小説 | ナノ


※社会人









 滑り込んだ終電が、もうすぐあの人の街に着く。当然ながら外は真っ暗で、繁華街の灯りがきらきらと輝いている。「0時ちょい前にそっちに着くよ」のメールに、返ってきたのは「わかった」の4文字。何度見たってその文面は変わりもせず、私はため息を吐いて携帯を畳んだ。中学のときはメールどころか携帯すらお互い持っておらず、よく手紙のやりとりをしたものだ。それが今では私も向こうも社会人。電波はどこまでも届く時代へとなっていた。が、こんなにもやもやするくらいなら文通しか手段のなかったあのときの方が気持ちは楽だ。なんて、時代のせいにしてみる。
 駅に着いて、キャリーケースを引きずりながらしばらく歩くと、いつもの鼠色のスウェットが壁にもたれているのが見えた。


「謙也っ」
「おう」
「久しぶり」
「そやな」


 顔を見ると、やっぱり嬉しくて、私は自然と走り寄っていた。キャリーのキャスターがタイルの溝に引っかかるたびにゴロッ、ゴロッと跳ねる。なのに、私との会話すべてを流れ作業のように済ませ、「持つわ」と私の手からキャリーをひったくった謙也は早々と歩き出す。唖然、となる暇もない。なぜなら、ここではぐれると道がわからないから。私はしっくりこないまま、それでも謙也の背中を追い掛けて何か話をしなきゃと必死に頭を働かせた。


「ねえねえ!太陽の塔、久々だし見たいなあ」
「あー…」
「明日行こうよ?」
「そやなあ…」


 曖昧な返事で、会話は途切れた。ガラガラガラ、コツコツコツ。キャリーと私のブーツの音だけが道に響く。謙也の歩幅は大きくて、合わせるのが大変。夕方、仕事から帰って急いで今日の支度をしたというのもあって、すでにへとへと状態の足は絡まりそうで怖い。それでもお洒落に手を抜けず、ヒールが高めのブーツで来たから余計に私の足取りは危なっかしい。


「な、何か飲み物いる?」
「そやなあ…」


 その答え、2回目。でも私はツッコミの仕方もしらない。笑顔も引きつってきた。
 中学生の頃、いま思うと恥ずかしくなるようなことを手紙に書いてた。謙也も、書いてくれてた。高校生になってからは、年に2、3度だけどお互いの家を行き来できるようになった。そのビッグイベントのために毎月貯金を惜しまなかった。大学生になってからもそれは変わらず、就活のときは面接のし合いっこをしたり励まし合った。そして、社会人。自由も増え、会える回数も増えたはず。だけど、昔の方が…。私たちは大丈夫、そう思うことで目をそらしてたけど、それも限界。電波がどれだけ届いても、歩幅は埋められないんだ。

 私は立ち止まった。


「もうやだ」


 私の言葉に、謙也の足も止まった。


「昔のがよかった。べつに中学のときみたいに初々しくキスひとつでキャイキャイしろなんて言わないけど、昔のが、私を見てくれてた。会話ひとつひとつ大事にしてくれてた。遠距離、謙也のせいじゃないのに、でも会うたびに淋しい思いさしてごめんって抱きしめてくれてた」

 ひとつ、言えば、ぜんぶあふれてくる。思い返す記憶は、すべてあたたかくて、冷たい現実が際立って、じりじりと私を蝕んでゆく。


「でも、でも、どれだけ喧嘩したって時間が空いたってやっぱりここに来るのは謙也がいるからだよ。どんな人と居たって足りないよ。謙也が大事なんだよ、謙也が、」
「もうこっち来いや」


 この日のために、何ヶ月も前からクローゼットのなかであたためておいた新しいブラウスは、止まらない涙でたくさんの染みができた。まだけっこうな大きい道で、大のおとなが泣いているのだ。通る人の視線、ひそひそとはやし立てる声が方々から感じ取れる。謙也はそんな人達も私の濡れたブラウスもお構いなしで、私の頭をおさえて自分の身体へと引き寄せた。懐かしい体温と掌が、一層涙腺を刺激する。滲む視界の端には、七色のネオン。あぁ、なんて恋しくて憎らしい大阪。




(いくら待っても、謙也は一緒に住まないかとか言わないし)
(はは、なんそれ)
(なんで笑うの!一生に一度の告白じゃんか)
(ほな、一緒に住もか)
(…!!)



/100716

bgm by ドリカム
- ナノ -