嫌な予感は大体当たる

ずらり、と並べられた新作ドラマ、映画のオファーに目を白黒とさせた。なにこのラインナップ。めちゃくちゃじゃない。ニコニコと笑うマネージャーはペラペラとよく回る口でこれはどうであれはどうでと興奮気味に語る。待って、これ全部受ける気なの?

「シーズン被らないようにできるだけ調整して選んだ仕事です!」

ドヤァ!と効果音が聞こえてくるほど満足げに微笑むマネージャーに苦笑を漏らした。
いつものような恋愛に主軸を置いたストーリーは控えめで、等身大な愛されキャラの多かった役柄とは百八十度違うその役柄の多さにひやりと冷や汗が背後に伝った。


「…急にこんなに私の方針、変更して大丈夫なの?」
「なまえさんの層の女優さん達、みなさんキャラが立ってきてるんですよね…今までみたいな清純そうな応援できるキャラクターって、十代の若手女優に移っていきますし、ここらでなまえさんの新境地開拓していきましょう!SNSで印象変わったって言われてるところですし、いい転換期だと思って!」

目指せ主演女優賞助演女優賞ダブル受賞!と片腕を上げながらズケズケと物申すマネージャーにがっくりと肩を落とした。今のもしかしておばさんになってきてるってこと?アラサー辛い……
アクションシーンの多い女性刑事、サイコパス、銀座のママ…他にも今まではやらなさそうな主演ではない役柄。え、ええ…さすがに方向転換しすぎでは?…ひとつひとつペラペラと資料を捲りながら内容を確認してはマネージャーと意見を交わし合う。

「スタントの方と打ち合わせもありますのでー」
「…ねえ、これ、スタントなしでやってみたい」

資料を指差せばマネージャーが驚いた。「ええ?!怪我されたら困るのでダメですよ!」と言うのを無視して「ダメなら受けない」と珍しく我儘を突き通せばマネージャーが関係者に連絡し始めたのを見てにんまりとする。体の使い方覚えてるのって脳なのかな、身体なのかな。トレーニングしないと昔のキレ戻らないだろうなあ…、なにせアラサーだし…なんて考えながら資料を確認していればとある一点に目が留まった。ー共演者の名前に見覚えがある。今の今まで忘却の彼方に追いやっていた前世の十代の、激しい戦闘で初めて死にかけた時のことを思い出した。


「え、は、なに、ほんとに?」
「ふふふ〜私彼のファンなんです!楽しみにしてますね!なまえさん!」


楽しそうに笑うマネージャーの顔と昨日泊まりに来た硝子の顔が全然にてないはずなのにリンクした。その表情に顔を顰めながらもぺらぺらと資料を捲っていく。…そういえば、俳優、だったっけ……ていうかなんで今まで思い出さなかったんだろう。共演したことなかったからかな、存在は知ってたのに…呆気なく刺された後にニヒルに笑ったあの顔と、俳優として活躍しているらしい今世の顔を思い出して、記憶が戻るまでは整った顔だなーくらいにしか思ってなかったそれに思わず心がざわつく。この身体にはないはずの傷跡が疼いた気がした。



「これって相手役の方決定よね…?」
「?ハイ!え、なまえさん共演NGないですよね?」
「う、うーん…私というよりは…」
「最近滅多に新作出なかったのに久しぶりの連ドラ復帰でかなり力入ってますからこれだけは絶対外せないって社長言ってましたのでなまえさんお願いしますー!!」
「……仕事だもんね、大丈夫だよね、大丈夫大丈夫…」
「?」


送られてきた台本を開けて初っ端からぶちかましているシーンに思わずそっと台本を閉じた。初対面で…いや、初対面ではないのかもしれないけれど…初めのシーンがこれかー…
オファーを断る…社長に怒られる。隠し通す…無理。ちゃんと話す…殺される…?いやいや、そんな。大丈夫だよ。仕事だし。…大人だし。大人…だよね?
ー四面楚歌。まさにそんな言葉が頭をよぎった。
「あの顔でイクメンっていうのがやばいですよね〜」なんてあの男の噂話をペラペラ語るマネージャーに苦笑を漏らしながら閉じた台本を開くことにした。






ー今日は帰れそう

そうメッセージを送れば、ほんとに?嬉しいなとすぐに返ってきた返信にニマニマと笑みが溢れる。新婚だというのにすれ違いの日々を送っているせいで寂しい思いをさせていることが申し訳ない。離婚なんてことになったらどうしよう。絶対離婚届にサインなんてしないけど。ーせめてもと空いた時間にメッセージを送ったり電話したりはしているけれどやっぱり生身のなまえに早く触れたい。早く会いたいなと文字を打っている途中でなまえからちょっとお仕事のことで相談したいから帰ってきたら時間もらえる?という吹き出しが出てきて、珍しいなと思いながらも、もちろんいいよという言葉も追加して返しておく。

なまえが気にしてるかどうかは知らないが、人気者っていうのはファンがつくのと一緒に金魚の糞みたいにアンチもへばりついてくる。僕は自分のことエゴサーチしてはアンチコメ書いてるやつにカワイソーなヤツだなあとせせら笑うのが半分趣味みたいなところもあるから心の貧相な人間を嗤って楽しめているけれど、誹謗中傷をされるのはなまえも例外ではない。自分のことだとフフって笑えるのに、なまえのこと悪く書かれてると殺したくなるのなんでなんだろ。金に物言わせて開示請求して個人情報晒しあげてやろうかと思ったことも一度や二度ではない。
困った顔をしてSNSは見ないのと言っていたので、悪い言葉も多少なりとも耳には入ってるのだと思う。アンチどもは嫌いなら見なきゃいいのにご丁寧に映画のレビューサイトや、SNSにドラマのタグつけてこの女優嫌い、とか、演技ワンパターン、また同じような役、とかそういう心ないコメントを残していく。ホントにちゃんと映画見た?ホントにちゃんとドラマ見た?そういうこと書くやつって絶対適当に流し見してる奴だよね。本気で仕事して生きてる人間に適当な呪いの言葉かけるの、前世でも今世でも変わりゃしない。呪力がなくたって、呪霊がいなくたって悪意が呪いになるのは変わりないのに。


そんなことを考えながら自分たちのコンビ名が入った冠のラジオ収録を無事に終えて、へとへとになった身体を伊地知が運転する車の後部座席にもたれさせた。あ〜疲れた。昔と違って僕の体も万能ではないしフルオートで回復する機能もついていない。普通の人間ってこんな脆弱なんだなと思い知った。


「お二人とも、ご自宅でよろしいですか」
「なるはやでよろしくー」
「…お願いするよ」


僕の隣に腰を落ち着けて足を組む傑をちら、と見やれば誰かと連絡をとっているのかすすす、とフリック入力している手元が目に入った。…傑は最近どうもおかしい。いつも仕事が終わったらふらふら〜と夜の街に消えていくのに家に帰れる時間があれば伊地知にきっちり自分の家に送ってもらっている。
僕の不倫ネタでも狙ってるのか、それとも傑の放蕩ぶりを狙っているのか最近の週刊誌のマークぶりがすごいのでそれを危惧して自粛しているのかもしれないが、以前「私は独身だし二股かけてるわけでもないから撮られても話題作りぐらいにしかならないよ」と言っていたのを思い出してそういうわけでもなさそうだと車窓に頬杖をついた。パァーと行き交うヘッドライトとテールライトの灯りをなんとなく見送る。前世とちっとも変わっていない東京の街並みの中でまだ出会ったことのない生徒たちや関係者が頭によぎる。
特別わざわざ探すつもりはないけれど、きっとこんな仕事をやっているんだ、どこからか話を聞いて会いに来てくれる人間はいるだろうなと考えると頬が緩んだ。

さっきからひっきりなしにスマホがブーブーなってる傑にもう一度視線を移すと相変わらずぱぱぱぱと手元は忙しなさそうに動いている。
ーなんとなく長年の付き合いで女と連絡をとっていることは見てとれた。


「ねー最近外で遊んでないけど家に連れ込んでんの?」
「………いいや?帰ったら寝て起きてまた悟と顔を合わせる枯れた生活さ」
「……ハ、マジで言ってる?」
「私のことなんだと思ってるんだい」


今世では学生の頃からずーっと特定の女の子を作らずに遊び続けてきた傑が急に女遊びをやめるとは思えなかった。スマホを見ながら優しげな表情を浮かべる親友の様子になんとも言えない違和感を覚える。なにその顔。女と連絡とってるのかと思ってたけどもしかして癒される動物の動画でも見てんの?ー特級呪詛師やってたやつが動物の動画で癒されるわけないか。ウケる。
チラリ、スマホを覗き見しようとすればギロリと睨まれた。…ますます怪しい。って僕交際相手の浮気疑う奴みたいな真似してんのそっちの方がウケるわ。





「ってことがあったんだけどさ、傑なんか怪しくない?」


玄関を開けるなり笑顔で迎え入れてくれたなまえと気が済むまでチューをして、一緒にお風呂に入り、なまえが見たいと言った洋画をテレビで流しつつソファでイチャイチャしながらそう言えばなまえは呆れた表情を浮かべた。


「……そりゃあスマホ急に覗かれたら嫌でしょ」
「なまえはどう思うー?傑がぬこぬこ動画とか見てたら」
「えー、傑って猫派だった?犬派じゃない?」
「いや傑は猫でしょ!」
「ほら、いつも無口なクラスメイトが帰宅中雨に濡れた捨て犬拾ってるとこ見せつけて同級生女子キュンとさせてそう」
「いつのヤンキー漫画だよそれ……ねえ、あいつが呪詛師だったこと忘れてるでしょ。非術師のこと猿って言ってたからね?」
「え?ふふ、もう終わったことじゃない」


もー、そうは言うけど本当に大変だったんだからね。僕の生徒殺そうとするわ、クソみたいなヤツに体乗っ取られてるせいで僕封印される羽目になるわ、そのせいで呪術界めちゃくちゃになったんだからね?ー何度説明したかわからないそれを「もう終わったことだ」と笑って済ませるなまえの豪胆なところが呆れてしまうのと同時にたまらなく好きだ。僕の肩に頭を預けながらも映画を見ているなまえの頭をぽんぽんと撫でればふにゃりと柔らかく笑う。あー今日も最高に可愛い。この場に流れる雰囲気とはかけ離れた激しい銃撃戦が聞こえるテレビを見やれば鍛え上げた女優がCGなんかも駆使しているのかキレのあるアクションを披露していた。


「……そういえば、七海くんたちも生まれ変わってるの?」
「さあ、あの三人は高校は一緒じゃなかったからなー」
「……そっかあ。七海くんあたりは悟のこと避けてそうだね」
「はー?あんだけよくしてやった先輩避けるとか何様なのあいつ。結婚式よびたいなら探すけど?」
「悟忙しいでしょ、今世でも必要な縁なら私たちみたいにきっといつか出会えるよ」


ストーリーはクライマックスなのか相変わらずド派手な演出の続く映画から目を離さないなまえは笑ってそう宣った。こうして二人並んで映画を見ていると高専時代に呪力コントロールの一環であの狭い寮でくっついて二人でいろんな映画を見たな、なんてはるか昔のことをぼんやり思い出した。ハリウッド映画のシリーズにありがちな次回先への引きでエンドロールを迎えたそれに僕の肩に頭を預けていたなまえが脱力したのかこちらにもたれる重みが増す。えらい集中してたけど何か役作りでも参考にしていたのだろうか、もしかしてアクションの撮影でも決まったとかーあ、そういえば何か相談あるって言ってたな。


「仕事の相談あるって言ってなかった?」
「あ、あー、そう、そうね、」

ぴくり、形の整った眉が少し跳ねて完全にこちらに委ねていた身体が自立していく。分け合っていた体温も体の重みも離れてしまって少し寂しい。ーが、きょろきょろと瞬きのたびに移動するなまえの視線、その挙動不審さに思わず顔を顰めた。


「…何その反応?なんか嫌な予感する…」
「…あのさ、伏黒甚爾、覚えてる?」
「ーーーーは」


覚えてるもクソもあるか。脳裏によぎるあの勝ち誇った顔。今でも腹立つわ。
なんでいまあいつの名前ーーあ。


「絶対やだ」
「……まだ何も言ってないけど」
「何?!引退したんじゃなかったのあいつ?!全然テレビ出てないじゃん!」
「子育てしてたらしいよ今回は」
「ハァ?!んじゃなに?!恵今あいつに育てられてんの?!マジ?!」
「……恵くん、かどうかはわからないけどね」
「あー、まぁ親違うケースもあるもんね僕らみたいに」
「うんー話戻すんだけど、その共演のオファーがね、社長も乗り気な案件だし久しぶりのアクションだから頑張ってみたくて。もうそろそろ恋愛ドラマのヒロインばっかやってても仕方ないし。しかもあの人の復帰作だったら話題性もあるし…視聴率も期待できるし…そのー、応援してくれないかな?って」


おねがい、僕のパジャマの裾を引っ張りながら上目がちにおねだりしてくる様子は完全に自分のツラの良さを理解している様子で、きっと自分が可愛く見える角度も自覚している顔だった。ームカつく。クソ可愛いのがムカつく。こんな可愛い顔でおねだりされたらいいよっていうしかないじゃん。しかも仕事のことだし。…話聞く限りアクションメインのドラマみたいだしまぁ…それくらいなら、いっか。
…ていうかなまえだってあの男に殺されかけたのこいつ忘れてんの?普通殺られかけた相手と一緒に仕事する?!…さっき豪胆なところが好きって言ったの撤回する。そもそもあいつ前世であれだけろくでなしだったくせに何ちゃっかり俳優なんかやってんの?なまえのこと変な目で見たらもう一度ぶっ殺してやる。


「……ガンバッテネ」
「ふふ、ありがと。悟大好き」
「ん、今日はいっぱいイチャイチャしよ」
「うん、そうしよう」


そう言ってソファに座る僕の上に跨ったなまえは僕の首に腕を回して大胆なキスをしてくるので顔にかかる綺麗な髪を背中に流してそのまま強く抱き寄せた。



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