某女優ガチ勢な俺、某芸人のせいで虫の息

最近の俺のストレスを聞いてくれないだろうか。そう。デビュー当時から推してた女優のみょうじなまえが結婚したこと。しかもその相手がいかにも軽薄そうな女遊びの激しそうな芸人の五条悟だったこと。なんだよ結局みょうじなまえも顔かよ男を顔で選ぶのかよチクショーと涙を飲みながら見た記者会見のあまりの二人が並ぶ画面の尊さに認めざるを得なかった。多分俺の次に彼女のことを愛してる五条悟は顔よし、おもしろさよし、多分懐事情もよしの待ち得ないところが思いつかないナイスガイだってことを最近見始めた配信動画で悟った。仕方がない。今世の彼女の幸せは五条悟に任せることにした。泣かせたりしたらぶっ殺してやるからな!!なんて思いながら幸せそうに笑う推しのために泣く泣く推しが既婚者になったことを認めたのだ。本当は許せなかったけど!!だのに、だのに、五条悟ってやつは平然とみょうじなまえ推しの男の地雷を踏み抜いていくのだ。いや、あれは踏み荒らして地雷の上でタップダンス踊ってる勢いだ。私生活が謎めいていた彼女の可愛らしいエピソードを幸せそうにテレビや生配信で語り、更には18禁一歩手前の話までしたりする。あいつの顔はいつも羨ましいでしょ?僕の嫁可愛いでしょ??とでも言いたげで。口を開けば羨ましい話で血の涙さえ出かかっている。クソッッッなんで俺は五条悟じゃないんだッッッ!羨ましいッッ五条悟が羨ましくて仕方がない。だが滅多にバラエティに出ない彼女のエピソードは五条悟の口からしか聞くことができないのも事実。今日も今日とて俺は憎き敵、ストレスの元凶の五条悟が出るテレビに張り付いて動向を見守ってしまっている。……これじゃあ祓本ガチ勢になっちまったみたいだ。










「五条のやつマジで結構晒してんじゃん。ウケる」


ケラケラと笑うのは先日再会した前世からの親友の硝子。今世は立派な美人外科女医さんである。前世と変わらずアンニュイな色気を醸し出している。クマは薄い。
先日入籍を済ましたばかりというのに恐しいスケジュールでなかなか帰ってこられない悟のせいでなんとなく寂しくなってしまって彼女に連絡したら、丁度今日は夜勤ではなかったらしく泊まりに来てくれることになった。
会っていなかった期間がかなり長かったはずなのに、硝子と一緒にいるのは悟と一緒にいるのとは違う安心感がある。私の全てを知ってくれている理解者のような、マネージャーよりも、事務所の社長よりも、親よりも私のことをわかってくれている存在のように思えているのだから、前世からのつながりがいかに自分にとって大きな存在になっているのか、明らかである。最近思い出したはずなのに、おかしな話だ。
どうしたってあんな前世だったのだ。今世にさえ人格が影響することは仕方がないとして、硝子のことは本当に尊敬する。前世であれだけの数の呪術師の命を握っていたのに、今世でさえ他人の人生の生死を握る仕事を選ぶとは、その精神力に脱帽する。


そんな尊敬してやまない硝子がケラケラと能天気に笑う隣で、私は絶望の淵に立たされていた。
どうも最近撮影現場で私の私生活を俳優仲間から微笑ましげに語られるのだ。最初の頃は雑誌のインタビューで話したっけ?なんて思いながらふふふ、と受け流していたが最近やけにマニアックな話をされるのでえ?どうして知ってるの?と聞けば昨日テレビで旦那さんが話してましたよ〜なんて言われて血の気が引いた。
そして今日、丁度祓本の出番のある番組があったので硝子と一緒に見ていたのだが、あまりの暴露ぶりに冷や汗が止まらない。怒り?…もある。焦り?近い。羞恥心?…ほぼ正解。
目の前のテレビの向こう側で大騒ぎしているのが自分の夫というのを信じたくない。恥ずかしくて死んでしまいそうだ。お願い。傑。あなたの相方なんとかしてください。収録だからもうどうしようもないことくらいわかってるけれど、明日の撮影現場にどんな顔していけばいいのかわからない。これ私のイメージめちゃくちゃ壊れない??自分で言うのもなんだけど昔は一応清純派女優的な立ち位置だったんだよ??
今も別の番組の収録に行っている夫とその相方に今日の収録では恥を晒さないでくれと必死に願っていた。








遡ること二時間ほど前、撮影終わりにマネージャーに今日泊まりに来る友人をピックアップして欲しいとお願いして一緒の車に乗って新居となった以前住んでいたマンションより部屋数の多くなった自宅に帰ってきた。


「結構ダンボール残ってるな」
「あー、それ全部悟の。引っ越ししてからまとまった時間もなくて私が触るのもどうかと思うしおいてあるの。ごめんね片付いてなくて」
「そんなこと今更気にする間柄じゃないだろ」
「ありがと。今日祓本の出る番組あるんだよね、一緒に見ない?」

私の提案に硝子が思い切り顔を顰めた。

「なんでテレビでまであいつら見なきゃいけないんだ。なまえなんて一緒に住んでるのにテレビでも見るのか?」
「いやいや、悟全然家にいないからね?ほぼ一人暮らしと変わんない。」
「あー、エムワン優勝してから確かに名前聞く機会増えたな。番組避けるのも面倒なほど出てくる」
「避けないで見てあげてよ」
「あいつらのトークをせっかくの有限な時間かけて見る意味がわからない」
「いやなんかね?私の話をよく番組でしてるらしくって最近俳優さんたちから微笑ましげな視線送られるんだけどなんの話してるのか気になって」
「へーどうせ惚気だろう?それも含めて見飽きた」
「硝子高校から大学まで一緒だったんだっけ?大学の時学部違っても仲良くしてたの?」
「あいつらしつこい男撒くのに丁度いいんだ」
「硝子らしい」

高専のときのように青春時代を一緒に過ごした三人が少しだけ羨ましかった。あの時は楽しかったけれど、辛いこともいっぱいあったから。きっと平和なこの世界の青春は眩しいくらいの輝きがあったんだろうな、と思い出話を語る悟を見ていると思う。

「…私はなまえと一緒に高校通いたかったよ」

いつもドライな硝子からそんな言葉が飛び出してくるとは思わずテレビのリモコンを持ったまま固まってしまった。

「高校の入学式でクラス分けの模造紙にある五条と夏油の名前見て、昔のこと全部思い出した。なのに、お前の名前はそこになくてなんで生まれ変わってないんだ?って思った。…たぶん、あの二人も同じこと思ってたよ」
「……そっかあ、硝子は高校生の時に思い出したんだね」
「なまえは?」
「私は…すごく最近なの。二人が出てたバラエティ見た瞬間だった。………悟には、秘密にしてくれる?」
「………そうだな、そのほうがいい。あいつはお前が覚えてると信じて止まなかったからショックで寝込むだろ」
「寝込むタマではないと思うけどね。子供の頃から覚えてたみたいだから、私が覚えてなかったなんて言ったら可哀想で、」
「どんな災厄がふりかかるか想像もつかないな」
「災厄って、悟のこと一体なんだと思ってるの」
「災厄だろ。『五条悟』だぞ?」


さ、そろそろ飲んでいい?と日本酒の一升瓶を取り出した硝子があまりに昔と変わっていなくて、思わず笑ってしまった。


「うちお猪口ないよ?」
「買ってきた」
「準備いいね」
「置いといて」
「ふふ、いいよ」


紙袋からごそごそと取り出した徳利とお猪口に笑ってしまう。悟はお酒が飲めないし、この徳利とお猪口は硝子が来た時くらいしか出番がなさそうだなと思いながら私はようやく持ったままだったリモコンを操作してテレビをつけた。


「あ、もう始まるよ」
「……本当に見るのか」
「見るよ。硝子と違って私はまだ二人がちゃんと横に並んで大人になってるところ見慣れてないんだから」
「………はぁ」


黙々と日本酒を呷り始めた硝子に促されるまま、真新しいお猪口に注がれた芳醇な香り漂うそれに私も口をつけて楽しそうにテレビの向こうで笑う夫と元同級生の姿に視線を移した。





『ということで今日のゲストはエムワン優勝コンビの祓ったれ本舗のお二人です〜!』
『『どうもー祓ったれ本舗ですー』』
『いや〜ッ、何からつっこんだらええかな?とりあえず、エムワン優勝おめでとうー!そして五条結婚おめでとう〜!』
『あはは、ありがとうございます〜』
『普通あの場であんなこと言うか?!ずっと付き合っとったん?!』
『いや〜、エムワン優勝するまで会わないって決めてたんですよー、だからもう堪えきれない嬉しさが!わかります?!』
『ちょ、まてまてまて!なんやその新情報!』
『だって彼女有名人でしたから!実力ないまま熱愛報道でたりしても僕売名みたいでダサいでしょ?ま、この通りエムワン優勝して、あーんな可愛い奥さんもらえたんでさすが僕って感じなんですけど〜!』
『悟、悟。嬉しいのはわかったから少し落ち着こうか』
『夏油ほんま五条しばいといて』



……ぶっちゃけすぎじゃない?いろいろ。とは思いながらも、まあ、これくらいは想定範囲内だったので苦笑を漏らしながらもお酒をチビチビ嗜みながら何度か話に聞いたことのある仲良くしていただいているという有名な芸人さんが回すトーク番組を見ていた。
硝子もあれだけ顔を顰めていたのに気怠げではあるがテレビを見ている。くすりとも笑っていないけれど。

その後もエムワンのネタの話や動画配信サイトの人気の秘密!だとかいうトークが展開されていてへ〜なんて思いながらくすくす笑いながらテレビを見ていれば硝子からの視線を感じてそちらに向き直った。


「どうしたの?」
「いや?なんだかんだ五条のことが好きなんだなと思って」
「そりゃあ好きじゃなきゃ結婚はしないね」
「ふっ…報われてよかったな。…なまえが死んでからも、生まれ変わってからもなまえのいない人生を歩んできたから、あいつは」
「あ……」


私が死んだ後のことは軽くしか聞いていない。私は悟が傑を殺したという瞬間も、悟が傑の体を乗っ取ったという呪詛師によって封印されたらしいという瞬間も立ち会っていないから、彼が『最強』という肩書きと向き合ってその一生を終えた最後も葛藤も悩みも苦しみも分かち合ってはあげられなかった。
生まれ変わってからも記憶を取り戻すことなくのうのうと一人の人生を歩んできた。どうして早く思い出さなかったんだろう、と思ったけれど、過去はどうやったって変えられないから、これからの人生を全部悟と共有できればと思って婚姻届にサインしたことを思い返す。


「……一緒に人生を生きれるのは幸せなことだね」
「そうだな」

傑と一緒に笑い合ってテレビに出てる悟は本当に幸せそうで、また同じ時代にこうしてみんなで生まれ変われたことにこの世界にいるかもわからない神へ感謝したいほどだ。
私の空いたお猪口に酒を注ぐ硝子に煽られてぐい、と喉を通る熱さを感じながらそれを飲み干す。「昔と変わらずイケる口だな」と笑う硝子につられて明日の撮影に影響しない程度に嗜むことにした。



『で、新婚生活はどうなん?あーんな綺麗な奥さん家いたらたまらんやろ!』
『いや〜ほんとに!僕の奥さん最高なんですよね〜!』
『素直か!ええなあ家帰ったらみょうじなまえおるんやろ?そんなことある?どんな顔して帰んの?』
『僕自他共に認めるGLGなんで普通にただいまですぐイチャイチャっすね。でも今は有り難ーいことにお仕事いっぱいで全然帰れてません!!!何日直接顔見れてないか知ってます?!』
『いや知らんけど』
『だから昨日テレビ電話でイチャイチャしました


テレビから聞こえた言葉に思わず口に含んでいた日本酒を吹き出した。テレビの左端に私の宣材写真が出ている。いや、やめてください。え?これ事務所把握してるってことだよね??え??私聞いてないよ?何してんの?そんな話しちゃダメだよ??悟馬鹿なの??
そして数週間前に仕事終わりの夜遅くにかかってきた電話をテレビ通話に変えてその、いろんなことをさせられたことを思い出して日本酒を呷ったせいもあって身体中に血液が猛スピードで巡り始めたのがわかった。なに、何をテレビで言ってるんだこの男は!!


『いや聞いてへんとこまでめっちゃ喋るやん。これみょうじさんの事務所NG入らん?大丈夫?』
『何想像してるんですかヤラシイなあ』
『悟、一応言っとくけど君の可愛い奥さんは女優さんなことわかってるよね?』
『何当たり前なこと言ってんの?傑ボケてんの?オマエツッコミだよ??』
『え?イチャイチャっていうのは…?』
『もうそれはご想像にお任せします僕の奥さん可愛すぎて大変なんですよ。空き時間に電話越しででもいいから愛でてたい僕の気持ちはわかってもらえます??』
『うん、悟そのくらいにしておこうか』
『ええ〜もっと奥さんのこと惚気たい〜〜』
『誰や五条に酒飲ましたん』
『やだな〜下戸なの知ってるじゃないですか!僕飲んだ瞬間にバタンですよ?
それに彼女世間のみんながイメージしてるような完全無欠な感じじゃないよねー傑』
『え、何。夏油も仲良くなってんの?』
『あぁ、まあ、そうですね、…ハイ』


僕も女優さんとお近づきになりたいわ〜!という芸人さんの笑い声と共にCMの後夫五条の語る女優みょうじなまえの意外すぎる私生活エピソードにスタジオ騒然!なんて煽り文句でCMに入ってしまって私はワナワナと震えることしかできなかった。何、何を晒したの。怖すぎる。そこらのホラー映画よりよっぽど怖い。

「テレセしたの?」
「硝子はオブラートってものを知らないのッ?!」
「あはは、ウケる」
「信じらんない!悟何考えてるのッ?!ていうか事務所はなんでこれOKしたの?!」
「違う方面で売り出そうとしてんじゃない?」
「今更?!」
「まーでも今までみたいに若い男に人気のある女優じゃダメなんだろ」
「硝子は私の女優観の何を知ってるの……」
「あんたの出てたやつは全部見たからねー。」
「あ、ありがとう……まあ、確かに最近は演技がどれも似たり寄ったりとか言われてるって、知ってるけど、」


CM明けに目に入る悟の能天気そうな笑顔がさっきまでは幸せそうに見えたのに、今はもはや悪魔のようにしか見えなかった。そうだ、悟に常識を求めた私が間違っていた。デリカシーは今世も持ち合わせていないらしい。まあまあとりあえず酒飲もうといって注がれる日本酒を一気に呷った。こんなの素面じゃ見てられない。


『みょうじさんの私生活ってベールに包まれてる感じやけどどんな感じなん』
『結構抜けてます。この前ポテトサラダ作ってたときにマヨネーズ全部使い切りたかったのか知らないですけど遠心力利用してめっちゃ振ったら、蓋外れててキッチン中にマヨネーズ撒き散らしてましたからね!一緒に掃除しましたけど恥ずかしそうに「ごめんね」って言う奥さんが可愛すぎてマジで死ぬかと思いました』
『ええ〜!少なくなったらすぐポイしそうやのに意外やな〜!ていうかポテトサラダとか作るんや〜』
『いや、先輩女優に夢見すぎっしょ。普通の人間ですよ??すぐポイするのは割と僕の方でもういいじゃんって捨てがちだけどまだ使えるよ〜なんていって振ったらあんなことになって。お互い服にもめっちゃマヨネーズついててゲラゲラ笑いましたね。』
『くくっ…なまえらしいね、まだ抜けてるんだ』
『え、まてまて夏油も昔からの知り合いなんかい』
『あー…、まあ、そうですね悟とは高校大学と一緒なので。まあ、その関係で。』
『めっちゃ濁すやん』
『昔はカップラーメンばっか食べてましたしね!』
『嘘やろみょうじなまえカップラーメン食べんの?!』
『学生の頃はメシ作る暇ないつってよく食ってましたーあ、焼きそばのやつ湯切り忘れてソース入れちゃってべっちょべちょの泣きながら食べてたこともありましたねー』
『それ間違うか………?』
『もう存在全てが可愛くて困ります』
『結局惚気んのかい!もうええもうええ!夏油五条なんとかしろ!』
『次のコーナーいってもらえると助かります』
『相方制御できてへんやないかい!!』



「な、なななな…なに言って…」
「はは、ウケる。なつかしー」


それ今の私じゃなくて前世の私だから!!!!もう焼きそばの湯切り忘れたりしないから!!!!
悟や傑のいう通り、日常生活は割と結構ボーッと生きている。事務所が私のイメージが崩れることを危惧して今までバラエティNGにしていたのだ。私も突然振られるトークなどは苦手なので助かっているけれど。
まさかそんな私の私生活が悟によって晒されることになるとは思わず全身から冷や汗が流れ始める。
え?これ事務所的に大丈夫?私のキャラ崩壊してない?と思っていればスマホのディスプレイにマネージャーの名前が表示されて血の気が引いた。


「…なまえ、スマホなってるけど」
「わか、わかってる、わかってる」
「めちゃくちゃ動揺してるな」


震える手をなんとか滑らせて着信に出れば、焦るマネージャーの声に少しだけ落ち着いた。自分より焦る人の声を聞くと少しだけ焦りが緩和されるというのは本当らしい。


『なまえさん!なまえさん!』
「はい、わかってます。すみません。ごめんなさい。夫には言い聞かせておきます」
『あ、イメージの件ですか?!最近SNSでめちゃくちゃ話題なんですよー!なまえさんSNS見てないのにご存知でした?』
「ごめんごめんごめんなさい。どうしよう、炎上してる?」
『?いえ、めっちゃ好感持てるって話題です!』
「なんで???」
『あとカップラーメンのCM決まりました』
「なんで??????」
『あと、今までなかった役柄のオファーもかなり来てますから明日打ち合わせしますね!結婚効果めちゃくちゃ出てますー!上も喜んでますよー!五条さんによろしくお伝えください〜!』
「え、ええ………そう、なんだ、わかった…」



わけがわからない…………


「仕事か?」
「そう、なんか悟の話がSNSで話題になってるらしくて色んな役柄のオファーが来て仕事が増えたってマネージャーが喜んでた」
「ほら。私の言った通りだ」
「えええ…??わかんない…困惑しかない……」
「次の役は濡れ場きたりしてな」
「硝子が言うと冗談に聞こえない」


アハハとテレビの向こうで笑う悟に芸人と結婚したんだから仕方ないか、お茶の間の笑いがとれてるならそれでいいや、それに仕事が増えるに越したことはないと思うあたり自分もきっちり今世でもイカれてるんだなと思った。


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