小説 | ナノ


「恋人たちが別れるときってね、相手を嫌いになったときじゃない。相手が信じられなくなったときだ、って思う。嫌いになって別れるのは、元から恋人に向かなかっただけ。だってほんものの恋愛は、相手を嫌いになることなんてできないもの」


 ソファに寄りかかる俺。その俺の肩を背もたれにするなまえが、ふと話しはじめた。なまえがひょこっと家に来て10分。初めての発言だった。独り言なのか、それとも俺に向けた言葉なのか。返事に困ったので俺は何も言わずにジャンプを読みつづける。

「でも私の場合は違うの。私は、もちろん嫌いになったわけでも、相手を信じられなくなったわけでもないの。違うの。逆なの。好きになりすぎて、抑えきれなくなったの。加速するフラストレーションで、私のなかが真っ黒に染まっちゃった。嫌なの。もう、こんな気持ち、消えてほしいの。あの人の彼女でいる、資格、なんか、」


 今日のなまえは饒舌だった。むりやり抑圧していたダムの門を一度に開いたように、濁流なくらい言葉が流れ出ている。かと思えば、ぱたりと止まってしまった。嵐が過ぎ去ったような静けさだ。小刻みに揺れている身体から振動が伝わる。俺はため息を吐いてジャンプをテーブルに置き、ソファの背もたれギリギリまで上半身を後退させた。支えが急になくなり、なまえの身体はうしろへと落下。そのまま俺の膝に頭が着陸。目が合った。潤んでいた。というか、すでに大洪水。なのに、なまえは笑った。

「俺にどうしろっつうんだ」
「ただ、話を聞いてほしかっただけだよ。銀さんは、なんでも屋さんでしょ?」
「……無理に笑うな」


 くしゃりと前髪を上げてやる。くすぐったそうに、赤くなった目を細める。だから笑うなっつの。
 俺には、なにができるだろう。こいつは決まってなんでも笑って誤魔化すから、俺はろくにこいつの内側をしらない。大半、外側からの印象でなまえへの気持ち・感覚の形成を余儀なくされる。だからなまえがなまえを嫌いになる理由も理解できない。ただ出てくる言葉は「俺が彼氏だったらそんな気持ちにはさせない」なんていう負け犬のような科白。脳内で何度もくしゃくしゃにする。

「俺はお前の外側しかあんまり解らねェけど、それは、なまえは…、そりゃあどうしようもない馬鹿で、好きになる男も毎度ロクな奴じゃねぇし、泣き虫だけどよ」
「それはフォローなの?」
「うるせェ。黙って聞いてろ黙って。いま銀さんいいこと言おうとしてんだからね」
「ふふ。うん」
「つまり、あれだ。奇跡なんだよ。お前にとったら最悪最低でいますぐ消えてほしいモンでも、俺にとったら、存在して、いま隣接していることが、ビッグバン並みの奇跡なんだよ」
「銀さん、顔、熱いね」
「お前のせいだっつの。…触んな」
「ありがとう」
「…おう」


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