朔(社会人一年目)
涼一(23歳)
朔の母

 
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「涼一くん?」
 
アパートの廊下で声をかけられ、涼一は振り返る。今まさに部屋へ入ろうとした矢先の出来事だった。
 
「………。あ」
「あらやっぱり〜久しぶりね。私のこと覚えてる?」
 
涼一は慌てて手に持っているスーパーの袋を後ろに隠す。
 
「あ、お久しぶりです、さ、朔のお母さん」
「わぁ、覚えててくれたんだ〜嬉しい。朔の家ここで合ってる?」
「あ、はい」
「近くまで寄ったから遊びに来ちゃった。涼一くんも遊びに来てたの?」
「あー。ええ、はい」
 
涼一は冷や汗を垂らしながら笑顔をつくる。
 
「あの子いるかしらね」
 
母が部屋の中を覗こうとするので、涼一は慌てて隠す。
 
「あ、今出かけてます…ちょ、ちょっと部屋片付けてきます、さっきまで一緒に遊んでて、ち、散らかってるので…っ」
 
バタンッ
涼一は慌てて家の中に入り、いかがわしい類のものを袋に詰めて押し入れにしまう。
それから朔に電話。
 
『はい』
「オレオレ、俺だけど」
『オレオレ詐欺?』
「ちょ、切るよ!いや切らないで、朔のお母さんが来た」
『えっ』
「なんか遊びに来たって。どうしよう」
『えー。まだしばらく帰れないよ。8時くらいまでかかりそう。上がって待っててもらって』
「俺どうすればいい?お母さんまだ俺達のこと知らないんでしょ?」
『うんまだ言ってない。言っていいよ』
「いやダメでしょ!お母さん卒倒しちゃうよ!てかそんな重要な話 俺に託さないで!!」
『あー…。じゃあ、別にバレてもいいから気楽に接して』
「えー…。ぜったい墓穴掘るよ俺」
『あはは』
「笑い事じゃないよ!」
『あ、ごめんもう行かなきゃ。じゃ後でね』
「ちょ、ちょっと待っ…」
『大丈夫大丈夫』
「何がだよ!!」
 
そこで電話が切れる。
インターホンが押される。
 
「あ、い、今行きます!」
 
涼一は急いで玄関に向かう。
 
 


「あら、あの子仕事行ってるの?日曜日なのに大変ねぇ」
「はい。さっき急用で呼び出されて……。あ、お茶淹れます」
「え、いいわよそんな。お客さんは涼一くんの方でしょ。私が淹れるわ」
「い、いや」
 
母はキッチンへ向かう。
 
「涼一くんは最近どう?」
「あー…。ぼ、ぼちぼち」
「彼女とかいるの?」
「…いえ」
「朔がね、恋人と一緒に暮らす〜とか言って一月前に家出ちゃったの。あの子そういうの全然ないと思ってたからもうビックリで」
 
母はお茶をテーブルに運んで、涼一の正面に座る。
 
「熱いから気をつけてね」
「ど、どうも」
「朔の彼女には会った?彼女どこかしら」
「………」
「あ、もしかして涼一くんが朔の彼女?」
「!?」
「アハハなんちゃって。すごく美人さんなんだって。知ってる?」
「………。さ、朔が言ったんですか」
「うん。その子以外は考えられないって。あまりにベタ惚れだから聞いてるこっちが恥ずかしくなっちゃった」
「……」
「まあ、本人達が幸せなのが一番よね。んー、なんかお茶うけが欲しいわね」
「あ、戸棚にヨウカンと」
「え?」
「あと冷蔵庫にカステラがあります。すごく美味しいのが」
「………。あらそう。そのカステラはいつ食べたの?」
「えーと三日くらい前、朔と夜中に……あっ」
「…」
「…」
「…」
「…」
 
 


真冬の寒空の下、涼一は息を吐く。真っ黒な空に白い息が浮かぶ。
あれから思わず家を飛び出してしまったけど大丈夫だろうか。朔に電話したら大丈夫って言ってたけど大丈夫だろうか。
そこで手に持っている携帯が振動する。
 
「はい」
『もしもし涼一?今どこ?俺帰ってきたから、お前も帰っておいで』
「でも」
『大丈夫だよ。お前のことちゃんと母さんに話したから』
「でも」
『なに?』
「その。ごめん。俺 男で」
『えー今さら』
「お母さん大丈夫?」
『大丈夫じゃないけど大丈夫だって』
「か、勘当されてない?」
『うん。今のところ』
「朔が勘当されたら俺のせいだよね」
『いや、お前のこと好きになった俺のせい』
「なにをさらっと」
『とにかく大丈夫。お前が心配することじゃないから帰っておいで』
「大丈夫大丈夫って、何がそんなに大丈夫なんだよ。朔の家庭がめちゃくちゃになったらどうするんだよ。俺のせいじゃん。俺どうしよう」
『大丈夫だよとっくに覚悟できてるから』
「覚悟…?」
『うん。親に勘当されてもお前と一緒にいる覚悟』
「…、バ、バカじゃん」
『母さんがお前に謝りたいって。気遣わせちゃってごめんねって。ちゃんと話さなかった俺が悪いって。だから帰っておいで』
「……。うん。俺もお母さんに謝りたい。息子さんの童貞うばってゴメンナサイって」
『それはやめて』
「はは」
 
力なく笑ってから電話を切り、涼一は重い足取りで家へと向かう。
たぶん朔の家族に歓迎されないであろう自分を ほんの少しだけ省みて、頭の中がごちゃごちゃしてすぐにやめる。
 
「でも、それでも、」
 
続く言葉を探しているうちに家の前に着く。深呼吸して息を整えてから、いつもより少し重い扉を開ける。
 
 


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「ただ君といたい。」

お題配布元:密室ノィロォゼ。様





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