヘッジ、ダブルインカム。芸人一本なんて頭悪いやり方やめよーぜ」


ある朝、慌てた様子で教室に入ってきた傑の煩さに耳をかいて小指についた耳糞をふぅっと息を吹きかけて飛ばす。一瞬嫌そうに傑が顔を顰めたけど、それを上回る慌てっぷりに何事かと見つめれば、傑が口を開こうとした瞬間に、いつも無表情で無気力な硝子が息を切らして涙目で教室に入ってきた。それを見てなんとなくわかった。あいつ、見つかったんだ。一体どこで!思わず勢いよく立ち上がったせいで座っていた学校の椅子が酷い音を立てて後ろに倒れる。
傑の震える手の中にある僕たちにとっては懐かしいガラパゴスケータイのあるネットページを見せられて目が点になる。


〈一言お願いします。〉
『はい、グランプリを獲れて、嬉しく思います。審査は緊張しましたが、とても楽しんで取り組めました。今は嬉しい気持ちと、感動で胸がいっぱいです。ありがとうございます』

なまえだ。
小さなディスプレイの中で、白いドレスを着て、頭に大きなティアラをかぶり、グランプリと書かれた襷をかけて、記憶にある高専時代の彼女より、磨き上げられた愛しい彼女が笑っていた。


『なまえ、僕と結婚してくれない?』
『えっ?何?どうしたの』
『なんか嫌な予感すんだよね。ちゃんと帰ってきてっていうお呪い』
『悟がお呪いなんていうと呪われた気分になるね』
『呪いだと思ってくれていいよ。帰ってこなきゃどうなるかわかる?』
『怖いよ』
『返事は?』
『…いいよ。ちゃんと帰ってくるから、結婚しよう』


脳裏に過ぎる果たされなかった約束。婚約指輪も何も用意してなかった僕の突然のプロポーズを嬉しそうに受け入れてくれたなまえ。しかし、彼女はそのまま帰ってこなかった、僕の前から消えてしまった。やっぱり、なんて思った。死にゆく骸を抱えて今彼女を縛ればずっと隣にいてくれるだろうかなんて馬鹿な考えも過った。だけど僕はそこまで子供だったわけじゃない。なんとか気持ちを堪えて彼女を見送った。そんな彼女が生きて、荒い画質のディスプレイ越しではあるが目の前にいる。本当に本当に久しぶりに見た彼女は今でも愛おしい。やっぱり生まれ変わっていた。


「結婚しよ……」


思わず呟いた声に吹き出した二人。よかったね、と涙ぐみながら言う二人に思わずもらい泣きしそうになる。だが、物事はそう簡単に進まないということを今世で初めて思い知ることになった。
彼女は、瞬く間に凡人の僕の手の届かないほどの女優になっていった。




「離せよっ傑!ここになまえがいるのはわかってんだ!」
「悟!やめろ!!今私たちがここに突撃してもただのファンかストーカーだと思われて終わりだ!!」
「だーーーー!ファンっ?!ストーカー?!?!恋人だよ!!!!!!なんなら結婚する約束だってした仲だし!!!!!」
「それは前世の話だろう!!そんなこと言っても誰も本人に繋いでくれないよ!!」
「〜〜〜っ!!」
「甲斐性なしのままじゃ駄目だろう。なまえは今やドラマに映画にCMに引っ張りだこ、きっと収入もすごいし出会う人間今の悟なんかより素敵な人間だらけだよ」
「おまえ〜〜っ僕の純愛応援する気あるわけ?!」
「あるに決まってるだろう。投資で大儲け、日本一の芸人になって彼女を迎えに行く。人気芸人と人気女優の結婚発表。日本中が世紀のビッグカップル誕生に大盛り上がり、最高のシナリオじゃないか」

たしかに。それは最高かもしれない。でも僕たちが二の足を踏んでる間に彼女が別の男と結婚でもしたらどうしてくれるわけ?


「フッ、呪ったんだろう?『五条悟』が『みょうじなまえ』を。なら、きっと彼女は誰とも結ばれない」

史上最悪の呪詛師さながら悪い顔をして笑う傑に思わず声を出して笑った。確かに、彼女は『五条悟』に呪われてたんだった。こんなに人気な女優で、パパラッチなんかからも追われてるはずなのに、ずーっと不自然なくらい熱愛報道もスキャンダルも一つも出やしない。
とはいえやっぱり彼女がやれ人気俳優だ、やれアイドルだなんだと共演するたびにヤキモキしてしまう。キスしたり、抱き合ったり、長年の恋を物語の中で実らせたり、切ない片思いをしていたり。いつこいつらと恋仲になってもおかしくないと思えるほどいい演技をする彼女に心配しすぎてテレビやネットニュースをみるのが怖くなった。



「なまえが綺麗すぎてイライラする…」
「本当にね〜なまえ綺麗。五条には勿体ねー。あ〜私も溝越に入学すればよかったかなー」
「何コースで入学するつもりだい?」
「芸能人になりたくはないしなーやっぱ行かないか」
「硝子は大学どうするつもり?」
「医学部かなー」
「また医者になるのお前」
「なんだかんだ向いてるんだよなしっくりくるし知識もあるから勉強楽だし」
「今回はズルできないよ」
「ズルつっても受験資格だけだしそもそも夏油その頃いなかっただろーが」
「あ、そこツッコむ?ナイーブなところだよ?」
「ぷぷ。夏油様だったもんねー」
「ふふ、悟、喧嘩を売っているね?」
「ははー夏油様ー」
「夏油様ー」
「二人とも、覚悟はできたかい?」


もう二度とくることはないと思ってた青春、あまりに楽しすぎるのに、隣になまえがいない。早く会いたい。会って、抱きしめて、あの俳優やアイドルみたいに彼女にキスしたい。好きだよ、愛してるよ、って言いたくてたまらない。早く大人になりたい。早く迎えに行きたい。
大学に入って、ある程度社会常識なんかを身につけた。投資もだいぶうまくいって普通の大学生ではありえないだろうなーってぐらいの金が貯まった。まあ、以前の僕の通帳に比べたらカスみたいな額だけど。
傑とは大学に通いながら漫才大会に出たり動画配信したりする日々。動画はなかなかの閲覧数でこっからも収入が割と入ってくる。やっぱ僕って何回生まれ変わっても最強な気がする。
ついに芸能事務所と契約した。事務所の社長が夜蛾学長と知った時は傑と爆笑したけど。導かれてんねー僕ら。
テレビにもよく出るようになった。有名なMCやってる先輩芸人に気に入られて好きでもない飲みの席に付き合って、キャピキャピした女の子達から迫られる。たまに写真に撮られて週刊誌に載ったり。なまえの方は一度もそんなことないのに、僕だけ何やってるんだろう、なんて気分になったりすることもある。
新しいドラマや映画を見るたびに綺麗になっていくなまえが僕の知るなまえとは違っていくような気がして焦る。焦る気持ちが芸に出てしまっているのか、最近の漫才大会では惨敗ばかりだった。


「はぁ、なまえ、僕のこと気づいてないのかな」
「………どうだろうね、そればっかりはわからないな」
「テレビだって結構出てるし、週刊誌だって載ってるのに…もしかして勘違いされて呆れられたりしてる?!え!もしかして泣いてたりする?!どうしよ!?!?」
「なまえはバラエティにあまり出てないし、私たちが芸人やってることに気づいてないだけじゃないか?」
「なまえ、覚えてない、なんてことないよね?」
「まあ、それは人それぞれだし。前世で関わったことある人に会わなければ思い出さないかもしれないしね」


なまえが表紙を飾っている女性誌を投げ出して楽屋の畳の上にゴロンと寝転ぶ。覚えてないなんて許さない。僕はショタの頃から思い出してるっていうのに。能天気に28年間も何も知らず何も思い出さず生きてきたなんて許さない。僕がどれだけ悶々とした人生歩んできたと思ってるんだ。はぁ〜と長いため息をつく。

「彼女に指輪でも買って自分にハッパかければ?」
「え?」
目から鱗だ。さすが僕の親友やってるだけあるね。そうだ、指輪。前世でも買えてなかったから、きっと渡せば喜んでくれる。
「傑、天才か?」
「はは。悟のことだから指輪なんて用意してないと思った。今年は用意しといたほうがいいよ」
「え?なになに?強気じゃん」
「今年のエムワンは前世の命日だからね」
「お前のブラックジョークえげつないね」


来たる12月24日の日没と同時にお笑い大会に出場する、ってか?ぷぷ、えらく平和になったもんだね。ウケる。確かに負ける気がしない。絶対に今年こそ優勝して、なまえを迎えにいってやる。




「よろしくお願いしまーす」
ついにやってきた大会の日。最近は顔パスでも通れるようになってきたテレビ局を関係者パスを見せて通過する。ロビーにはファイナリストとして残ってる芸人たちや関係者がたくさん行き来してて忙しない。
ふぅ、と一息ついて気持ちを落ち着かせる。先日購入した婚約指輪の入ったジュエリーボックスをお守りがわりにポケットの中でころころと動かす。
ふいにざわっとした喧騒が近くから聞こえて何だと視線を移せば、集中していたはずの芸人たちがぽや〜っとした顔で呆けているのを見て思わず顔を顰めさす。今から大会だっていうのになんだその締まりのない顔。誰がいるっていうんだよ、とそいつらの視線の先を見て僕の時が止まった。そこには会いたくて仕方のなかった、マネージャーらしき人物と談笑しているなまえがいた。


「なまえさん、今日なんかぼーっとしてますね?」
「えっ?あぁ、ううん。なんでもないの、ただ、今日はちょっと大事な日だから緊張してるのかな、」
「大事な日?まさかイブにデートとか?!上、把握してます?!?!」
「ちがうちがう。今日友人たちが大きな大会に出るんだよね」
「え!ご友人さんですか?何の大会です?もしかしてエムワンだったりします?」
「あはは、そうなの。ちょっと気になっちゃって、撮影に集中しなきゃね、ごめんごめん」
「じゃあエムワンの進行状況把握しときますね!私も好きな芸人出るんで気になってたんですよー!ていうかなまえさん芸人さんにご友人なんていらっしゃったんですね!初耳です!」
「ふふ、さっ、早く行こ。今日撮了何時になるかなー」


周りの視線なんて全く気にしてないなまえはこちらに一瞥くれることもなくエレベーターに消えていった。明らかに会話の内容は僕と傑の話だとわかって胸が締め付けられる。やっぱり僕のこと、気づいてくれて影から応援してくれてたんだ…!慌ててなまえの乗ったエレベーターが何階で止まったか確認して、マネージャーの伊地知に花束の注文を依頼しておく。


ポケットの中には小さなジュエリーボックス。左にはこれ以上ないくらい頼もしい相方。明るい照明が当てられて、目の前にはお客さんと審査員たち。今日は何だかゾーンに入っているような、何やってもウケてウケて仕方ないみたいな感じ。イケる。今日、僕と傑は日本一になる。確信通り、最後の審査でほとんどの審査員の票を集めて完全勝利した僕たち。ポケットの中のジュエリーボックスをぎゅーーーっと握りしめた。今すぐ走り出してなまえを抱きしめたい。



「祓ったれ本舗のお二人、今のお気持ちをどうぞ!」
「僕、みょうじなまえさんと結婚します!!!!!!」
「………馬鹿……」


中継が切れたのを確認してから、持たされてたトロフィーと賞金のプラカードを頭を抱える傑に預けて、騒然とする会場を後にする。冷や汗を垂らしながら花束を持って待ってる伊地知からそれを奪取し、静止を振り切ってなまえがいるはずの階までエレベーターで降りる。ああ、はやく、はやく、はやく!相変わらず長い自分の足をフル活用してなまえの撮影現場に乗り込んだ。驚いた顔をしてなまえがこちらを見つめている。あぁ、やっと彼女の眼に自分が映った。呆然とした様子のなまえが震える唇で自分の名前を紡ぐ、嬉しい。やっぱり覚えててくれてたんだね。
美しいなまえの前に跪いてポケットの中に入れたジュエリーボックスを開けて傅く。芸人の収入だけじゃ絶対買えてなかった今日の優勝賞金以上の値段した馬鹿でかいダイヤのついたそれが撮影現場の照明を受けてきらきらと反射している。


「今度こそ、僕と結婚してくれる?」

はくはくと口を動かしているなまえは驚きと感動のせいか状況をうまく飲み込めていないらしい。可愛い。「返事は?」と昔と同様に促せば涙を浮かべながら綺麗な笑顔で彼女は頷いた。久しぶりに抱きしめた彼女は昔の筋肉質な体じゃなくて華奢で柔らかくて、髪も驚くほど艶々だっだけど昔と変わらずいい匂いがした。



傑が予言した通り、僕となまえという予想外のカップル誕生に世間は大いに賑わった。日本中に僕のお嫁さんを紹介することになった記者会見は言うまでもなく永久保存版の映像になったし、その翌日に各新聞社から出た僕となまえのラブラブキスショットは各紙2部ずつ購入して保存しておくことにした。
記者会見で僕が交際期間について「(前世の)学生時代から」なんて言ったせいで連日ワイドショーでは『秘密の育み愛』なんて報道されてて笑う。ついでにいうとエムワンで優勝した時の声高らかな宣言は毎日ワイドショーで使われてて何度も見た。正直エムワンで見せた漫才よりこの一言が一番面白いよね?お茶の間凍ったらしいけど。ウケる!



「悟?どうしたの」
「んーん、幸せだな〜って思っただけ」
「ふふ、私も幸せ」


昔から知ってる、大きな目元がなくなるくらいふにゃりと笑う演技でも何でもない幸せそうななまえの笑顔を見つめて何度も何度もキスをした。世間の男どもめ、羨ましいだろう、前世も今世もなまえは僕のものだ。






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