小説 | ナノ
「もう会いたないねん」
それは予想もしないことばだった。別れた原因は、嫌いになったわけじゃないものだと思ってた。私と蔵は、どこかでいまも繋がっている。そう、思ってた。
08 笑ってて、先輩。アイツの隣で。
蔵との電話から一週間、二週間と月日が流れ、私の体調もすっかり良くなってきた。財前くんはなぜか毎日、私の家に来てくれる。学校が始まれば、放課後には必ず来る。財前くんは最近、ものすごく優しい。前から優しいけど、もっともっと優しい。ひねくれた口調はどこかに消え去っていた。なにかを企んでいるのかな。
蔵とはあの電話から一切話をしていない。私の生活はまた、蔵のいない生活へと戻りつつある。大学生活も始まり、最初はびくびくしていたけど蔵とは学部が違うからなのか全く会わない。
(それとも、避けてるのかな、やっぱり)
大丈夫、私は頑張れるよ。…蔵、私がいなくなって、幸せになれたかな。蔵が幸せなら、私は頑張れるよ。大丈夫だよ。寂しいけど、泣きたいけど、もう蔵を困らせたくないよ。いままで気付けなくて、ごめんね。勘違いを押し付けてたんだよね。ごめんね、ごめんね。
「先輩」
「うん」
「なんで泣いてるんですか」
「え、あ…」
ふああ、とあくびでごまかし、「寝不足かも」と言う私に財前くんは笑った。財前くんの曇り顔が晴れて、私は胸を撫でおろす。ごめんね。こころのなかで、財前くんにも謝った。
「明日、白石さんの誕生日ですね」
「そ、うやね、もうそんな時期なんやなあ」
「何あげますん」
「…私にあげられるものは、ないよ」
「ええんですか」
「え?」
「まだ、好きなんちゃいますの」
「…」
「自分の気持ち、プレゼントに託してみたらどうです?」
「……」
私が気持ちを伝えたら、蔵は幸せになれるの? また、苦しめてしまうんじゃないの? ぐるぐるいろんな考えのなか、ひとつだけ揺らがないものがあった。それは、
「…うん、わかった」
この気持ちだった。
はじめて蔵と会ってから、たくさんの時を過ごした。たくさんの蔵を見てきた。やさしく撫でてくれる掌も、私を呼ぶ声も、好きなものにひたむきな眼差しも、全部全部全部。とても悲しい思いをしたけど蔵のためなら頑張れた。眠れない夜も蔵を思って越えてきた。私のなかには、いつも、いまも、蔵がいた。
「先輩、」
財前くんの両腕が私の背中にまわる。もうとまらないしずくが財前くんのシャツを濡らしていく。私も、自分のもつすべてのやさしさで財前くんを抱きしめた。
「こんなん言うつもりやなかったんやけどなあ。…でも、俺じゃあかんみたいやし。先輩ほんま卑怯やわぁ」
「ありがとう、ほんまにありがとう財前くん。私、頑張ってみる」
「幸せにならんな許しませんから、先輩」
「うん」
「…なまえ、先輩」
「…うん」
「好きでした、ほんまに」
「うん、ごめんね、ありがとう」
私の肩も、あたたかいしずくで濡れた。何度も鼻をすする財前くんは意地っ張りだからきっと声をこらえている。ありがとう、ありがとうね。あなたは私の友達1号であり恩人であり保護者であり、そしてずっと私を支えてくれていた大事な人です。
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